第221話 求めた力、向き合う覚悟 後編
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ〜!」
「どうした? 便所にでも行きたいのか?」
「違うわハゲが! 俺のリミットスキルの核に応える様に念じてるんだけど、一向に返事が無いんだよ」
「念じれば会話出来るなんて便利なもんだな〜!」
「…………ッ!」
ドルビーの何気ない一言で冷静になったレイアは、過去の事を思い出していた。
(そう言えば、ちゃんとあのおっさんと会ったのは、『セーブセーフ』発動中に死んだ時だけだな)
マイリティスの事件の時は、神界を通じて女神から情報を貰っただけで邂逅は果たしていない。
天使とは違い『封印の間』に行った事も無いレイアは、自分の置かれた状況を正確に理解していなかったのだ。
ナナと同じく、いざとなれば勝手に交信出来ると思い込んでいた。
「拙いなぁ。『闇夜一世』以外に今の俺に戦える術なんて無いのに、どうやって連絡をとればいいかわからん」
両腕を組んで唸る姿を見て、ドワーフ達は不思議に思い問い掛ける。
「なぁ、一体どうしたんだ? 腹が痛いのか?」
「だから便所じゃねぇって言ってるだろうが! ちょっと黙っててくれ」
心配したというのに怒声を張り上げられて怯むが、恐る恐るドルビーは提案した。
「何を考えてるかは知らんが、まずは俺達のアジトに行かないか? また魔獣に襲われても厄介だしな。あとこれを渡しておくぞ」
「ん? 何だこの紙?」
「今のお前さんのステータスだ。俺達は殆どの者が『鑑定』や『真贋』のスキルを有しているからな。念の為に確認しておいた方がいい」
「それはありがたいね。正直ナナが居ないから、確認のしようが無くて困ってたんだよ。どれどれ……」
__________
【名前】
紅姫 レイア
【年齢】
21歳
【職業】
女神
【レベル】
248
【ステータス】
HP 65
MP 74
力 22
体力 11
知力 18
精神力 8
器用さ 13
運 90/100
残りSTポイント0
【スキル】
無し
【リミットスキル】
闇夜一世
【魔法】
無し
【称号補正】
無し
【装備】
「真紅のワンピース」 ランクD
「深淵の女王のネックレス」ランクB 状態変化無効
「生命の指輪」 ランクS HP自動回復
「生命神のブレスレット」 使用不可
「輝彩石の指輪」 ランクSS 効果 近くに装着者がいる場合、人数×ステータス1.1倍
__________
「グフゥッ!」
冗談では無く、レイアは現在のステータスを見た直後に吐血した。
「ど、どうした⁉︎」
慌てて駆け寄るドルビーが目にしたものは、地面に蹲り、打ち拉がれて金色の双眸から滝の様に涙を流して号泣する銀髪美姫の姿だ。
「ざ、雑魚とかそういうレベルじゃない……レベル248でこの世界に飛ばされたステータスより低い状況って何だよ……これは堪えるな」
「お前さん、実は凄えんだぞ! あの神官の封印を受けた者は、決まってステータスが1になるんだぜ? だが、村人並みのステータスは残ってるじゃねぇか!」
レイアを元気づけようと気を遣ったドワーフの宣告が、無邪気な刃となってハートを突き刺した。
「う、嬉しくねぇっての……マジで死ぬ。このステータスは死んじゃうぞ」
何処かしら楽観的に考えていた事実を受け止めて、女神は真剣に考え込む。
(闇夜一世の件はさておき、ボディーガードが必要だ。こいつらレジスタンスは役に立たないとさっきの戦闘で分かった。多分、今の俺じゃ双剣も大剣も持てない)
「ドルビー、この国の冒険者ギルド支部は何処にある?」
「それこそゼンガの城下町にしか無いぞ。ドワーフは基本的に戦闘はせんからな。他国から武器や防具を求めて来た冒険者達が集まっとるわ」
「決まりだな。まずはそこへ向かおう!」
「……無理だ」
レイアの張り切った決意を遮る様に、ドルビーは重々しく言葉を紡いだ。
「冒険者ギルドに何か問題があるのか?」
「あぁ、ギルド自体は正常に機能しているが、問題はギルマスだ。奴は昔から現王の傀儡でな。正直此度のコヒナタ様の誘拐や、お前さんの封印にも一枚噛んでるぞ」
「……それは確かに厄介だね」
「ギルドを通せば、確実に王や神官に居場所がバレる。何よりあちら側はお前さんが死んでいると思っている筈だ。その利を失うぞ?」
リーダーの言う事は正論だと、リベルアのメンバーは同意して頷いている。
レイアはギルドを通して『紅姫』の仲間達を呼ぶ自分の計画が破綻して、内心焦っていた。
「他に何か手はないか……」
「それよりも、お前さんは女神だろう? 『真女神教』に匿って貰う方が確実かもしれんがな」
「ーーーーッ⁉︎」
ボソッと発せられたドルビーの呟きに、女神はワンピースの裾を掴みつつ、驚愕から目を見開いた。
「何を驚いてるんだ? 俺達の国にも支部はあるぜ?」
「それだ! 走れ野郎ども!」
ーーまるでリーダーのお株を奪うかの様に号令を発して、レイアは禿げたジジイの背に飛び乗る。
「おぉっ? 何だよ名案でも見つかったのか?」
「良いから走れジジイ! 多分、真女神教の支部とやらには奴等がいる!」
「よく分からんが、便所には行かなくて平気か?」
「良い加減そのネタから離れろ! どれだけ俺をトイレに行かせたいんだお前は⁉︎」
ポカポカと禿頭を叩きながら、リベルアのメンバーは走り出した。
目的地はコヒナタが囚われているであろう、ドワーフの国ゼンガの城。ーーそして、城下町にある真女神の支部だ。
「待ってろよ! コヒナタ!」
「ふへ〜! 老体にはこのマラソンは堪えるぜ〜!」
「じゃあ、馬車くらい用意しとけ馬鹿が!」
「イテッ! お前さん殴るのに石を使うのはマジでやめろ! 悪魔かこの野郎!」
「ほらそこ! 走るのが遅い!」
「「「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」」」
ーー手を抜くと容赦なく軍曹から拳大の石を投擲される、望まぬ訓練が始まっていた……
__________
『ドワーフの国ゼンガの城下町、真女神教ゼンガ支部にて』
「はあぁぁぁ〜っ! 今日も美しい! レイアちゃん人形No.43は最高だわ!」
「その通りです姉さん! もうじきガジー支部長も、新しい支部創設の手伝いに来てくれると連絡がありましたぜ!」
「よりにもよってガジーかぁ……あいつ腑抜けたからなぁ……筋肉も衰えてるし……」
「ちょっと待ったぁぁっ!」
「ーーーーッ⁉︎」
礼拝堂に飾られた自らの所有物である、『レイアちゃん人形』に祈りを捧げていたマッスルインパクトの副団長と団員達は、突然開かれた扉から現れた男に視線を集中させた。
「丁度あんたの噂をしてたのよ……ってあら? いい筋肉してるじゃない!」
「フッフッフッ! 好きな子にフラれてから無心に鍛え続けたこの筋肉! ソフィアを抜かして副団長に返り咲く日も近いぜ!」
「あんた……またフラれたのね。でも、その筋肉は素敵よ! 一緒にゼンガ支部設立の為に頑張りましょう!」
「あぁ、力仕事なら任せろ!」
上腕二頭筋を隆起させながら吠える男を見て、ソフィアは目をウットリとさせた。
マッスルインパクトに所属する内に、『漢の格好良さ=筋肉の美しさ』と脳内で変換させられる程に男を観る目が毒されていたのだ。
「やるじゃないの。思わず涎が垂れそうになったわよ」
「ふふんっ。嘗てお前と大ゲンカした時の俺とは違うのさ!」
一時期恋仲となった二人の関係に亀裂が入ったのは、ガジーが彼女が出来た幸福から暴飲暴食を繰り返して、腹筋が割れなくなった事にあった。
互いを認め合う様にマッスルポーズを取りつつ、見つめ合う二人を見て団員達の興奮は加速する。
「これはもうやるしかないんじゃないっすか!」
「あぁ、マッスルパワーの開催だ!」
「急げ野郎ども、準備しろい!」
「酒もたんまり用意しろ〜!」
「宴じゃ宴じゃ〜!」
バタバタと慌てて酒やツマミを用意しに走る団員達を見て、ソフィアとガジーは闘志を燃え滾らせていた。
「あんたと勝負するのも久しぶりねぇ」
「ははっ! 俺達マッスルインパクトがまだ小さい集団だった頃はな、全ての揉め事はマッスルパワーで解決してたのさ。正直懐かしいぜ!」
「知ってるわよ。私も入団当初は散々苦渋を舐めさせられたしね……だから今の私がいる!」
「手加減しねぇぞ?」
「勿論よ。はたしてそんな余裕があるのかしら?」
火花を散らしながら見つめ合う両者の元へ、準備が整った団員から琥珀酒が並々と注がれた器が手渡された。
「野郎ども! マッスルパワーの開催だ! 軍曹に敬礼の後、乾杯!」
「「「「「イエッサー!!」」」」」
皆は精錬された敬礼をレイアちゃん人形に向ける。その後、器を鳴らし合い宴が開始された。
「それでは、これより副団長ソフィアVS元副団長ガジーのマッスルパワーを開始するぞ!」
「ポキッポキ……」
「ベキッバキバキ……」
関節の骨を鳴らしながら、金属棒に手を掛けた。両端の穴にグラビ鉱石が嵌め込まれ、計六十キロの重さから勝負は開始される。
「「ふんぬぅぅぅぅぅっ!!」」
二人は己の頭上に手を伸ばし、バーベルを掲げた。ここから頼れるのは筋肉のみだと全力で力を込めていたその時ーー
「お〜! 頑張れ二人共〜!」
ーー聞き慣れた声が耳元に届き、まさかと視線を向けた先には団員達と酒を酌み交わすレイアの姿があった。
「「ふぁッ⁉︎」」
集中を乱した瞬間に、バーベル重さが八十キロ近くまで上がったグラビ鉱石が足の甲へと落ちる。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ〜〜っ!」
「いやあああああああああああああああああああああああ〜〜っ!」
激痛から地面をゴロゴロと転がるガジーとソフィアを見つめながら、レイアは痛そうだと目を伏せた。
今の自分を守るボディーガード、その任務を与える為に内密に訪れた先で、戦闘を始める前から貴重な戦力を失いかけた瞬間だった……
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