第291話 『紅姫』によるイザヨイ考察。

 

 帝国アロとシルミルの戦争が始まるおよそ一ヶ月前、俺を中心とした『紅姫』のメンバーは、会議室である議題について語り合っていた。


 たった今訓練の息抜きついでに行った『鬼ごっこ』の結果が予想外過ぎた為らしい。らしいなんていう言い方をするのは、俺とナビナナからすれば当然の結果だと納得出来ているからだ。


 不思議な顔を浮かべているメンバー達こそ、イザヨイを舐めすぎたか、子供扱いしていた証拠だろう。


「あのなぁ〜! 一つだけ大前提として教えておくが、俺とコヒナタがイザヨイ専用に作った『二丁神銃ロストスフィア』は確かに強力な武器だけど、誰にでも扱える訳じゃないんだぞ? はい、コヒナタさん解説よろ!」

「レイア様が言う通り、『二丁神銃ロストスフィア』には決定的な弱点があります。一つ目はこの世界に現存する銃と異質である威力を発射する為、ステータスが低ければ銃身をまともに支えられません。手首ごと折れるでしょうね」

 しかも両手持ちの片手銃でその威力。半端な筋力で扱おうとすれば、身体ごと一回転するだろう。


「二つ目は空間把握能力ですね。相手との距離、着弾までの時間、放たれる神気の速度、また気候や風の弊害。その他にもあげればキリがない程の集中力が必要となります。この中には弾数に代わるレイア様の神気の残量計算も含まれます」

「それをイザヨイが行えてるってか? 俄かには信じられないぞ?」

「まぁ、アズラはそういうのは苦手だろうしね。剣をブンブン振り回してたら実感は湧かないさ」

「……俺だって敵の動きの先読みくらい出来るぞ姫!」

 いやいや、実際我が娘ながら大したもんだと思うよ。


 正直、成人する十五歳位でまともに扱える様になると想定して、威力の段階調整を取り付けたつもりだったんだけど、初っ端からカムイを正確に撃ち抜いた技量は驚異だ。

 そして、ステータスの実態を把握してなかった俺達はイザヨイについてある考察を立てた。


 ーー平均ステータスが9000前後の中で、知力、魔力、MPはどの割合であるのか、と。


 俺が『女神の眼』で覗けるステータスは、あくまで平均値に過ぎない。バランスタイプも勿論いれば、俺の様に力に特化しているタイプもいる。魔術師に限れば知力、魔力依存になるだろう。


 そこで、俺とナビナナはシルバにお願いして『実験』をしたのだ。


 内容は『神速』を発動した状態で、イザヨイから十分間逃げ切る事。俺がそう言った時のシルバは、何故か嬉しそうに喉を鳴らしていた。ーー結果が分かっていたからだ。


 直線勝負ではなく限定された範囲内とはいえ、イザヨイは僅か三分足らずでシルバにタッチした。即ち、レベルが90を超えた時の俺の力のステータス『12000』以上であるという事。

 この世界において『AGL《アジリティー》』は存在しない。敏捷性は力、体力、器用さのステの高さから反映される。


 ーー獣人の特性を鑑みれば、知力、魔力の類は恐らくかなり低い割合となるのだ。


 元々イザヨイには魔術の素養がなかった。アズラと同じように魔力を体内で生成出来ても、発する術を持たない。

 よって、俺とナビナナは結論に達した。イザヨイは弱いのではなく、自分の肉体が持つパフォーマンスを発揮出来ていないだけだ、と。

 ならば必要なのは『遊び』と称した実践的な訓練である。


『鬼ごっこ』は相手との間合い、敵の追い詰め方を。

『隠れんぼ』は自らの隠密性と探知能力を。

『缶蹴り』は自軍の守り方、あるいは敵陣への攻め込み方を。

 シルバには監督役を務めて貰い、チビリーには伝えていないが、クリアまでのタイム測定と成長具合の確認をさせて貰った。


 話は戻るが、今回何故『紅姫』のメンバーが会議を開くまでに至ったかと言うと、『鬼ごっこ』で全員が本気を出した上で捕まったからだ。

 ルールは何でもありとし、空に飛ぶのもあり。武器でタッチを防ぐのもあり。ただ、範囲だけは訓練を行なっていた草原の範囲と定めた。俺は審判として判定する役目につく。


 ビナスは身重の為、城で静養中だ。


 __________


「さぁ、いつでも来いよイザヨイ!」

「アズラ、タッチですの」

「ーーファッ⁉︎」

『シェー!!』と言わんばかりに驚き過ぎて見たことがあるポーズを取ったアズラが、まず背後から瞬殺された。

 空中を漂って余裕をこいていたアリアの背中には、いつの間にかイザヨイが寝そべっておりアウト。


 ディーナは腹が減ったと蹲っていた所にイザヨイから差し出された干し肉を受け取り、手が触れた為アウト。馬鹿だ。


 コヒナタは武器の製作者として油断はしていなかったが、『神降ろし』は流石に拙いと判断して控えていた為、『一式』の巨大鉄球を放って、引き戻すと同時に攻め寄られてアウト。


 意外ではないが、やはり日頃相手をしているシルバとチビリーが最後まで小細工を弄してまで、逃げ回る事に成功していた。


「ヒャッハー!! 今日こそヒエラルキー最下位脱出っすよ!! このぶりっ子ケモ耳幼女めっす!!」

「じゃあ、今すぐ跪いて土下座したら電気アンマしてあげるですの〜!」

 イザヨイはチョイチョイっと手招きしながら、地面を連打して蹴った。


 何でうちの娘は、そんな安易な考えで人が釣れると思えるんだろう。負けが立て込み過ぎて精神が崩壊しつつあるチビリーことジェーンは、一応Sランク冒険者だ。


 正直、おもに俺の嫁達の肉体言語ヤツアタリで鍛えられ過ぎて、SSランク冒険者くらいの力はついてる気がする。流石になぁ……

「貴女様の忠実なるしもべ。チビリー参上っす」

 ーーうん。ダメな子がいた。自らスライディング土下座をかまして頭をタッチされ、すかさず犬のように腹を見せて電気アンマを懇願する姿。


 最早洗脳レベルだな。一度記憶を無くして、真人間に戻した方がいい気がする。


 今度本気でそんなアイテムをダンジョンへ探しに行こう。このままじゃあいつ俺の足の指とか喜んで舐めそうで嫌だ。それにしても、美しいスライディング土下座だった。ーー世界に蔓延る馬鹿に見せたい手本だな。


 最後に、シルバは本気だった。魔獣ならではの肉体のしなやかさを悠然と活かした上での戦法。イザヨイが放つロストスフィアの閃光を更に先読みして躱し、離れ過ぎず近過ぎずの一定の距離を保って隠密性を殺す。


 はたから見ていて分かる程に二人共楽しそうだ。真剣であるからこそ得られる充足感に酔い痴れているんだろうなぁ。


「はい! タイムアップ!! 勝者シルバ!」

「ええええええええええええ〜〜!!」

『危なかったが逃げ遂せたな。主の前で恥ずかしい真似は出来ないし、頑張ったよ』

 俺はブーっと頬を膨らませるイザヨイの頭を撫で、近づいてきたシルバの銀毛に顔を埋める。いい匂いだ。流石俺のペット。


「シルバは俺と一緒に寝るご褒美! 毛繕いもお風呂も一緒だぞ!」

『ふふふ……ありがとう、素直に嬉しいな』

 それを側から見ていた仲間達は悔しそうに嫉妬の炎を浮かべていた。そして、話は冒頭へと戻る。


 __________


「俺とイザヨイが本気で戦ったらどっちが勝つと思っているんだ⁉︎」

「麒麟を招来して、使い熟せれば同等。通常なら瞬殺」

『そんな⁉︎』っと、アズラがヘタリ込む。


「私は負けないわよレイア! さっきは油断していただけで、娘にママは負けません!」

「天使化した状態で『神槍バラードゼルス』の呪符を三枚で同等かな」

『いやいや……』っとアリアがブツブツ呟きながら鬱モードに入る。


「妾は竜王じゃし、竜化して『火具土命カグツチ』を放たれるから余裕じゃなあ!」

「いや、実際ディーナが一番イザヨイとは相性悪い。『聖竜姫』モードでブレス吐けない様じゃ絶対勝てないよ」

『まさかっ⁉︎』っと、ディーナはダラダラ汗を流しながら骨つき肉を齧る。


「コヒナタの説明に捕捉をいれるけど、イザヨイは確かに盲目で目が見えないけれど、その考えは捨てた方がいい。『超感覚』による相手の肉体情報の読み取りと、視覚情報に頼らない『ソナー』は俺達の毛穴一本まで色がないだけで把握されてる。俺の『心眼』と同じ様に嘘発見器同然で騙す、つまりフェイントすら通じない」

「じゃあ、なんでシルバは勝てたんだ?」

 顎に手を当てて頭にハテナマークが浮かんでいるアズラに少しイラッとしたが、説明してやる。


「シルバも魔獣としての第六感とも言うべき感覚を備えてる。そして、それは日々イザヨイの相手をする事で磨かれてるんだ。生まれたてからSランク魔獣の『フェンリル』が努力してんだぞ? 今度相手をしてもらえ。ビックリするから」

「…………」

 想定通りのリアクションだな。ある程度イザヨイの強さについて説明したが、敢えて言わなかった事が二つある。


 ーーそれは俺の『闇夜一世オワラセルセカイ』と同じく、本来生まれる筈であった元の世界で持ち得ていただろうリミットスキルだ。


『女神の眼』でコピー出来ないのは、イザヨイのみの固有能力なのか、俺が覚える限定条件を満たしていないと言う事。


『夢幻回帰』ーーこれはデスレアの事件で大体の想像がついている。イザヨイがデスレアに殺されて死んだ場合、または他の死因でも、能力のみを受け継いでまた転生状態からやり直せる能力だ。


 多分この際に今の俺と、新しくやり直すイザヨイの世界にいる俺は世界が分岐して引き離されてしまう。だからこそ死なす訳にはいかなかった。


 新しくやり直した世界のイザヨイで、俺と毎回会えるのならばレベルが70を超える事態になど陥ってない筈だから。


 何度もデスレアと争っては記憶を失い、能力だけを引き継いだ存在が今の娘であり、悪いがエルクロスにそれを防ぐ力はない。

 元々がデリビヌスに作られし、イザヨイを俺や女神に感知させない為の存在なのだから。


 問題は俺にも読み取れなかった能力、ーー『◾️◾️創造』。


 何を創造するのかナナでさえ分析、判断出来なくて、本人に至っては無自覚だ。ハッキリ言って『闇夜一世』に近い能力であり、『最悪の敵デリビヌス』のみが把握しているんだろう。


 息子のソウシには、俺の核の力が未熟なまま継承されたと教えられた。ならば娘であるイザヨイの能力は一体なんだとナナと一緒に考え続けてる。


「う〜ん。パパぁ、難しい話は終わったんですの〜?」

「起きたのかい? イザヨイが凄いんだぞって自慢してただけさ。でも、人間は殺しちゃいけないから力はセーブするんだぞ〜!」

 イザヨイを持ち上げて抱っこする。耳がモフモフしてて可愛すぎるな。これは獣人族代表の萌え選手権で優勝しちゃうんじゃないだろうか。


「何で殺しちゃダメなんですの〜? ママ達からパパはいっぱい笑いながら『滅火メッカ』や『天獄テンゴク』で人を殺したって聞いたんですの。でも、アズラに聞いたら殺したんじゃなくて寝かしつけただけって言われたんですの」


 ーーギクッ⁉︎


 おいおい。分かり易い反応をどうもありがとう。そしてアズラ、お前はやっぱり道徳心があるな。そのままでいてくれ。あとで酒が美味い店に飲みに誘うから。


「……アリア、ディーナ。あとでお仕置きな? 言い訳があるなら聞くけど、ステータス全開でいくから、一回戦が終わった後にしてくれる?」

「「どっちの一回戦かだけ教えて⁉︎」」

「うん。どっちでも結果は変わらないよね?」

『女神の微笑み』を全力で発動させた。さて、二人が感じたのは『魅了』か『威圧』のどっちかな。気絶しちゃったからわからないね。


 さて、話を戻そう。


「あのね。イザヨイが大人になったらパパは何も言わないつもりだ。悪いことしたり、気持ち悪いって思う人間はいっぱいいるし、逆に凄く美しいなって思える綺麗な心を持った魔獣だっている。シルバを見てれば分かるだろ? だから、今はパパの言う事を聞いて受け入れて欲しい」

「……分かったですの。殺すのは控えるですの」

 うん。ションボリとした顔をしながらうちの娘、自然ナチュラルに『控える』って言ったね。そこは約束するとかじゃないんかな。普通に怖いわ。


「じゃあ……殺さないで敵の骨をバッキバキは……だめ、ですの?」

(ーー何なの⁉︎ うちの娘って天使⁉︎ 優しすぎてパパ泣いちゃいそう!! 可愛すぎてこのまま踊り出したいね!! いや、寧ろ飛ぼう!!)


「あははははははぁっ! イザヨイは天使の様に優しいなぁ! 向かってくる敵は『殲滅』が『紅姫』とパパ自論における基本だぞ〜? 生きてさえいれば骨バッキバキなんて優しいもんさぁ〜!!」

「わああああああいっ!! じゃあイザヨイ、ムカついたら敵の骨バッキバキにするんですの〜!」

「うんうん! 殺しさえしなければ好きにしなさい! 女神であるパパが許す!!」

「じゃあ、『二丁神銃ロストスフィア』に新しい機能をつけて〜〜?」

 娘が頬にチューしてきました。これは父親として応えない訳にはいきませんな。実験台はアズラとチビリーで十分だろうて。


「コヒナタ! 至急新たなミッションに取り掛かる! イザヨイが欲しい機能ってなんぞ⁉︎」

 この時俺は暴走していたんだろうね。後々に起こる事件を聞いた時に青褪めるはめになるとは、終ぞ想像していなかったんだから。


 ーー最大出力で神気を放っても、ギリギリで人を殺さない機能が欲しいですの。


 俺とコヒナタは涙ぐましいイザヨイの謙虚さに胸打たれて、新しい機能を追加してしまった。


 製作途中、凄い形相で『止めろ! 碌なことにならないから!!』と制止してきたアズラに『エアショット』を撃ち込んだ。

 何故か奴は『麒麟招来』をしてまで俺を止めに来たので苛ついてしまい、ステータスを解放した所までは記憶がある。


「麒麟様、全力でやらないと殺されるぞおおおおおおおお! 『麒麟紅刃』!!」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄ぁ〜〜!!」

 寝不足でアズラの腹をひたすら連打した所までは覚えているのだが、その後の記憶がない。


 こうして、全ての事象は収束する様にイザヨイの願う通りに運んでいたらしい。


 我が娘ながら、末恐ろしいものだ。ーーだが可愛いは正義だから許そう。

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