第212話 結婚式前夜
『王都シュバン城内にて』
レイアは玉座に座りながら、ぼーっと呆けつつ夜空を見上げていた。嫁達はそれぞれ明日の準備に取り掛かっており、今日だけは各々別々に過ごすと決めていたからだ。
「暇だな……」
もう寝てしまおうかと思った直後、謁見の間の扉が開いた。
見下ろす先に立っていたのは、マントを羽織って騎士の正装に身を包んだアズラだ。
「いきなりどうしたんだ? 暇してたから良いけどね」
「おいおい……感慨に浸っているんじゃないかと思って、わざわざ様子を見に来たんだぞ?」
「アズラやミナリス達が頑張ってくれたお陰で、俺が今更慌てたりする事もなく穏やかに過ごせているさ」
「その割には不満そうだなぁ?」
『女神の騎士』のスキルで繋がっていなくとも長い付き合いから、己の主人が纏っている雰囲気で大体何を考えている位は理解出来る。
「ふふっ! やっぱり分かるか?」
「…………」
無言で頷くアズラを見つめながら、女神は照れ臭そうに頬を掻いた。
「……いんだよ」
「えっ?」
「だ〜か〜ら〜! 寂しいんだっつの! 考えてみれば、ナナすらいない時なんか滅多に無いんだからな」
「はははっ! 流石は我が姫だ! やっぱりこれは無駄にならなかったな」
「…………っ!」
アズラは背後から琥珀酒を取り出すと、脇の袋からグラスを二つ取り出して笑った。レイアは呆れた様相だが、我慢出来ずに口元がにやけている。
「お前ね〜? 普通結婚前夜に女に酒を勧める騎士とかいないぞ? むくんだりしたらどうするんだ」
「おやっ? 姫はいつからそんな女性的な事を考える様になったんだ?」
騎士から挑発的な物言いを受けて、怒るどころか女神は満面の笑顔を浮かべた。玉座のすぐ隣に『久遠』で作り出した透明なテーブルと椅子を用意して、手招きする。
ーー素直に心遣いが嬉しかったのだ。意識してはいないが、アズラに対してだけは常に格好付けもせず、ありのままの自分を晒け出せる。
ーー騎士はグラスに琥珀酒を注ぐと、椅子に腰掛けて乾杯した。
「レイアの幸福な人生の門出を祝って!」
「ありがとう……乾杯!」
女神は一杯目の酒を一気に飲み干すと、目を見開いて驚いた。嘗て飲んだ事のある覚えのある酒だ。
「これ……もしかしてヨナハ村のモビーさんの酒か?」
「おっ! よく気付いたな。今回の祝いの品から頂戴してきた!」
「おいおい! そりゃあ駄目だろ!」
「いいんじゃ無いか? 本人には明日会えるんだし、女神の結婚前夜を彩る酒に、自分の酒が選ばれたなんて逆に嬉しい筈さ」
「モビーさんならそうかも知れないなぁ」
旅の思い出に浸りながら、感傷に浸っている主人を見て、アズラは本題に入った。
「姫よ……今日は言っておきたい事があってここに来た」
「あぁ、大体分かってるけどね」
ーー女神の眼前に跪き、騎士は真摯な姿勢のまま鋭い眼光を向ける。
「これで終わりじゃ無いんだぞ。『紅姫』として片付けなければならない問題は山程残っている」
「…………」
「どうか幸福に身を寄せても、その事を忘れないで頂きたい」
「はぁ〜〜〜〜〜〜っ」
「えっ?」
レイア盛大に溜息を吐いた。殴られるの覚悟の上での忠言したアズラは、思っていた反応と違って目を丸くする。
「俺はやっぱり幸せ者だなぁ。明日って決めていたけど、ーーもういいか」
立ち上がると、『久遠』から『空間転移』を発動させて亀裂に腕を突っ込んだ。その手の先には小さな小箱が握られている。
開いたその中から取り出したのは、先に小さな宝石がついた透明なネックレスだ。
「アズラ、お前にはお前の人生がある。でもな、俺にはどうしてもお前が側にいない人生が想像出来ないんだ。俺は精神が男だから、他のみんなの様に肉体的に愛してやる事は出来ないけど……」
「…………」
無言のままの騎士に、美姫は銀髪をクルクルと指で巻きながら、頬を染めて微笑みを向けた。
「家族にならないか? パーティーじゃなくて家族として『紅姫』の姓を名乗ってくれないかな?」
「い、良いのか? こ、こんな俺で……」
「お前だから良いのさ。誓いは変わっていないだろう?」
思い出されるは、ビッポ村での誓いの記憶。
__________
「どうした? 表情に余裕が無いぞ? 何かあったのか?」
「と、突然こんな事を言うのは驚かせるかもしれないけれど……アズラ、あなたの全てを俺に捧げて欲しい」
「それはもしかして、俺に忠誠を誓わせると言う事か?」
「…………」
「今までの関係性を崩すぞ? 例えレイアが望まなくなっても、俺はお前に仕え、生涯守り続けると誓わねばならない。お前は王じゃ無いんだ。個人に仕えるというのは、一生を約束した主従になるのと同意なんだぞ?」
「分かってるよ! 俺じゃ不服だって事も!」
「後悔すんなよ……」
「我が騎士アズラよ。血の契約をもって汝、我を守り、我に尽し、己が生涯支え抜く事を此処に誓え。依存なくば、忠誠の口づけを!」
「我が女神に忠誠を誓う!」
__________
懐かしい思い出に浸るどころか、アズラは大爆笑した。レイアはそうなるのが分かっていたから照れていたのだ。己の願いをこの騎士が断る訳が無いと確信していた。
「ははははははははっ! 家族……騎士の次は家族かよ!」
「う、うるさい! こっちは恥ずかしてくて顔から火が出そうなんだぞ!」
「んっ! それをくれ」
「ほらよ! 受け取れ馬鹿野郎!」
「違う。ーー着けてくれ。レイアの手で直接頼む」
「はぁ〜〜? お前更に俺を辱める気かぁ?」
「違う……大事な事だ。ーー頼む」
先程までとうって変わって和らげな瞳をしながら頭を下げる男は、最早顔を上げられずにいた。今すぐにでも、堪え切れずに大泣きしたい程に感動している。
「お前も相当恥ずかしい奴だよな」
「姫にだけは言われたく無い……」
改めて背後に回り込むと、ニルアーデに輝彩石の欠片から指輪と別で造って貰ったネックレスを着けた。
「多分、お前ならその色になると思ってたよ」
「色が……紅色に変わる……」
アズラの胸元で輝彩石が光り輝き、真っ赤なガーネットに変化した。
「俺が指輪をつけるのは明日だが、多分お前と同じ色になる。お揃いで良かったな?」
ニカッと笑う女神を見て、堪え切れずにアズラは無意識の内に抱き締めた。
その力強い抱擁を受けて、何時もなら殴り飛ばす所だが我慢する。肩口に滴る涙を見て思い止まったのだ。
(今日位は許してやるかぁ……家族だしなぁ……)
こうして女神の結婚前夜は更けていくのだが、一つだけ間違いを犯している事に気付いていない。
ーーギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリィッ!
魔術で日課となっている本日の『アズラ観察』をしていた婚約者に、その一連の光景はバッチリ見られてしまっていたのだ。
そのままキルハは城を飛び出して、シュバンのアイテム屋へ呪いの道具を作製する素材を買いに走った。
後日、その脅威は降り掛かる事となる……
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