第222話 『鉄と鎚』 1

 

 私がもしも人生をやり直せるとしたら、何処からやり直す事を選ぶだろう。


 ーー初めて父親から鎚の振るい方を習った、幼き日だろうか。

 ーー初めて人を好きになり、この身の愚かさから狂わせてしまったあの時だろうか。

 ーー初めて人を愛して、この身と心全てを捧げたいと願ったあの夜だろうか。


 自問自答を繰り返しても、答えは既に決まっている。

 やり直す事を考える必要なんて無いのだ。


 ーー愛しいあの人の為に。


 __________


「私は、レイア様と出会えなくなる人生を選ぶくらいならば……死ぬ!」

「……まだ言うかな。強情な性格は幼い頃から変わらないな〜?」

「ねぇ、ワーグル? 貴方はこの数十年をきっと無為に過ごしてきたのね。かつて私を封印した時と、何も変わっていないもの」

「そんな事は無いかな。今の僕には君に子を宿させるという目的があるしな。そして、その為の力も既にネイスットのお陰で手に入れたしな〜!」

 コヒナタは眼前の自分と同じく小柄な少年の姿をした、白髪の王を睨みつけた。


「……女を手に入れるために、いちいちステータスとスキルに封印を施さなければ動けない軟弱男が、一体どんな力を手に入れたと言うの?」

 身体に封印をなされただけでは済まされず、逃走防止用に幾重にも結界が重なった『罪人の間』の中央に、コヒナタは吊り下げられていた。


「くふふっ! 知りたいかな? 知りたいのかな〜?」

「…………」

「君の驚く顔が見たくて、この時を楽しみにしてたんだな!」

「ーーーーど、どうしてっ⁉︎」

 ドワーフの王ワーグルは右下部に置かれたハードケースから、コヒナタの愛武器『ザッハールグ』に瓜二つな白い砲身の武器を取り出し、左腕に装着した。


「これは『レーゼンセルン』って言うんだな。さて、ここで問題なんだな」

「…………」

「君の創り上げたザッハールグの構造に詳しい存在とは、誰か分かるかな〜?」

「……まさか……」

「あはっ! その顔は思い浮かべたな? じゃあ答えは『正解』とだけ言っておくんだな〜! 正体を見る? しょうがないから見せてあげるんだな〜!」

「……なんて事を」

 ワナワナと震え上がるコヒナタの眼前に曝け出されたのは、ワーグルの胸元に同化した特殊な鉱石に封じられて、神気だけを搾取され続ける『鍛治神ゼン』の神体だった。


「あははっ! あははははははははははっはははっははははっっはっははっは〜〜! コヒナタが悪いんだな〜〜! 僕に黙って結婚したなんて、認める訳が無いんだな〜!」

 血涙を流しながら、まるで言動と行動が噛み合っていない狂った王は、只管に笑い続けていた。

(あぁ……お願いします。『紅姫』のみんな……私はどうなってもいいから……レイア様を助けて。私が狂わせてしまったこの人を止めて……)


 コヒナタは涙を流しながら切に願った。

 ーー己の命よりも大切な存在の救済を。

 ーー過去の過ちの清算を。


 全ては六十年以上前の『とある事件』から始まったのだ。


「なんであの時、僕を裏切ったのか聞きたかったんだな」

「私が愚かだった……裏切ったのは貴方だったけれど」


 __________


『時は遡る』


「ねぇ、お父様? 私も鍛治師になる!」

「お、おぉ〜! コヒナタも十二歳にして、遂に燃える炉の魅力に気づく年頃になったか!」

「だってお父様は鍛治をしている時以外、酒を飲んでばかりなんですもの!」

「うぐぅっ! お前はだんだん死んだ母さんと同じ事を言う様になってきたな……その内ママと同じくキレたら酒瓶を持って頭をカチ割られそうでパパ怖い……」


「準備はいつでも出来てますよ?」

「やめてくれ、パパ死んじゃう……」

 キラリと輝く琥珀酒の空き瓶を握り、お父様に軽く冗談を言ったつもりが、想像以上の効果があったみたい。

 工房に戻り、一心不乱に鍛治をするお父様の背中はやっぱり格好良いと思うのです。


 幼い日に亡くなったお母様の遺言は、『お父さんをしっかり働かせる様に』でした。

 手紙の下部に小さく私の事も書いてありましたが、『心配してない』その一言だけで私は充分だと胸を張って生きていけます。


 ーーそして、来月には鍛治師見習いになる為の試験が迫っていた。


 合格したドワーフは、皆振り分けられた匠の工房の見習いとして働くのです。

 クビは当たり前、『根性』ーーその一点のみを認められた者だけが合格した後、正式に採用されると聞きました。

 お父様は自分の工房で直接私を育て上げると意気込んでいましたが、真っ平御免です。

(私相手じゃ厳しい事を言えなくなるに決まってるもの)

 ダメな父親ですが私は大好きです。だから敢えて違う工房に行かせてくれる様に試験官に頼み込んだのだ。


 __________


『試験当日の夜』


「それではコヒナタよ、この夜が明けるまでの刻限で、一振りの長剣を作成して見せよ!」

「はいっ!」

 私は一心不乱に鎚を振るい、お父様の背中を思い浮かべながら課題の剣を作るために集中していた。


『力を込め過ぎじゃ……もう少し鉄の音を聞け。我等は痛める存在では無く、研ぎ上げる存在で無くてはならん』

「はいっ!」

『良い音じゃ。良き師に恵まれたのじゃな……』

「お父様は私にとって最高の鍛治師ですよ! 普段はロクデナシですけどね!」

『ふむ。お主はその父を超えたくは無いか?』

「……いつかは超えます! でも、今じゃ無い!」

 汗を散らしつつ鎚を振るいながら、正直己の幻聴だと思っていたコヒナタは、素直に胸の内を明かしていた。


『全てにおいて条件を満たしておるな。そして、母方の血であろうがマールの血脈まで宿しておるか』

 突然コヒナタの身体に淡い光が宿り、ステータスが跳ね上がったかの様に力が満ち溢れた。

「な、何なのこれ⁉︎ 凄い……炎の喜ぶ声が聞こえる。鉄が自分をどうして欲しいか訴えているみたい!」

『それが巫女であるお主の本来の力じゃ。自己紹介が遅れたな? 儂は『鍛治神』ゼン。この国を守護する神じゃよ』


 ーーコヒナタは幼い頃、母から眠る前のお伽話で聞かされていた神との邂逅に胸を打ち震わせる。


「私は……最高の鍛治師になれますか⁉︎」

『儂の声が聞こえれるならば、勿論なれる。ゼンお爺ちゃんと呼んで構わんぞ!』

「はい! ゼン様!」

『い、いや、ゼンお爺ちゃんで良いのじゃが……』

「そんな呼び方恐れ多いです! ゼン様!」

『どっちかと言うと呼んで欲しいな〜?』

「絶対に呼びません! 尊敬する神様を身内の様に呼ぶなど断固拒否します!」

『〜〜〜〜っ⁉︎』

 老人の願いは、なまじ偉そうに振舞ってしまった為に叶わぬ夢とかした。


 この時に打たれた一振りの長剣は、ドワーフの国ゼンガの『至宝十選』に新たに選ばれ、コヒナタは新たなリミットスキル『鍛治神ゼンの右腕』を習得する事となる。

 神気を宿した事により、唯の長剣ではなく神剣の類と認められ、国中の職人を震撼させた事件だった。


 その後……匠の弟子ではなく、匠として弟子をとる側に回った少女の運命は、王族の少年と出会った事で歪み始めた。


「初めましてコヒナタさん。僕はワーグルと言うんだな!」

「初めましてワーグル様。幼く未熟な身ではありますが、貴方を立派な鍛治師に出来る様に努力致します!」


 コヒナタに新しく与えられた工房から、二人の物語は始まる。

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