第175話 エルクロス
『神霊の森最奥』
「一体何故、結界がたかが人間如きに破られたのだ⁉︎」
「解ラヌ、内側カラ呼ビ込ンダトシカ……」
「おいら達エルクロスの中に、裏切り者がいるとでも?」
「それは有り得ないだろう。我等はイザヨイを守る為に生み出された存在だ。その意義を自ら破棄する事は出来ぬ」
「ルードが戻るのを待つのだ。彼奴なら、イザヨイの場所をきっと見つけて来てくれるさ」
四体のSランク魔獣はそれぞれが高い知能を与えられ、イザヨイを守る為に『とある神』に作り出された存在だ。
ーー名を『エルクロス』
そして、この神霊の森は、同じくイザヨイを世界から隠し続ける役割を担っていた。
本来、イザヨイがこの森から攫われるなど起こる筈が無い事象なのだ。
ーーしかし、現にイザヨイはいない。
まんまと姿の見えぬ敵の奸計に嵌り、守るべき対象を奪われたエルクロスの面々は憤怒した。
その中でも、イザヨイが一番懐いていた魔獣カルーダーー『ルード』は特に怒りを露わにして、神霊の森を真っ先に飛び出している。
『風のルード』
『地のバウム』
『火のフーガ』
『水のリーブイ』
四体は属性を各々が身体に付与され、特化した力を誇っていた。
エルクロス達は己を出し抜く存在に、心当たりが一つしか無い。
「神が、イザヨイを見放したのか……」
フーガの弱々しい呟きを否定したくとも、反論に値するだけの根拠を見出せずに鎮む。
「今ハ、ルードヲ待トウ」
リーブイは低い可能性に願っていた。
ーーきっと、ルードがイザヨイを連れて帰って来てくれる筈だと。
___________
「こらっ! 待て、イザヨイ!」
「嫌ですの! イザヨイはここでルード達を待つんですの〜!」
「だから、そいつらとは説得して戦わないって言ってるだろう⁉︎」
「嘘だってイザヨイは知ってますの! マジェリスとフォルネが昨日寝る時言ってましたの〜! カムイはサラッと嘘がつける悪い男だって」
カムイは額に青筋を浮かべ、怒りに打ち震えるーー
『あいつら、夜はタップリ可愛がってやらんとなぁ!』
ーー彼女達にはご褒美なのだが、それが狙いなのだと馬鹿は気付かない。
戦以外の駆け引きはからっきしだった。
「もういい、『俺の言う事を聞け』」
埒が明かないと『絶対服従』を発動して、イザヨイに命令するがーー
「嫌ですの〜! 馬鹿カムイ〜!」
ーースキルは一切効いていない。
「馬鹿な⁉︎ 何故俺のスキルを無効化出来るんだ」
「知りませんの〜! いーだっ!」
カムイを馬鹿にしながら子供らしく逃げ回る姿と、その身に秘めたポテンシャルが釣り合っておらず、カムイは冷や汗を流した。
そして、改めて決意する。
『やはり、このシルミルにイザヨイを残した状態で、レグルスへは向かえない』
カムイはシルミルにマジェリスとフォルネの両姫を残し、竜化したアマルシアに乗って、秘密裏にレグルスへと渡る予定を立てていた。
ーーレイアに異変が起こっている事を知って尚、向かう理由があったのだ。
一つ、帝国アロを攻め落とす為にも、この同盟に参加する想像の範疇を超えていた面子とコネを作る事。
二つ、道化が犯人だと教えてくれたレイアに、借りを返す良い機会だと思った事。
三つ、噂で伝え聞いた、レイアのパーティー『紅姫』の戦力を見定めたかった事。
他にも多少気になる些事はあるが、主な理由はーー
『自分にとって不利益になる事柄が無い』
ーーその一点に集中されていた。
__________
『時は遡る』
カムイの考えとは違い、エルフの国マリータリーだけは別である。レグルスとの同盟は認めても、嫌悪している人族との同盟を渋るイザークに対して、レイアは微笑みながら『提案』したのだ。
「この同盟に乗ってくれたら、いつかイザーク君が乗れる機体を作ってあげようかと思ってたのになぁ……いやぁ、残念だよ。因みにライナフェルドの改造もシュバンで行う事にしたから、君達が研究する事も出来ないだろうねぇ。なんせ、『女神の知識』で作られているのだからーーいやぁ、本当に残念だ」
「是非、我がエルフの国も同盟に加わらせて頂こう! 女神に祝福あれ!」
「ふむ、色良い返事が頂けて嬉しいよ」
いつの間にかレイセンの玉座にレイアが座り、イザークは跪いて頭を垂れていた。
いつか自分達の機体も作って欲しい白夜と極夜も、同じく横に並んでいる。
ーーこの瞬間、エルフのトップに準ずる部下達は、全て女神の配下に置かれたのだった。
その後、一足早くレグルスによる物資の提供と国交が始まり、悪魔達との戦いで受けた首都の復興に動いていた。
先頭に立って人材の指示を出し、復興計画の綿密な計画を立てているのは優秀な部下であるミナリスだ。
今回の件に対してレイアからーー
「頑張ったら、一時間ミナリスの望むポーズでモデルになってあげるよ」
ーーその褒美を聞いた瞬間、鼻血を吹き出して気絶し、目覚めた直後に寝食すら忘れる程の勢いで行動を開始した。
渋るジェフィアを気絶させて拉致すると、部下と共にマリータリーへと向かう。その迅速さは、国を攻められた時よりも凄まじかった。
__________
『再び、神霊の森』
ルードは、傷付いた状態でも全力で空を翔けて仲間の元へ戻り、イザヨイの現状を報告する。
「イザヨイハ、シルミルノ勇者ニ捕ラレテイル! 奴等ハ手強イ、皆デ攻メネバ、イザヨイハ取リ戻セナイ!」
無念に顔を歪めているルードを見た瞬間、エルクロスは立ち上がった。
「居場所させ分かれば、我等に倒せぬ敵はおらん!」
「おいら達が救い出すんだ! イザヨイは絶対に『彼奴』から守ってみせる!」
「良クヤッタルード。傷ヲ癒スカラ、コッチへ来イ」
「スマナイリーブイ、デモ時間ガ無インダ。多分、モウ気付カレテル!」
四体の魔獣は焦燥感に苛まれつつも、神霊の森を飛び出し全力でシルミルへと走り出した。その速度は凄まじいーー
「主人様よ、動き出したのじゃ」
「ふむ、やはり予想通りだな。出るぞ、アマルシア、ヘルデリック!」
「「はっ!」」
ーーカムイは何故ルードを追わなかったのか、答えは一つ。アマルシアのリミットスキル『千里眼』で動向を見張らせていたからだ。
動き出したタイミングと同時に、火竜王の背に乗りシルミルを抜け出した。肝心のイザヨイは、親指をしゃぶりながら毛布に包まれて眠っている。
全てはカムイの計算通りに事は運んでいたのだ。
想定外の出来事は、全てこの後に起こる……
__________
最初にレグルスの首都カルバンに到着したのは、ミリアーヌ北の国ピステアの王ジェーミットと、将軍クロウドの二人だった。
リミットスキル『天道』により、何にも阻まれずに直線距離を悠々と進み、愛しのレイアに会う為に胸をときめかせている。
クロウドは一応護衛の任を受けているが、この王に護衛なぞいるのかと正直飽き飽きとしていた。
時は僅差で、イザークが転移魔石を使い白夜、極夜を連れてシュバンに転移して来る。
場所は指定してあった、城の訓練場だ。
それぞれの王は、今宵泊まる城内の部屋に案内される前に、アズラよりレイアの元へ連れられ事態の説明を受けた。
「レイアがこの様な状態になるとは……また世界に何か悪い事が起こる前兆なのでは無いか?」
ジェーミットの言葉にイザークは同意し、神妙な面持ちを浮かべる。
「余も同じく考えだ。我等も協力は惜しまぬ。レイアに何が起きているのか、世界で何が起こるのかを共に調べようでは無いか」
「有り難い。我が姫に変わり、御礼申し上げる」
「堅苦しい礼はいらんよ、魔王アズラ。我等もレイアを救いたい気持ちは変わらんさ」
「ほう。話せるなピステアの王よ。見直したぞ、人族は利己的な者ばかりだと思っていた」
「その様な者が多いのも事実さ。否定はせぬよ」
「ふむ。とりあえずアズラよ、シルミルの勇者を待ってから会議を開こうでは無いか」
「はい! 伝聞によるともう国を出て、此方へ向かっているとの事です」
アズラはレイアの代わりを務めるにあたり、国賓に失礼のない様に最大の敬意をもって対応していた。
この様な礼節も心得ている事を知らぬのは、当の主人であるレイアだけだ。
ーー「俺の事か? 今着いた所だぞ!」
扉が開き、勇者カムイが現れる。
アズラは以前と雰囲気の変わったカムイの気配に、目を見開いて驚いた。
『こいつ……王の品格だけでは無く、纏うオーラも変わりやがった』
以前の様な破滅的な情動を感じず、何処か優しさすら感じさせる雰囲気に、思わず笑みが溢れる。
ーーいい方向へ変わったんだなと。
「よくぞシュバンへ参られた、勇者カムイ。我が姫の現状を説明しても良いだろうか?」
「久しぶりだな魔王アズラ、時空神コーネルテリアからレイアの異変は聞いている。俺にも力になれる事があるかと思い、馳せ参じた次第だ。宜しく頼む。」
「それは有り難い、感謝する」
カムイとアズラは握手を交わし、自然と微笑みを交わした。
ーー再会は、新たな絆を結ぶ。そして、運命を引き合わせるのだ。
邂逅の時は近い……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます