第224話 『鉄と鎚』 3
「ん〜! 素晴らしい出来栄えなんだなぁ〜!」
英雄の鉱石『オリハルク』と神の鉱石『ルーミア』、二つの鉱石を加工して紛れも無い『神剣』を作り上げたコヒナタは、眼前で刃の輝きに魅せられたワーグルを直視出来ずにいた。
ーー何故、鍛治神ゼンが邪な企みに力を貸せと命じたのかも理解し難い。
「本当にその剣で、ラーナス様と選定戦を戦うおつもりですか?」
「当たり前さ。これで僕の勝利は確実なんだな〜!」
巫女に愛されし男は、ウットリとした表情のまま見た事もない下卑た笑みを溢す。
「一体如何したというの? 貴方はそんな顔で笑う人じゃなかった!」
「僕は何も変わってない。これも全ては曇った目を覚まさせてくれた神官のおかげなんだな」
「……神官? それは誰ですか?」
コヒナタは戦慄した。『継承の儀』を行う為の大事な選定戦に、自ら以外に関わった存在がいるという事実が一つ。
そしてもう一つは、ワーグルにこの様な浅はかな選択をさせた者がいるという事を知ったからだ。
(その人が、王子をおかしくしたのね……)
巫女としての直感からか、その第三者こそが全ての元凶だとコヒナタは確信していた。
「その人に会わせて下さい!」
「別に構わないんだな。工房に呼んでもいい?」
「はい!」
王子は外で控えていた護衛の兵士に指示を出し、神官をこの場へ呼ぶ。緊張する巫女を一切慰る事もせずに、夢中で菓子を頬張っていた。
__________
暫くした後、工房の扉がノックされて兵士に案内された神官が現れた。
私は緊張から震える身体を悟られない様に気丈に振る舞い、顔を上げてその姿を睨みつけて絶句する。
「えっ?」
「紹介するんだな! こいつが神官のネイスットなんだな!」
ワーグル様はソファーから立ち上がると、ネイスットと呼ばれた少年の隣に立って無邪気に笑った。
「やっぱり驚いたんだな! 確かにコヒナタと似ているからな〜!」
「…………」
私は自らと同じ翠色の瞳をした少年を見つめると、なんて言葉を発して良いか分からずに固まってしまう。
「初めまして。紹介に与りました神官のネイスットであります」
「…………」
「如何したのでありますか? 自分の顔に何か付いてるでありますか?」
「な、んで……顔……」
「あぁ、コヒナタ様に似ていると良く言われるでありますが、まさか本人にも驚かれるとは……」
まるで生き別れた兄弟に出会えた人はこんな気分ではないかと思わせる程に、目の前の少年に自らの面影を重ねてしまう。
ーーだけど私はそれが嬉しくは思えず、とても恐ろしかったのだ。
「お会い出来て光栄であります。気軽にネイスットと呼んで欲しいであります」
「君はずっとコヒナタに会いたがっていたからな〜!」
友人の様に肩を組んではしゃいでいる姿を見ると、いつものワーグル様に戻っている様に思う。
ネイスットからも邪悪な気配は一切感じず、先程までの確かな直感が薄れていくのを感じた。
(でも、私は問わねばならない!)
「一体何で選定戦に私の剣を使わせるなどと言う、不正を即す行いを王子に進言なさったんですか!」
「誤解なさっているかもしれないでありますが、先にラーナス様が腕の良い鍛治師に依頼を出している情報を掴んだからでありますよ?」
「えっ⁉︎」
「その情報は間違いないんだな! 第一王子の陣営は、大臣を含めて僕が勝つと不正が発覚して困るから、様々な手で策謀を張り巡らせているんだな!」
ネイスットは穏やかな表情のまま、驚愕する私を指差して宣言する。
「コヒナタ様。自分と貴方だけが、ワーグル王子を守れるのでありますよ!」
「……そんな、そんな事って……」
相手がしているから、自分もして良いなんて子供染みた考えを抱いてはいけないと分かってはいるが、この人の言葉は妙に胸にストンと落ちる。
「どうやらコヒナタは、君の事をまだ疑っている様なんだな! スキルの話を聞かせてあげてくれ」
「スキル……?」
「恥ずかしながら、自分はコヒナタ様と対を成す存在なのでありますよ。リミットスキルの『鍛治神の左腕』を得た事で、神官となったのであります」
気恥ずかしそうに手袋を外して掲げた少年の左手には、私と同じゼン様から授かりし刻印があった。
「ーーーーッ⁉︎」
「ははっ……そんなに驚かないで下さい。残念ながら自分には『神降ろし』は出来ないのであります。何やらゼン様に嫌われている様で……」
「ごめんなさい……」
その刻印を見た直後に私は深く頭を下げて謝罪した。ゼン様に認められた者が邪悪な思考を持つ筈が無い。
『神降ろし』が出来ないのは、きっと自分がいつも手を借りている所為だと申し訳ない気持ちになったのだ。
「でも、やっぱり選定戦に神剣を使うのは拙いと思います。それで勝利しても、他のドワーフ達はワーグル様を王とは認め無いでしょう」
「それについても理由があるのです。コヒナタ様は知っているでありますか? この国から次々に腕の良い職人が旅立っているのを」
「噂に聞く位ですが……」
「自分は恋仲にあるお二人の話を聞いて、正直喜びに打ち震えたのでありますよ。『神剣を生み出す者』が、生み出した武器の使い手として第二王子を選び、勝利して王になった暁には王妃として迎え入れられる」
「うんうん! 素晴らしいんだな!」
「…………」
「我々ドワーフの寿命は長い。これでまた新たな繁栄が齎されるのであります!」
語られている内容は確かに正しいのかもしれない。ワーグル様以外の弟子達が立派な匠に育てば、私が王妃となった際に国を出て行く事は無いだろう。
大樹の枝葉の様にその鍛治師の系譜は連なっていくに違いない。
ーーだが、それならば一体何故素直に喜べないのか。答えはただ一つだった。
(この人の笑顔を、一度でも醜悪だと思ってしまったからですね……)
自分でも最低だと思う。でもそれ程にあっさりとワーグル様への想いは冷めてしまった。
「わ、私は……まだ妃になると返事をしてはいません……」
「「〜〜〜〜⁉︎」」
目を見開く二人の表情を見て、自分が最低な言葉を告げたのだと理解する。でもーー止まれない。
「神剣を使って選定戦に出るのであれば、私との別離を覚悟して下さい!」
「そ、それは困るんだな!」
「…………」
焦る王子と、顎をなぞりながら思考する神官を前に私は言い放った。
思い出して欲しい。
誇りを抱いて欲しい。
物言わぬ鉄と真摯に向かい合ったこの歳月は、絶対に貴方を裏切らない。
「そうきましたか……自分はこれで失礼するであります」
「ぼ、僕も一度頭を冷やして考えるんだな」
「えぇ、どうぞゆっくり考えて答えを出して下さい。神剣を打ち終えた以上、私の仕事は終わりました」
(やっぱり、考えなければ私を選ぶ事は出来ないのですね……)
この時の私はちゃんと笑えていただろうか。ーー悲しみを表さずにいられただろうか。
二人が去った後、一人工房で泣き崩れる。ひんやりとした床に額を擦り付け、自責の念に苛まれながらも必死で叫んだ。
「私は……私は間違ってない! 何で直ぐに答えを出してくれないのよ! う、うぅぅぅ……」
そんな愚かな私の想いを嘲笑うかの様に、次期王選定戦までの期日は迫っていた。
この時に気付けば良かったのだ。ゼン様が私やネイスットに一切声をかけずにいたのは、『その時』を待っていたからだという事に……
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