第288話 『幼女』と『暗殺者』と『料理人』 1

 

 ーー時は遡る。


「話は分かりましたが、イザヨイがどうしたいのか選びなさい。私達はあくまで家族の意見を尊重しますが、危険な真似をするつもりなら許しませんよ」

「寝てる間にコヒナタママやアリアママ、ディーナがイジメられたって聞いたんですの。イザヨイは悪い子をとっちめてやるんですの!」

 いきり立つイザヨイに対して、『神降ろし』の影響により、疲弊してベッドに寝込んだコヒナタは告げる。


「ピエロはレイア様と私が最も厄介だと思う相手です。それでも行くのですか?」

「はいですの! 勘ですけれど、ヘルデリックが泣いてる気がしますの!」

 自信満々に獣耳を逆だてる幼女を見つめ、コヒナタは嬉しくもあり、どうしたものかと思案する。


 レイアと打ち合わせた作戦では、本来自分かディーナが戦場へ向かおうと思っていたのだが、想像以上に『人形繰りの魂パペットマイスター』によるダメージは大きかった。


 それはアリアとディーナも同様であり、若干胸の内ではやりすぎだろうと奈々に怒りを覚えている。シルバが無事であれば、イザヨイの監督役として一緒に送り出すが、治療には時間がかかる。


(この場合の適任者といえば……)


「タロウさん、いますか?」

「ーー何か御用ですか?」

 一言声をかけただけで、カーテンの隙間から姿を現わす少年に軽く畏怖を覚えつつも、コヒナタは微笑んだ。


 レイアから理不尽極まりない扱いを受けている少年は、『紅姫』の中でも度々話題に上がる。その冒険譚は、自分達よりも『冒険者』らしい話であり胸が踊った。


「イザヨイの護衛をお願い出来ますか?」

「無理ですし、嫌です」

 コヒナタはとても穏やかにお願いしたつもりだったが、真顔と共にコンマの世界で拒否された。


「イザヨイの護衛を! お願い! 出来ますか⁉︎」

「む、無理ですし! 嫌ですってば! ちょっとプレッシャー放ったくらいじゃ怯みませんよ⁉︎」

 タロウはレイア以上に、イザヨイから一種のトラウマを植えつけられていた。


 影の中は勿論のことだが、どこに隠れても『超感覚』により見つけ出され、一度かくれんぼで遊んだが最後、『タロウと遊ぶのは面白いですの!』っと追いかけ回される日々を送ったのだ。


「タロウと遊ぶんですの?」

「そうですよ〜! タロウお兄さんはイザヨイと遊びたいらしいので、逃げたら遠慮なく『二丁神銃ロストスフィア』で撃っていいですからね」

「ファッ⁉︎ そんな馬鹿な⁉︎」

 クリクリとした純粋無垢な瞳を向けてイザヨイが問うと、コヒナタは頭を撫でながら無慈悲な宣告をした。


 タロウは愛武器である『冥府の鎖鎌』の創造主たるコヒナタには頭が上がらない部分があり、多少のお願いならば優先的に聞くつもりではあった。

 それでもイザヨイのお守りは嫌なのだ。何故ならば巻き込まれるからに他ならない。


(イザヨイ様は、無邪気に影ごと僕を焼くから側にすらいたくない……どうしたものか……)

 顎を抑えながら思考する姿を見て、イザヨイは無防備なタロウの左手を握りしめた。


「タロウ! 悪者をとっちめて帰ったら、パパが褒めてくれる筈ですの!」

「……レイア様が? 確かに褒めては貰いたいけど、戦場とか嫌だなぁ。あと建築物がない場所とかじゃあ僕の力は半減するよ」

「大丈夫ですの! タロウはイザヨイの影に隠れてれば良いんですの!」

 確かにそれならば護衛としても問題ないだろうと納得するが、タロウ的にはおんぶに抱っこ状態でプライドが反発していた。


「タロウさん? こう考えなさい。無事に事件を解決して帰って来たら、私がレイア様にお願いして貴方に『休暇』をあげます」

「ーーマジっすか⁉︎」

「えぇ、次のミッションも比較的優しい場所にしてもらうよう配慮しましょう」

「行きます!! めっちゃ行きます! 寧ろ行きたくて仕方ありません!!」

 背筋を伸ばし、口元を覆っていた漆黒のマスクを下げると、タロウは歴戦の勇士さながらの敬礼を見せる。


 ーー城からの逃走十二回。仮病四十三回。レイアに捕縛されてボコされる事プライスレス。タロウは切実に『休み』に飢えていたのだ。


「何でもやっちゃりますよ!! さぁ、行きましょうイザヨイ様!!」

((……チョロい))

 イザヨイはアリアから教育を受けている為、この手のやり取りに敏感な年頃になっていた。あくまで表情は笑顔のまま、内心では強かにタロウを反面教師として捉えている。


「ひとつだけ忠告しておきますが、あくまでタロウは姿を見せてはいけません。ピエロの使う至宝に洗脳されては本末転倒ですからね? イザヨイはこの『深淵のネックレス』を装備して、速やかに敵の殲滅を心がけて下さい」

「「ラジャー!!」」

「イザヨイが怪我を負うような事態に陥った際は、撤退を優先するように。情報が入ってこない以上、無茶は禁止します」

「「ラジャー!!」」

「では、私の身体に残された神気もイザヨイに譲渡しましょう。タロウさんなら転移魔石が無くても一緒に転移出来ますよね?」

「はい!」

 コヒナタは残された神気を、全てイザヨイのロストスフィアの補充に使うと、そのまま眠りについた。イザヨイは軽く深呼吸をすると、肩口のホルダーから覗く銃身を一撫でして微笑を浮かべる。


「タロウ。ママ達が……泣いてましたの」

 ーーゾワッ!!

 一言呟いた幼女の真横に佇んでいた少年の背筋に、悪寒が迸った。コヒナタが気絶した瞬間、堪えていた怒りが漏れ出すように、圧倒的なプレッシャーが放たれる。


「イザヨイ様のお好きなように暴れていいですよ。僕はサポートに回るんで」

「……ありがとう」

 窓から射し込む光を反射して、金色の光を透かせる獣人の幼女はどこか達観した雰囲気を露わにしていた。

 タロウは思わず9歳の幼女に見惚れる。そして、敬意を抱いた。


(流石は女神の娘って事か……足を引っ張らない様に気合いをいれなきゃな)


「無事でいてですの! ヘルデリック!!」

「あっ! イザヨイ様、転移魔石って本当に一個しかないんですか⁉︎」

「ふっふっふ! 二個はありますの!」

「……うん。僕だけじゃ心許ないんで、『友人』の『クラド』も連れて来ましょう!」

 これは完全にタロウの嫌がらせに近い行動なのだが、イザヨイは瞳を輝かせる。クラドの料理はそれ程に昇華していたからだ。


 年が近く、お互いに苦労しているからこそ、タロウとクラドは馬があった。


「一分待ってて下さい。『陰影』で引っ張りあげてきますから」

「はーい! 行ってらっしゃいですの!」


 __________


「な、何なのこの状況⁉︎」

「おいでませ〜ですの!!」

「うっし、戦争に行くよクラド! 僕とお前の仲だろ!」

 ニカッと笑うタロウとイザヨイを見て、クラドはリミットスキル『悟り』から瞬時に状況を把握した。そして全力でダッシュする。


 ーーガシィッ!!


「おいおい、 友達を見捨ててどこに行くんだよマイブラザー?」

「離せ! 僕は君がこんな事をする奴だとは思わなかったよ! 泣きながら苦労を語り合った友情はどこへいったんだぁ!!」

「友だからこそ、こんな時は一心同体だろうが! 怖い思いをするなら誰かに側にいて欲しい……そんな気持ちすら分からないのか⁉︎」

「分かってるから逃げるんだよ! この中二病妄想馬鹿!!」

 クラドとタロウが言い争う中、イザヨイは腰元から『雷大神槌イカヅチノオオカミ』を抜いて不意に二人の頭上へ浴びせる。


 ーーピコンッ! ピコンッ!!


「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜!!」」

「さて、そろそろ行きますの! 待っててねヘルデリック!!」

 黒焦げになってプスプスと音を立てる二人の少年の首元を掴み、イザヨイは戦場へ転移した。


 ーー怒りに震える幼女の無双が始まる。

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