第290話 『幼女』と『暗殺者』と『料理人』 3

 

 僕は強制的に空へと舞い上がり、眼下に広がる敵兵士の姿に思わず生唾を飲んだ。元々帝国アロ出身である事から、全くもって一ミリたりともこの状態を望んではいない。


 寧ろ、何故好き好んで故郷の仲間と戦わなければならないのか。でも、特に兵士達に思い入れがある訳ではなくて、迷いの種は別にある。


(影がないと『陰影』のスキルが使えないって言ってるのに、一体僕にどうしろと⁉︎)

 職業『暗殺者アサシン』の特異性を一切発揮出来ない場所に放り込まれるなんて最悪すぎる。ーー素直に認めよう。僕は既に半泣きだ。


「たああすうううけええええてええええええええ〜〜!!」

 次第に地面との距離が近付いてくるに連れて、キチガイを見つめるかのような兵士達の視線が刺さる。そりゃそうですよね。

 逆の立場だったら、きっと僕も同じ視線を敵に向けるさ。


 とりあえずの問題はどうやって生き延びるかだ。勇猛果敢に立ち向かえばフルボッコが待っている。僕のレベルなんかじゃ数の力に飲み込まれて、抵抗なんて無意味だ。


(やっぱり格好悪いけど……この方法しかないかなぁ)

 ーー潜れる影はある。

 人と人の隙間には影が生まれ、この勢いのままに飛び込むことは十分に可能だと思った。


(問題はその後、どうやって戦うかだよね……自分から逃げ道を塞ぐ様な行動を選ぶ日が来るなんてなぁ)

 僕は覚悟を決めると、リミットスキル『陰影』を発動させて兵士達の影に潜る。


 圧倒的に不利な状況下の中で、一筋の光明を見出す為に。


「さぁ、体力の限界まで潜り続けてやるさ!」


 __________


 クラドは崖上から心配しつつ、タロウの様子を見守っていた。スキル『悟り』で行動を把握しながら、驚愕に大口を開く。


「まさか、そんな方法があるなんて……」

 クラドの視線の先には、混乱の色に染まる兵士達の雄叫びが止む事なく響いている。


「そこだ! ちょこまかと卑怯な奴め!」

「おい次はそっちだ!」

「隊長がやられたぞ! まさかこいつ……狙ってるのか⁉︎」

 時に外周から、時に中心部から、倒れた見方の影から、漆黒の衣が風に靡くと同時に意識は閉ざされた。


 一体何が起こっているのか理解出来ぬままに、帝国アロの兵士達は死角からの見えない攻撃を受けて倒されていく。


「散開! 固まっていると敵の思う壺だ! 五、六名ほどの小隊を作って空間を広げろ!」

「ーーチッ!」

 タロウは思わず舌打ちするが、この時既に作戦名『土竜攻撃モグラアタック』は第二フェーズに進んでいたのだ。


 倒れた兵士達の装備の一部をコツコツと影の中に収納し続け、タイミングを見計らってしたり顔で紛れ込む。


(これで一安心……って、アレ? なんか見られてるような?)

 ーージイイイイイイイイイイイッ。

 疑惑の視線を向けられ、頬を汗が滴る。屈強な成人男性の中において、タロウは小柄過ぎて逆に目立っていたのだ。


 幸いなことに気付かれたのは真隣の兵士のみ。すかさず顎を打ち抜くと、『影転移』を発動して再び遠距離に転移した。


「ここにいたぞぉーーっ!!」

 倒れた兵士の小隊から合図が放たれ、全員の視線が逸れた瞬間にタロウは走った。自分の全力のその先に向かって走った。


(逃げるならこの機会チャンスしかなああああああいっ!!)

 一瞬で崖を駆け上がり、呼吸が乱れて肺が破れそうな程に苦しくとも脚と腕を動かす。岩のくぼみを掴んでは身体を引き上げ、渓谷の頂上へ退避したのだ。


 クラドのいる場所まで息も絶え絶えに到着すると、とてつもない安堵に包まれ、キョトンと目を丸くする弟分を抱き締めた。


「俺、帰ってこれたよぉぉお〜〜!! 今回ばかりは死ぬって、まじ死ぬってさああああ……怖かった」

「う、うん。色んな意味で凄かったよ……お帰り」

 鼻水を垂らしながら大泣きするタロウの頭を撫でつつ、クラドは遠い目をしていた。


 なんだかんだで擦り傷程度のダメージしか負わずに、あの状況を切り抜けたタロウも十分に人間離れしてきているな、と。


「まぁまぁ、そろそろ泣き止んでこれでも食べなよ」

 クラドが小鞄をゴソゴソと漁って取り出したのは『おにぎり』だった。だが、『普通』のおにぎりでは無い。

 海苔と米の改良には成功していたが、今回クラドがレイアに命令されて作っていたのは、異世界の『具』を使ったオリジナルのおにぎりだったのだ。


 ーー女神に求められた要求は二つ。


 一、掌サイズで食べやすく、美味い事。

 二、ステータスに何かしらの影響を与える事。


『どんなランクの魔獣の肉だろうが、手に入れて見せるから好きに使いな』ーーなどと言われては、料理人としては燃えない筈が無いのだ。


 第一弾として、今回の具材にはAランク魔獣『ミノタウロス』のランプ肉をかえしで漬けにし、上級回復薬を作る過程で使用する上級薬草で包み蒸し焼きにしてある。


 どの部位が適しているか模索しながら、HPを回復させる効果があるか試すには絶好の機会だと、図らずも両眼が輝いた。


「おぉ! こんな僕を労ってくれるなんて、本当にお前は良い奴だよな!」

「あははっ! 気にするなよマイブラザー? さぁ、じゃんじゃんやってくれ!」

 若干の心苦しさから、口調すら変わったクラドがおにぎりを差し出すと、タロウは思いっきり口を大きく開けて頬張った。


「…………」

「あれ? 少ししょっぱかったかい?」

 無言のまま呆然としているタロウの顔前を掌で仰ぐと、タロウは時が進み出した様に破顔して泣き始める。


「ーーうぐふぅっ!! これが命の味なんだな……死地から帰還した時に食べる飯は、最上に美味いって聞いた事があるけど、うめぇっ!! このおにぎりが美味すぎて死んじゃいそうな程に美味い!」

「……ありがとう」

 クラドは素直に喜んではいるが、視線はタロウの傷口に向いていた。目的は別にある。

 ーースッ。

(良し。傷口が塞がった。実験の第一段階成功だね。上級薬草は苦くてそのまま料理に使うのは不向きだから、色々苦労したんだよなぁ)

 小さくガッツポーズを取っている弟分を見つめて、タロウは一瞬不思議な表情を浮かべたが、生きているだけで良いと小さな幸せを噛み締めた。


暗殺者アサシン』と『料理人』の存在を忘れかけていた獣人の幼女は、そろそろかと『超感覚』を発動し、獣耳を大地に添える。

 地響きから次部隊の位置を把握した頃、上空を陰らせる存在が現れた。


「ーーアレは⁉︎」

「まさか再びピエロに操られているのか⁉︎」

 驚愕するシルミル軍の視線の先には口から灼炎を漏らし、火竜王アマルシアの猛る姿があったのだ。


 イザヨイは盲目だが、その姿を感じ取り獣耳を逆立たせる。


「ヘルデリック……待ってて。今イザヨイが行きますの……」

 匂いで直ぐ様気付いた。そして、その対象が血に濡れて傷ついている事実を知った。


 ーー遊びは終わり。


『紅姫』に制止される事ない、イザヨイの暴走が始まる。

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