第213話 結婚式前夜 〜その後〜
「ん〜いい朝だ!」
目を覚ますと、隣にはチビリーが寄り添い、俺はシルバの尻尾の毛に包まれていた。昨日アズラと別れた後、上機嫌のままペット達の顔を眺めようと向かったんだがーー
「ご主人、いよいよ明日結婚式しちゃうっすねぇ〜」
『あぁ、寂しくなるものだ』
ーー星空を眺めながら、黄昏ている二匹を見て首を傾げた。
「んっ? あいつら何言ってんだ?」
こっそりと『霞』を発動させ、更に『分身』も追加して、本体は離れた場所にいたまま聞き耳を立てた。
「やっぱり自分達はお役御免っすかね〜? 最近めっきり構ってくれないですし……」
『主の幸せを願うのもペットの役目だろう? 私達が寂しいなんて我儘は言えんよ』
「イザヨイちゃんも最近ちょっと寂しがってたっすよ〜」
『結婚式が終われば、主も時間を取れるさ。それまでは私達が遊んであげればいい』
「〜〜〜〜っ⁉︎」
(そう言えば最近結婚式の事や、異世界グッズの発明ばかりにかまけてた……)
ーードスンッ!!
「ひゃっ⁉︎」
『敵か⁉︎』
瞬時に駆け出してきたシルバを手で制し、俺は再び木に頭を打ち付けた。血すらでやしないし、幹が折れて倒れるだけだったが少し冷静になれる。
「どうしたんすかご主人!」
「勝手に盗み聞きしちまってすまん! 確かにお前達の言う通りだ! ペットに寂しい想いをさせるなんて主人失格だよ」
『主……』
震える俺を慰めるように、銀狼は頭を擦り寄せて来た。チビリーはどうやら飛びついて良いものか悩んでるみたいだ。いつの間にこんな距離感を保たせる様になってしまったのか……
「決めた! 今日はお前達と寝る!」
「えぇっ? 明日は結婚式本番っすよ!」
『その通りだぞ。私達の事は気にするな』
「いんや! 俺がシルバの毛皮で寝て何が悪い? チビリーも一緒に寝るぞ!」
「そ、それはエロい意味っすか⁉︎」
「断じてノーだ! 言っておくが、式前日にそれをしては流石にお互い嫁達に殺されるぞ!」
『人の毛皮で寝るって話をした矢先に、一体何を言いだすのだお前は……』
だが、その言葉を吐ける貴様の勇気に敬意は評そう。こいつもそろそろ良いかな。
「なぁ、チビリー。そろそろペットからメイドに格上げしてやろうか?」
「ま、マジっすか⁉︎」
「あぁ、名前も戻して良いぞ! 人間の生活にカムバックだ!」
「えっ? 名前?」
「…………お前、まさか……」
俺の視線の先には、顎先に人差し指を添えて、キョトンと首を傾げているお姉さんがいた。何でこいつはドMに目覚めてしまったのか不憫でならない。
「あ、あぁっ! 名前っすよね! 名前かぁ〜〜!」
「お前はの名前は確かジェーンだろ?」
「……いんや、自分はもうチビリーっすよ!」
「何でだ? 親に名付けて貰った大切な名前だろうが」
するとその台詞を聞いた途端、何処と無く悲しげな視線を向けられた。
「自分は元々孤児院育ちで親なんか知らないっす。だから、ジェーンっていう名前もどこの誰が付けてくれたのか覚えてないんすよ。だから、自分はチビリーで良いっす!」
「…………」
「あと、さっきのメイドの話も今はまだ断るっす。シルバ師匠の元で修行中の身っすからね」
「そっか。シルバはどう思う?」
柔らかい銀毛を撫でながら問い掛けた。俺は正直チビリーの意見に賛成するのだと考えていたのだがーー
『主よ……騙されてはいかん。奴の本音はもっと下劣なモノだぞ』
「へっ?」
ーー予想に反して否定されて間抜けな声を出してしまう。そして忠告された。
『見ろ、あの恍惚に酔い痴れた表情を……』
シルバと共に再び真っ当な事を言っていたペットへ視線を向けなおすと、そこにはーー
「あぁぁぁぁぁぁ〜っ! ご主人の意見に逆らっちゃったっすよ〜! これは久し振りにお仕置きタイムじゃないっすかね? 何されちゃうんすか! 自分は一体どんな目に〜⁉︎」
ーー身を捩らせるただの変態がいた。
「うん。さっきの一瞬シリアスな雰囲気に感動しかけた気持ちを返せや? 希望通りお仕置きしてやんよ……」
「ひゃああああああ〜〜っ! ご主人が『ゴゴゴ!』ってなってるすっよ〜! 一体自分がどんな目に合ったか、気絶した後の事は後で聞かせて下さいねシルバ師匠ーー!」
『絶対嫌だ……』
ーーその後、俺は『斬滅閃』を応用して、馬鹿な女にくすぐり地獄をお見舞いした。本体はひたすらに電気アンマを無言のままに掛け続ける。
「ンムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
結婚前夜にこんな変態の悲鳴を響かせてはならないと、口元に周りに『空間転移』を発動させて、離れた土地に発せられる様に考慮もした。
暫くすると、ドM女の下半身が痙攣し始めて、己の危機察知能力が警鐘を鳴らす。
(そろそろか……)
瞬時に離れ、同時に『ディヒール』を放って回復魔術をかけてチビリーが気絶する事を防いだ。今夜は一緒に寝るつもりだから、汚したくなかったからだ。
「アヘヘェ〜〜!」
「…………」
『…………』
俺とシルバは心底呆れた視線を向けるが、それでも我が家のペットだ。無碍には出来まい。
「こいつは動けないから、こっちに来てくれ」
『心得た』
シルバが背後に寄り添い、枕がわりになってくれる。尻尾が巻き付くと極上の毛布よりも心地が良い。
「こんなに気持ちが良いなら、偶にはお前と二人で寝るのも良いかな……」
『ふふっ。その時にはそんな風にチビリーも一緒にしてやってくれ。拗ねてしまうからな』
「考慮するよ」
『主……大事な夜にわざわざすまない、ありがとう』
「……いいさ。これからもよろしくな」
この時、本当はアズラと同じ様に告げたい言葉と贈りたい物があったんだけど我慢した。
(今から全員を回ってく訳にもいかないしなぁ)
「おやすみ……シルバ、チビリー」
『おやすみ主』
「エヘッ! エヘヘェ〜!」
最早まともに返事すら出来ない変態は放っておいて、俺達は眠りに就く。
ーー温かい銀毛に包まれながら夜空を見上げて眠るのは、これからもちょくちょくやろうと思う程に気持ち良かったんだ。
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