第223話 『鉄と鎚』 2
ドワーフの国ゼンガは世襲制により、王族や高官の血を絶やす事なく繁栄の一途を辿っていた。
何故なら種族特有の手先の器用さから、多種多様な職人が腕を振るっている。
装備品や商品を求めて訪れる商人や冒険者、はたまた他国からの依頼により多額の報酬を受け取る事も多かったからだ。
どの国にもあるスラムがゼンガには無く、腕が認められなかった才無き者は、店で売り子を行うなど別の需要があった。
そんな中、とある問題だけが危惧されていたのだ。
ーー腕の良い職人程、まだ見た事も触れた事も無い鉱石や素材を求めて、国外へ飛び出して行く。
大臣達が焦る中、王はたかが些事に過ぎないと一笑に伏した。増え続ける職人の数減らしに丁度良いと放置されてしまったのだ。
これが自らの国の衰退への始まりだと、座する者として気付けもしないままに……
__________
『コヒナタが匠として工房を与えられて数ヶ月が経った』
「ワーグル様、今更ですが本当に王様から私に師事する様に仰せつかったのですか?」
「当然なんだな! 国中の話題になっている『神剣を生み出す者』に弟子入りする事は、鍛治師を目指す者として憧れなんだな〜!」
「うふふっ! 大袈裟に褒め過ぎですよ」
「コヒナタさんが謙遜し過ぎなんだな!」
工房に備え付けられたソファーに腰掛けながら、私は第二王子のワーグル様とティータイムを楽しんでいました。
城から持ってきてくれた嗜好品は、見た事や食べた事がない物ばかりです。
「私なんて、ゼン様がいなければ何も出来ないんですけどね」
「鍛治神に選ばれた事こそが、このゼンガにとっては誇れる栄誉なんだな!」
踏ん反り返りつつ威張った王子の言っている事は本当らしい。私は現王パノ様に呼ばれた際に、警告を受けた。
『其方はこれから我が国の巫女として扱われる立場になる。良からぬ事を企む輩も増えてくるだろう。決して警戒を怠らぬ様にな』
ーーそれから、私には工房以外の外出には必ず護衛がつく様になった。家に帰る事も許されていない。
「お父さん、ちゃんとご飯食べてるかな……」
「心配なら手紙を送ると良いんだな!」
「良いの⁉︎」
「おわぁっ! ち、近いんだなコヒナタさん!」
「ご、ごめんなさい!」
王子から提案されたのは手紙だった。それならお父さんの安否も分かると私は舞い上がり、思わず身を乗り出して手を握り締める。
気恥ずかしさから互いに赤面して瞬時に離れるが、心臓の高鳴りは中々収まらなかった。
ドワーフにしては珍しい灰色の髪の隙間から覗く瞳が、照れ臭そうに垂れているのを見て、私はこの王子に惹かれているのだと幼心にして理解したのだ。
ーー王子に対して叶う筈も無い、淡く儚い恋をした。
__________
「ゼン様、今日は一体何を作るのですか?」
『うぬ、オリハルクの加工法を教えよう。丁度槍の製作依頼が来ておったじゃろう?』
「そういえばやたらと注文の多い依頼がありましたね。こんな特殊な槍を、一体どんな人が使うのでしょうか?」
『そんな事は知らずとも良い。生み出した作品がどの様な評価を受けるかは、使い手の技量と心にある』
コヒナタは俯くと、逡巡しながら神に問うた。
「その心が、邪な者に渡ったらどうするのですか?」
『それすらその武器の運命じゃ。人を殺す武器に、善し悪しは無い』
「……私は自分の武器を、悪用して欲しくはありません」
『コヒナタがその想いを忘れぬ限り、大丈夫じゃよ』
この時ゼンは敢えて告げなかったが、コヒナタが生み出した神気を宿した武器には邪な心を宿した者が触れれば、即座に燃え盛り拒絶の意図を示す様に細工を施していたのだ。
ーーこの神が愛しい子を思う気持ちが、仇となる事件が起こる。
__________
『二年後』
「パノ王が病により逝去なされた! 時期王の選定戦が始まるぞ!」
「第一王子のラーナス様と、第二王子のワーグル様か……」
「二人共気性の穏やかな王子だ。正直諍いを起こさずに『継承の儀』へ臨んで欲しいな」
「パノ王の遺言の内容次第だろう」
国中の噂は、時期王の選定戦の内容で持ちきりだった。
ーードワーフの国ゼンガは、王が次の王を決める際に候補が多数いた場合、遺言へ時期王を決める選定戦の内容を記すのがしきたりとなっている。
そして、今回パノ王が逝去する際に、息子である王子達に課したのはーー
『己が打った剣にて戦い、見事勝利を手中に収めた者を時期王とする!』
ーー歴代の王選定戦を鑑みても、かつて無いほどに苛酷な内容だったのだ。
当然巫女としてその話を耳にしたコヒナタは青褪めた。
何とか力になれないかと考えつつも、条件の中には『己が打った剣』との記載がある以上、自分に出来るのはこの二年で腕を磨き上げた弟子であるワーグルを信じるのみだと決意する。
だが、そんな少女の決意を容易く打ち砕く提案がなされた。
「コヒナタ、僕は王になって君を妃に迎えたいと思ってるんだな! だから選定戦で兄に勝てる武器を作って欲しい!」
王の遺言を聞いた後、ワーグルが導き出した答えは鍛治の師であり、恋仲にある女性に『神剣』を作らせ、戦闘を優位にしようと浅はかな策を巡らせる事だった。
「でも……それではしきたりに背く事になります……」
「構わないんだな! もう死んだ王の遺言なんて守るだけ無駄なんだな!」
「……貴方は自分の打った剣を信じられないの? この数年夢中で鎚を振るった己の努力を信じられないの?」
師匠の真摯な瞳に見つめられ、一瞬だけワーグルの顔が邪に歪む。
ーーそれをコヒナタでは無く、鍛治神は見逃さなかった。
『先日打った神剣の一振りがあったじゃろう? あれを仕上げて小僧に渡してやれ』
「で、でもゼン様!」
『言う通りにするのじゃ!』
「……はい」
ワーグルには神との会話の内容は分からなかったが、己の希望通りに事が進むと推測して、喜びから口元を吊り上げた。
「ありがとうコヒナタ。僕は必ずお前を幸せにすると誓うんだな!」
「…………」
ドワーフの巫女は返事をせぬままに、神の指示と愛しい人の変貌に困惑していた。つい先日までの穏やかな日々が、突然崩れ去る音を聞いたのだ。
ーーだが、これすら序章に過ぎない事を未だ純粋無垢な天才は知らずにいる。
本当に全てが崩れ去る瞬間は刻一刻と迫っていた。
その始まりは第二王子ワーグルでも鍛治神ゼンでも無く、ーー『鍛治神ゼンの左腕』のリミットスキルを手に入れたドワーフの『神官』、ネイスットとの邂逅から始まったのだ……
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