第237話 たとえ、君が俺を忘れても 3

 

 地面を掘り進めた先は、王族が緊急時に脱出する為に作られた隠し通路へと繋がっていた。古参のドワーフであるドルビーは、過去の名匠の一人からその存在を聞いていたのだ。

 タイタンズナックルの中には特殊な空間把握能力を持つメンバーがおり、何度となく城へ出入りする間に正確な位置情報把握マッピングに成功していた。


 極微小な魔力でリッキーが明かりを灯しつつ薄暗い道を歩き続けると、程なくして天井に手摺りのついた出口へ辿り着いた。


「ここから王城に入る。俺達の動きが把握されてる場合は、さっき打ち合わせた通りに動くぞ」

 タイタンズナックルのリーダーは、レイアが思っていたよりもずっと冷静に、いく通りもの作戦を練っていた。

 それは敵を舐めていない証であり、同時に畏怖している事実を物語る。


「了解。まずは一気に謁見の間に向かって馬鹿王を確保でしょ?」

「あぁ、神官が立ちはだかった場合は、俺とリッキーで時間を稼ぐ」

「そのまま倒しちゃえばーーとはいかないか。正直あいつの正体が一番謎だもんね」

 打ち合わせの際、説明されたのは神官ネイスットが如何に不気味な存在であるかという事だった。リベルアもレイア達も、自らの認識の甘さを思い知らされている。


 タイタンズナックル幹部が、かつて幾度と無く偶然を装い放った刺客は、誰一人として生きて戻らなかったのだ。

 その後の消息を知る者は誰一人とおらず、死体すら発見されていない。


「俺達は冒険者だ。危機察知能力は高いと自負しているからこそ、神官とまともにやり合うのは極力避けたいのさ」

「それでも……この機会を逃す訳にはいかなかったのです」

 ソフィアとガジーは強者だと認識出来る二人の雰囲気に呑まれ、思わず生唾を飲んだ。考えてみれば敬愛する女神を出し抜いた存在ネイスット。ーー舐めてかかって言い訳がない。


 それはレイアとて同じだった。ハンデを背負わされた肉体に、封じられたスキル。ダメージを受ければ即死の可能性すらある現状態で動くのは博打に等しい。

 不完全な『闇夜一世オワラセルセカイ』は、過去のザンシロウとの戦いから一定レベルを超えた強者には通じない可能性が予測される。


 だが、直感が告げていたのだ。ーー『急がねばならない』、と。


「行こう! 俺は絶対にコヒナタを救い出して、ネイスットも馬鹿王もブッ飛ばす!」

 皆が一斉に頷くと、隠し通路を抜けて、繋がっていた地下の牢屋の一角から走り出した。


 今まさに救出作戦は決行される。その先に待つ罠に気付かぬままに。


 __________


『ゼンガ城壁』


 ーーウワオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 殺気と威圧を含んだ銀狼フェンリルの遠吠えが突如戦場に響き渡る。マッスルインパクトも、タイタンズナックルも一瞬身体が硬直し、ドワーフの正規兵の中には耳をツンザく恐怖から、泡を吹いて気絶する者までいた。


「う、嘘だろ? 何でこんな所に災厄指定Sランク魔獣が現れるんだよ!」

「お兄! どうする⁉︎ いつの間にかバッカーデンもリッキーもいないよ!」

 ヒイクとパノが青褪め、焦燥感に苛まれて脂汗を流す背後から、気怠そうな溜息が吐き出される。


「マジっすか〜。思ったよりも雑魚ばっかっすねぇ〜!」

「ーーーー誰っ⁉︎」

 シーフの兄弟が慌てて振り向いた視線の先には戦闘装束を纏い、掌をヒラヒラと振るチビリーが笑顔で立っていた。まるで観光にでも来ているかの様な気楽さを醸している。


「ヤッホー! 元気してたっすかぁ?」

「えぇっ? ジェーンさん⁉︎」

「な、何でこんな所にいるの⁉︎」

「そんなに驚かれるとは思わなかったっすね〜! 先にちょっと聞きたいんすけど、ドワーフの国に味方してるギルドって、タイタンズナックルで間違いないっすか?」

 チビリーはギルドの受付嬢時代にピステアで面識のあった冒険者と会えた事を、懐かしく思いつつも問い掛けた。


「そうですよ! 俺達はこの国から『至宝十選』の二つ、『緋炎弓』と『蒼氷弓』を借りて敵と戦ってる最中なんです!」

「見れば分かるでしょ! お兄と私の邪魔だから、巻き込まれたくないなら大人しく隠れててよ!」

「う〜〜ん、ーーそれは無理っすね! この格好を見てソロソロ気付かないっすか?」

 チビリーは頬を掻きながら、やれやれと呆れた視線を向ける。『まさか⁉︎』ーーヒイクが驚きから目を見開いた。


「多分正解っすよ! 今の自分はギルドの受付嬢でも無く、Sランク冒険者でも無く……はないっすね。とりあえず『紅姫家』のペット、チビリーっすから!」

 エッヘンと胸を張り、腰に手を当てて誇らしげな表情を向ける。ペットである事にプライドを持つ程に『紅姫』メンバーによる調教は完璧だった。


「な、何を言ってるんですか?」

「意味が分からない……」

「簡単に言えば、うちのご主人に手を出した愚か者達を駆逐しに来たって事っす。この世界で『紅姫家』に手を出して、無事に済むなんて甘っちょろい幻想を抱いてる馬鹿にお仕置きっすよ!」

「「ーーえっ⁉︎」」

 ヒイクとパノは動揺しながらも、耳元に届いた台詞から見知った人物が敵なのだと意識を切り替える。握った弓を構えると、弦を引いて警告した。


「退がって! いくらジェーンさんでも、それ以上近付けば撃つ!」

「甘いよお兄! こいつさっき『紅姫』の名前を出した! 他にも仲間がいるって事だよ!」

 ーーパチパチパチッ!

 兄弟は警告したにも関わらず、当然拍手された事に目を丸くする。チビリーは嬉しそうに微笑みながら、素直に成長を喜んでいた。


「相変わらず息の合った兄弟っすねぇ、動き出しまでピッタリじゃないっすか!」

「「…………」」

 無言で警戒する弓使いの元へ一歩だけ近寄ると、小太刀二刀流をゆらりと抜き去り再び問う。


「近付いたっすよ? 何で撃って来ないんすか? 分かり易く武器まで抜いてあげたのに」

 ーーこいつは完全に自分を舐めている!

 戸惑うヒイクを他所に、パノは激昂して無数の氷矢を放った。

「ま、待ってパノーー」

 ーートスン!

 慌てて制止する兄の声を遮り、抜群の貫通力を誇る尖った氷の先端はチビリーの両足を撃ち抜く。


「はぁ、はぁっ、こ、この女が警告を無視するから悪いのよ!」

「もう終わりっすか?」

「「ーーーーな、何で⁉︎」」

 叫声をシンクロさせて怯んだ兄弟の視線の先には、血を滴らせながらも一切痛みを感じていないかの様に微笑む美女の姿があった。


「やっぱりこの程度っすねぇ……ご主人に比べたら刺激が足りないっす。降参するなら痛い目には合わせないであげるっすよ?」

「う、うわあああああああああああああああああああああああっ!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああっ!」

 眼前にいるのがまるでゾンビやグールといった死霊の類に思え、恐れ慄いた弓使いは一斉に炎と氷の矢を斉射する。


「ほいほいっと!」

 チビリーは小太刀で迫り来る炎熱を一閃し、氷冷を逸らして無数の矢の弾幕の中を進んだ。その数は次第に一人、また一人と増え、矢が止んだ頃には全く同じ姿をした三人が同じポーズをとっている。


「うーん……やっぱりまだご主人みたいに完璧にはいかないっすね!」

「い、一体あんたは何者なのよ⁉︎」

 パノは諤々と震えながら、喉元から飛び出た疑問を叫んだ。


「さっき言ったっすよ? 自分は『紅姫家』のペット、チビリーっす!」

 ーーおやすみなさい。

 兄弟の耳元にその一言が聞こえた直後、ずっと背後で気配を殺していた本体は、小太刀の柄で首元へ打撃を加え、一撃で気絶させる。


「何と無く知り合いを殺すと気が引けるっすからねぇ〜! さて、師匠はどうかなぁ〜?」

 チビリーはレイアの『斬滅閃』からヒントとスパルタ特訓を受け、虚実であったリミットスキル『分身』を進化させ、実像をもたせた存在を生み出せる様になっていた。


 見せ場が少なかった事に若干不満を感じつつ、師匠である銀狼フェンリルの本気が見られると胸を躍らせる。

 既に戦場には、敵兵の阿鼻叫喚が轟いていたのだ。


 __________


「や、やめてくれぇええええええっ!」

「何でこんな所に魔獣がいるんだよ⁉︎」

「死にたくねぇ〜〜!」

 ーー何処に逃げればいい? 何処に逃げたらいい? 何処に逃げれば生き延びられる? 


 戦場の兵は混乱し、陣形を崩壊させた。シルバは背中で眠るイザヨイを起こしそうな煩い連中から、前脚で踏み潰していく。

 三メートルを超える身体と、尖った爪は、襲われた敵からすれば身を縮こませてしまいそうな圧力を感じさせた。

 実際シルバは相手の力量を感知するやいなや、己がやり過ぎれば容易に命を奪えると判断し、極力手を抜いている。

『暴れるにも値しない』ーーそう思って戦場を駆ける中、歯応えのある敵を見つけると、意図せずに犬歯を覗かせた。


『私を見ても怯えすらしないか』

「……時間は稼ぐ!」

 リフレクタートルを構え、ゴルートは一筋の汗を流しながら災厄指定魔獣『フェンリル』と対峙する。狙いはリーダーの作戦が完了するまで引き付ける事にあるがーー

『今のが見えてないなら、時間なぞ稼げないぞ?』

 ーー念話で伝えられた事実に驚愕した。いつの間にか太腿に鈍い痛みが奔り、血が滴っている。


「い、いつの間に⁉︎」

『中々経験値は高いみたいだが、圧倒的に反応速度と動体視力が足りん。まぁ、これは主の受け売りだがな』

「……負けると分かっていても、退けぬ戦いはある!」

『その覚悟、見事だ。大人しく眠るといい』

 視界の端に一瞬だけ映り込んだ銀光は、瞬く間にゴルートの盾を無視し、鎧本体を打ち砕いた。空中に身体が舞い上がり、圧倒的な戦力差の前にタンクは笑うしかない。

 ーーズシャリッ!

 地面に倒れこんだ巨体に最早意識は無かった。銀狼シルバはゆったりと残りの敵の殲滅に向かおうと身を翻した直後、嗅ぎ慣れた匂いから焦り始める。


(主の血の匂い! 一体何が⁉︎)

『神速』を発動させ、チビリーの首元を咥えると一気に城まで疾駆した。


「い、いきなりどうしたんすか師匠⁉︎」

『拙い状況だ!』


 窓を突き破り侵入したお留守番組が目にしたのは、血溜まりに沈む女神の姿と、横に佇むコヒナタだった。

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