第215話 祝福の宴、狂乱の初夜 前編

 

 結婚式の夜、披露宴の代わりに城を解放して盛大なパーティーが行われた。普段城に入る事すら出来ない民衆も招き入れ、パレードをした通りには出店が立ち並び、国中の人々が女神の結婚を祝福している。


『今日というこの日を、俺と一緒に幸せに過ごして欲しい』

 パレードの最後、『念話』で頭に直接響いた女神の声を聞いて、民衆は歓喜したのだ。捉え方はそれぞれだが、今日という日を記念にする為に、各々が出来ることを考えて行動に起こした。


 ある者は、普段まともな料理を口にする事さえ出来ないスラムの者達に、料理や酒を振る舞った。

 ある者は、想い人にずっと言えなかったプロポーズをした。

 ある者は、今日は血を見たく無いと部下達に命令して、琥珀酒を片手に空を見上げて飲みふけった。


『女神の祝福』と皆が高々に叫びながら、満面の笑顔で酒と料理に興じる姿。

 大人も子供も関係なく、レグルス中の心が一つになっていた瞬間だった。


 __________


 場内のパーティー会場では、レイアの元へ懐かしい顔触れが続々と訪れていた。昼の式ではまともに話せなかった分、この機会を皆が楽しみにしていたのだ。

 人数の多さから勝手に近づく事は禁止とされ、各々が呼ばれる順番を待ち侘びている。


「モビーさん! 来てくれたんだね。昨日はアズラと一緒に美味しい酒を頂いたよ」

「レイア様もお元気そうで何よりでございます。私のような下々の者までお招き頂き光栄です」

「堅苦しい話し方はしないで? 俺とモビーさんの仲じゃん。ヨナハ村のみんなは元気かい?」

「皆が今日という日を祝福しているよ。ありがとうって伝えて来て欲しいと頼まれたさ。こんな老いぼれが最後に奇跡に立ち会えるとは、長生きはするもんだねぇ」

 軽く溜息を吐くと、ドレスに身を包んだ銀髪の女神は老婆の前で両手を広げた。


「おいで?」

「えっ?」

 一体なんだと恐る恐る近づくモビーを、突然レイアは抱き締めた。

「最後なんてあまり悲しくなる様な事を言うなよ。メイド服の師匠なんだから、もっと胸を張ってくれ」

「こらっ! 人前で恥ずかしいわい!」

 レイアは慌てふためく老婆からそっと離れ、柔らかい眼差しを向けた。

「苦しくなった時はいいなね。俺が駆けつけるからさ」

「もう十分さぁ。いい土産話が出来たよ。ビナスも幸せになるんだよ?」

「うん。ありがとうね、モビー」

 ビナスは少し照れ臭そうにそっぽを向いた。その姿を横目にモビーは微笑みながら会場へと戻る。


 __________


「レイアさん! 結婚おめでとうございます!」

「おぉ、クラド君! なんかまた逞しくなったみたいだねぇ」

「…………聞きました?」

「ん? 軽くだけど二人から話は聞いてるよ。なんか珍しい食材を見つけたって聞いたけど……」

 直後、ディーナとコヒナタがクラドの姿を確認して駆け寄る。


「主様! 妾達のプレゼントを受け取るのじゃあ!」

「レイア様! 海を越え、山を越え、今日の日の為に用意した至高の料理を是非!」

「本当に越えたり潜ったりしましたからね。僕は深愛のネックレスが無かったら十二回死んでましたよ……」

 レイアはずずいっと顔を近づけてくる竜姫とドワーフの巫女に戸惑いながら、しっかりと確認だけはしておく。


「一応聞いておくけど、料理をしたのはクラド君だよな?」

「…………」

「…………」

「…………」

「おい、なんで黙るんだよ。そこはクラド君一択だろう? まさか愛を込めれば料理も美味しくなるとか言うアリア様理論を信じて、無謀な挑戦とかしてないだろうな?」

 ーー驚きの表情のまま睨み付ける女神に対して、二人はダラダラと汗を流しながら俯いた。

「黙秘するのじゃ」

「黙秘します」

「言ってましたし、挑戦しましたよ」

 クラドは素直に白状したつもりだったが、それは二人からすれば予想外の裏切り。怒りのオーラが巻き起こる。


「「グヌヌヌヌヌヌッ! 裏切り者め!」」

「グッジョブだクラド君。その料理は食わん。クラド君の作った料理だけ食べる。結婚式で倒れたくは無い!」

「酷いのじゃ主様〜!」

「そうですよ! ちょっと見た目が黒いだけなんです!」

 抗議するディーナとコヒナタへ、レイアは的確な反論をした。

「じゃあ、その料理を君達がまず食べてみようか? その後なら俺も食べよう!」

「「ーーーーーーッ⁉︎」」

 二人は驚愕から後退り、何事も無かったかのように口笛を吹きながら己の席へと戻っていった。


「ふう……危なかった。ところでクラド君?」

「はい!」

「君の事だからこうなる事も予想していた上で、既に料理はすり替えてあるんだろう?」

「勿論ですよ。二人には申し訳無いですけど、料理は僕の役目ですからね。でも、この食材集めの為に頑張った事だけはしっかり評価してあげて下さいね?」

『悟り』の能力を共有している二人には、余計な会話はいらない。ただ、しっかりとディーナとコヒナタの願いの為に、フォローを入れる少年の優しさが嬉しかった。


「本当に君は良い子だ。ありがとう」

「お礼はまだ早いですよ? お姉ちゃん!」

 クラドが合図すると、懐かしいメイド服に身を包んだメムルが、料理をトレイに乗せて歩いて来た。

「その格好は懐かしいね。趣向を凝らしてくれたのかい?」

「ご主人様の祝いの日ですからね。ビナス様、睨まないで下さい」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬっ! 泥棒メイド再び!」

 レイアは席に座したまま、恨めしい視線を向けるビナスを手で制して話を続ける。


「今日は来てくれてありがとう。メムルの元気そうな姿が見れて嬉しい」

「本当は私もそちら側に居たかったって言ったら、どうします?」

「ふふっ。もう分かってるんだろう? 俺の側にいるのは愛じゃなくて依存だ」

「あらっ。意地悪なご主人様ですこと」

「お姉ちゃん、料理が冷めちゃうよ!」

 眼前に置かれた皿の蓋が開かれた直後、女神は驚きから立ち上がった。そこには確かに『寿司』と『茶碗蒸し』があったのだ。


「う、うそだろ〜?」

「いえ……僕はこの料理を作る為にSランクダンジョンに連れていかれたり、海底まで潜って鼓膜が破れたりしましたから……」

「く、苦労したんだな」

「苦労ではありません、死にかけました」

 遠い目をして一筋の涙を流す少年を横目に、メムルが醤油に似た自家製のサリームを皿によそる。


「どうぞ、寿司は鮮度が命だと聞きましたので、先程調理したばかりです。茶碗蒸しにはダンジョンで偶然見つけたキノコが入ってます。多分、レイアさんが以前仰っていたあの食材に近いと思うのですが……」

「……いただきます」


 サシの入った赤身の寿司を口に含んだ瞬間、ハッキリと理解した。ーーマグロだ。醤油も以前食べたものより遥かに味が濃く、リクエスト通りに仕上がっている。

 何より驚いたのは酢飯だ。一体何故だと顔を上げると、クラドが自信ありげに解説した。

「ピステアは冒険者の街です。だからこそ酒造りの匠が多いんですよ。以前言われた発酵というのはどういうものかと自分なりに勉強して、スキルも使って理解しました」

「何言ってるか意味わからんが……て、天才か君は……」

「……貴女も『悟り』を持ってるでしょうが……」


 レイアは続いて茶碗蒸しを口に含んだ。プルプルとした食感の中に感じる和。そして松茸の芳醇な香り。出汁は海鮮でとってあり、海と山をこの小さな器の中に閉じ込めた様な一品。

 ーーそれにどこか甘みを感じる。

「砂糖の甘さとは何処か違う。もしかしてみりん?」

「えぇ、酢の行程で作りました。濃度を高める為に本直しにしてあります」

「…………」

「えっと……美味しくないですか?」

 少年の自信ありげな態度とは裏腹に、足が震えているのが分かる。それ程に何度も試作して、異世界の料理をレイアの『こんな感じ』という曖昧な話から作り上げたのだ。

 その研鑽に何十時間を費やしたか分からない程に……


「美味しいよ……ありがとう」

 女神は少年の思いをしっかりと受け止めて、味わいながら料理を口に含んだ。手を繋ぐクラドとメムルの姿を見て、より一層感感慨に耽る。

 ふと真横を見ると、ダラダラと涎を垂らしているディーナとコヒナタの姿が目に映り、手招きした。

「おいで? 二人の分もあるんでしょ?」

「勿論ですよ。レイアさんに振る舞う分が無くなったら困りますからね。まだまだ沢山用意してます。会場の皆さんにもどうぞ!」


「あははっ! 流石は異世界食堂の看板料理人だ!」

「ありがとうございます!」

「それでは、準備に取り掛かりますので失礼しますね。また食堂にいらして下さい。ご主人様」

「またね、メムル!」


 二人は満面の笑顔でお辞儀をすると、賓客に振る舞う料理の為にその場を去った。


 ___________


「軍曹に敬礼!」

「「「「「イエッサー!」」」」」

「うむ。愛する馬鹿野郎どもの顔が見れて、俺も嬉しいぞ!」

「はっ! 先日は鉱山の一件でお手を煩わせてしまい、申し訳ありません!」

「気にするな。部下を救うのも俺の仕事の一つだ」

 突然雰囲気が体育会系に変わり、マッスルインパクトの筋肉達が勢揃いした。既にその瞳には涙が滝の様に流れている。


「我々、マッスルインパクトが今日この日の為に軍曹へ用意したこの品を、是非贈らせて下さい!」

「おう! お前達の祝いの品なら、俺は何だって嬉しいぞこの野郎!」

 キンバリーを筆頭に、懐かしい幹部の面々が立ち並んで敬礼する。軍曹もそれに応えて立ち上がった。だがーー

「見て下さい軍曹! 天才人形師ミナリスが生み出した神の至宝! レイアちゃん人形No.100ウエディングドレスバージョンであります!」

「…………」

 ーー誇らしく胸を張る団員達を見て、絶句する。


「どうぞ! この為に我等は血の滲むような想いで魔獣と戦い、穴を掘り続けたのです! サー!」

「…………」

 そんな中、一人の男だけが主の想いを察して猛烈に焦っていた。

(拙い! このままではレイアちゃん人形が破壊されかねないぞ〜! それにしてもミナリス……相変わらずいい仕事をする……)

 アズラは何とか人形を死守しようと懸命に頭を働かせるが、杞憂に終わった。


「ありがとう。お前らがそこまで俺を想っていてくれているとは思わなかった。感謝する!」

「勿体無きお言葉であります! サー!」

「また暇を見つけて訓練を施してやろう。鍛錬をサボるなと団員達には伝えておいてくれ。だが今日は宴だ。思う存分酒を飲んで、潰れろ馬鹿野郎ども!」


「「「「「イエッサー!!!!」」」」」


 寸分違わない敬礼をした後、マッスルインパクトは会場へ飛び出した。その光景を見つめながら、アズラは安堵する。

 人形は無事に受け取られた。遠目からその光景を見つめていたミナリスの瞳にも、薄っすら透明な雫が浮かんでいる。だがーー

「イザヨイ〜! こっちにおいで〜?」

「はいですの〜!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」

 ーー思わぬ一言から事態は悪化した。破壊の悪魔が招集されたのだ。


 元々ミナリスが作品を手放したのは、イザヨイに破壊されるくらいならばと苦肉の策だった。しかし、外の世界を巡り、獣人の幼女の元へ作品は辿り着く。

「これで遊んで良いからね〜! 粉々に破壊してもパパは怒らないぞ〜?」

「わああああいっ! パパ大好き〜!」

「よしよし、ロストスフィアの使用も許可する!」

「イエッサーですの〜!」


 無邪気にレイアちゃん人形を振り回すイザヨイの姿を見て、ミナリスとアズラだけが慌てふためいていた。

((何としても死守せねばぁ〜〜!))

 アズラは席を立ち、ミナリスは調理場へと走る。


「イザヨイ〜? そのお人形なんだけど、俺に貸してくれないかな〜?」

「えー! パパがくれたから嫌ですの〜! アズラはカムイに似た匂いがしてるから、きっとお馬鹿さんだからダメ〜!」

「ぐぬぬっ!」

「こらこらアズラよ。私に秘策があります。イザヨイ様、このかぶり付きたくなる様な骨つき肉が食べたくはありませんか?」

 直接交渉した馬鹿は一蹴され、ミナリスは調理場から特大の骨つき肉を持って来た。幼女の雰囲気が活き活きとし始める。


「食べたいですの〜!」

「じゃあ、手が汚れちゃうとその人形も汚れちゃうから、私が一旦持っていてあげましょう」

「ありがとうですの!」

 イザヨイはレイアちゃん人形No.100をミナリスに手渡し、骨つき肉にかぶりついた。その隙に人形と共に逃走を試みるがーー

 ーーズキュンッ!

 ロストスフィアを一瞬で抜き去り、己の頬を掠めた弾道から足が止まる。まるで、逃げたら殺すと宣告されたかの様な一撃。


「どふぉにいふんでふの〜?」

(どこに行くんですの〜?)

 何故か己の主人と同じ圧倒的なプレッシャーを放つ幼女を前に、レグルスの騎士と参謀は視線を交わせ、頷き合う。

 ーー命を賭ける決意が固まったのだ。


 ミナリスは全力で疾駆した。アズラが大剣を抜き去り、護衛を兼ねてその背後を追う。

 キョトンとした様子で去って行く気配を辿りながら、幼女は二丁神銃ロストスフィアをホルダーから抜き去った。


「分かったですの! 鬼ごっこがしたいなら言って欲しいですの〜!」

「来るぞ! 全力で走れミナリス!」

「我が友よ! 護衛は頼んだ!」


『十五分後』


「「うああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜!」」

「イザヨイの勝ちですの〜〜!」


 城内に、幼女に焼き尽くされた男達の泣哭と嘆きが響き渡った瞬間だった……

 その手には、丸焦げになった一つの人形だけが崩れ落ちていたのだ……


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