第206話 クラドの苦悩の日々 7

 

 ディーナの背中に乗ってピステアを去り暫くした後、あまりにふて腐れた態度を取るクラドを見かねて、コヒナタは身体に巻き付けた鎖を解いた。

 ここまで来れば逃げられないだろうと判断したのだ。


「しょうがありませんねぇ。もう逃げちゃ駄目ですよ?」

「全然しょうがなくないですよ! 本当に困った人達ですね!」

「クラドよ。一体何を怒っておるのじゃ?」

「ーーーーッ⁉︎」

 悪びれなく問い掛けてくる竜姫に、最早説明は無駄だと溜息を吐いて、少年は項垂れる。


「分かりました。僕も男ですし、レイアさんにはケーキ以外でも何かをしたいと考えていました。覚悟を決めます!」

「その件で考えておったのじゃが、カツ丼は普段から主様も食しておるのじゃないかぇ?」

「確かにそう考えるとインパクトに欠ける気がします。クラド君、料理人としての意見はどうですか?」

「ちょっと待って下さいね。正直食材がオーク肉となると……」

 三人はメニューを考え込むが、取り敢えず食材を見てからだと思考を切り替えた。


 __________


 ディーナとコヒナタが選んだ行き先は、『ワンデルの要塞』と呼ばれる変異種、オークエンペラーを王としたSランクダンジョンだ。

 通常、低レベルなオーク達は、数百年討伐出来ていないと噂されている変異種のリミットスキルで、人族同様の知恵を持ち、独自の文明を築いている。


 手に入れた鉱石をただ棍棒として扱うのでは無い。剣や槍、防具へ加工して、オークの兵士達は『装備』しているのだ。


 それは、最早一国を相手取るのに等しいとミリアーヌの国々から警戒された故に、危険度Sランクとしてギルドでは扱われている。

 しかし、現在もその実状ははっきりと明らかにはなっていない。調査隊を容易に派遣出来ない程、要塞は強固な作りをしているからだ。


 そんな場所へ、呑気な美姫二人と半泣きの少年は向かっていた。


 __________


「久しぶりに暴れられるのう!」

「ボスは焼き尽くしちゃ駄目ですからね?」

 張り切って気合いを入れるディーナとコヒナタに挟まれる形で、クラドは遠い目をして呟いた。


「……やっぱりこうなったか」

 ーーヒュンヒュンッ! ヒュンッ! カキンッ!


 上空から放たれ矢が、雨の様に降り注いでいる。人化した竜姫はまるで気にも止めずに『聖絶』の結界を張りながら歩いていた。

 クラドの眼前には、弾かれた矢尻の山が積み上げられている。そんな中、コヒナタは気になった事があり二人に疑問を投げかけた。


「なんか、ーー外見がオークに見えませんよね? 私が知ってるオークはもっと太ってて、豚っぽかったような……」

「気付くの遅くないですかね⁉︎ 僕とっくに思ってましたよ! あ……魔獣なのにめっちゃ鍛えられてるって!」

「美味くなさそうじゃなぁ」

 残念そうな表情をしたディーナは放っておき、クラドは『悟り』を発動させる。

 情報は少なかったが、精悍な顔つきをしたオークの兵士達が、間違いなく鍛錬を積んでいる事は理解出来た。


「二人共、ちょっと認識を改めた方が良さそうです。唯の魔獣とは思えない」

 しかし、焦燥を含めた意見を聞いても、白竜姫とドワーフの巫女が歩みを止める事は無い。

「蹴散らせば問題なかろう?」

「その通りですね。クラド君はメニューの事だけ考えていれば良いのですよ」

(あぁ……嫌な予感しかしない)


 ーーすると、突然要塞の正門が開き、碧く煌めいた鎧を纏った一体のオークがゆっくりとこちらへ向かって来る。


 警戒心を露わにしながらも、両者は歩み寄り相対した。

「初めまして強き者よ。私はこの国の騎士長ラハット。此度は王国ワンデルに、一体何用かお聞かせ願いたい」

 三人は魔獣の紳士的な態度に愕然とするが、かつて災害指定魔獣のスキルイーターとの出来事を思い出して頭を冷やす。

 クラドは悟りにより、状況把握に努めていた。

「我等はGSランク冒険者パーティー『紅姫』じゃ。悪いがお主らは殲滅させて貰うぞ?」

「このダンジョンのボス。オークエンペラーを狩りに来ました」


「…………」

 無言のままに、ラハットは哀愁を漂わせつつ問答する。

「それは我々の肉が狙いですか?」

「その通りじゃ!」

「オークはランクが高ければ高い程、美味いと言いますからね!」


「…………」

 理知的な存在を前にしても、躊躇せず己の欲望を吐き捨てるディーナとコヒナタに、クラドの冷たい視線が突き刺さる。

 思い出されていたのは、ピステアへ向かう旅の間起こされた数々の暴走と事件の記憶。

(この二人……本当に成長してない……)

 食いしん坊万歳の精神を兼ね備えた者達へ、オークの騎士から提案が持ちかけられた。


「我々はさすがに同胞の肉を差し出す事は出来ませんが、それに見合った食材を差し出す事で見逃しては頂けませんか?」

「「はぁっ⁉︎」」

 思わず耳を疑った。明らかに相対するオークの騎士は強者の風格を漂わせている。それなのに戦う事もせず、ある意味降参に近い台詞を吐いたのだ。


「一体どういう事ですか?」

 クラドは一歩前に進み出て、説明を求めた。

「王は……先日崩御なされました。貴方達と戦う理由は初めから無いのです」

「…………」

 瞳から一筋の涙を流すオークの騎士を前にして『悟り』で嘘では無い事を理解したクラドは、黙って困惑した仲間を見つめて頷いた。

(嘘ではありません。条件を受け入れて帰りましょう)

 アイコンタクトで自らの考えを伝えた直後、同意するようにディーナとコヒナタは力強く首を縦に降る。


「分かってるのじゃよ」

「クラド君。成長しましたね」

「えっ?」


 ーージャキンッ!

「えっ?」

 突如、ドワーフはザッハールグ改を装着し、竜姫は嬉々として『聖絶』を展開させる。

「それではその死したオークエンペラーの肉を寄越すのじゃ!」

「えぇ、話が早くて助かりますね!」

「ちっがあああああああああああああああああああああああああああああうっ!」

 両手を交差して絶叫する少年に向けられるのは、戦闘態勢を整えた仲間の疑惑の視線と、本来敵である筈の騎士からの同情の視線だった。


「何でそうなるんですか⁉︎ 穏便に事を済ませようって発想を持って下さいよ‼︎」

「だって……お肉食べたいし」

「そうじゃのう。腹がへったのじゃあ〜!」

「「…………」」

 呆れた様相を浮かべながら、今度はクラドがラハットに提案した。


「あの〜。一応その見合った食材が何なのか教えてくれませんか? 僕がそれをより美味しく調理出来れば、この二人も納得すると思いますので……」

「え、えぇ。貴方もたいへんですね」

「いえ。慣れてますので」

「王がこよなく愛されていた食材で、このダンジョンにしか生息してない山菜があるのです。それはとても貴重な食材で、見つけるのが大変難しいのですが、何としても探し出して見せます」

「その特徴を教えて頂けませんか?」

「えぇ、形状はこんな形で……色は……」

「ふむふむ……」


 ある程度説明を受けた後、その食材を食べて美味しいと二人が認めれば和解がなされる事となった。


 そして、一時間を経たずしてクラドはその食材を発見する。スキルの特性からだが、レイアがかつて求めていた食材の情報と酷似していた事から、試してみたかった新メニューの試食を振る舞う。

 その料理にはオーク達の調理法も取り入れられており、食いしん坊達に舌鼓を打たせるに相応しい美味しさだった。

「美味いのじゃあ〜!」

「えぇ、何でしょうこの風味は……それに匂いも良いですね!」

厄介ごとを回避出来て、両者共に胸を撫で下ろす。美姫達は無邪気に料理を食べ尽くした後、帰り仕度を始めていた。


「さぁ。食材も手に入れたし帰りますよ」

「なぁ〜クラドよ。妾、欲求不満になりそうじゃあ〜!」

「さっきまで満足そうに料理を食べたでしょうが!」

「……ついでにオークエンペラーの肉も手に入れちゃえば良いのに……」

「怖い事言わない! あれだけ頑張ってくれたオーク達に謝れ!」


「「ブーブー!」」

 どこか納得がいかずに文句を垂れる二人に溜息を吐きながら、クラドは今回同行して発見した食材に満足感を得ていた。


 ーー多分、この材料はレイアさんの言っていた『アレ』だ!


 研鑽を積む喜び、更に異世界料理の知識の中から、似た食材が見つからず諦めていたピースが発見された感動。


 ダンジョンを去る前に、クラドは気になっていた事をオークの騎士、ラハットに問うた。

「何で貴方達は話せば理解し合えるのに、ダンジョンと認定されたままにしているのですか? それだけの知恵を得ていれば、敵対する以外の道もあるでしょう?」

「ははっ! 貴方達は特別です。絶対的な強者だと魔獣の本能が理解したからこそ、この様な提案をしたまで。並みの冒険者達が来訪したならば、ダンジョンから生み出された存在として敵対致しますよ」


「それは何故? 僕には理解出来ないです」

「……タイミングもあります。次の王が生み出されれば、我々はこの知性を保てていなかったでしょう。ーー我々はそうなる様に生み出された存在なのですから」

「…………」

「そんな顔をしないで下さい。我等は決して善ではありません。私も数々の冒険者を殺めているのですから、本来駆逐されて当然なのですよ?」

「そうですね。それでも僕は、ラハットさんの様な魔獣と話せて良かった」

「光栄です。もうお会いする事もないでしょう。クラド君も随分苦労なされている様ですが……頑張って下さい」

 二人の視線の先には、不満そうに石ころを蹴飛ばすコヒナタと、眠そうに欠伸をするディーナの姿があった。


「さよなら!」

 少年とオークの別離は悲しみに満ちた挨拶では無く、どこか清々しさがあった。


 ーーだが、その直後発せられた言葉でクラドの満面の笑顔は叩き壊される。

「コヒナタよ。この程度ではやはりもの足りぬから、大トロを求めて海へ行くか!」

「うふふっ。流石ですねディーナ様! 私もそう思っていたのですよ」

「ふぁっ⁉︎」

 そのまま進路を変えた食いしん坊達に、再びクラドは逃走を開始するが捕らわれた。


 レイアの結婚式に向けて、竜姫と巫女の食材集めに巻き込まれたクラドの苦悩の日々は終わらない……

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