第138話 時空神との契約
カムイは考え続けた。爪を噛み、部屋の隅で必死に己の体内から溢れそうになる檄情を抑えつける。
「何か……何か手がある筈だ。少なくともティアを殺した奴を見つけ出して、引き裂かなければならない。許してたまるものか。見逃してたまるものか……」
髪を掻き毟り、血が出る程に握られた拳。その時、ふとある事を閃いて徐ろに立ち上がった。
(時間を戻せばいい! そうすれば、生きていたティアを、今度こそ俺が護ってやれる! 殺したクソ野郎を俺が殺してやれる! 何故気が付かなかった。あの神は、自分の事を「時空神」だと名乗っていた。俺をこの時代に呼んだ様に、生きていたティアをこの時間に飛ばして貰えばいい!)
先程まで暗く濁っていた瞳に再び生気が灯る。姫達なら、神との交信方法を知っている筈だと部屋を飛び出した。
すれ違った兵士に二人の居場所を聞くと、どうやらユートと共に訓練場に居ると知り、全力で疾駆する。レベルが上がった事でステータスは跳ね上がり、各身体数値は五千を優に超えていた。
一陣の風の如く場内を飛び出すと、三人の姿を目に捉える。
「あっ、カムイ様。もう気分はよろしいのですか?」
「そうだ! 心配していたんだぞ! 今日も出て来なかったら、ユートと部屋に突入しようと思っていた所だ」
「えっ? 何それ、初耳なんだけど……最近、俺を巻き込んで自分は助かろうとしてません? 迷惑だからね? その自己中な考え、迷惑極まりないからね?」
三人は其々のリアクションを見せるが、心配していたのは本当だった。それ程に、ティアの死を知った後のカムイの憔悴と怒りは、恐々とさせるモノだったのだ。
「今はそんな事はどうでも良い。二人共、俺をこの時代に召喚した時、一体どうやって時空神と交信したんだ? 教えろ!」
放たれた威圧は大地に亀裂を奔らせる。この場で殺されるのでは無いかと勘違いする程、姫達は怯えていた。
「待って下さい! それじゃあ、逆効果ですよ。少し落ち着いて下さい。それに二人もしっかりしてね。カムイ様が、俺達を無意味に殺したりなんかする訳無いだろ」
ユートに宥められて、冷静さを欠いていた自分を反省し、威圧を解いてへたり込む二人の眼前に跪いた。
「すまなかった……どうか教えてくれ。今の俺には、あの神と交渉する以外に道が見えないんだ。頼む」
その真摯な姿に一方は胸を打たれ、一方は嗜虐心を唆られた。何方が何方なのは言うまでも無いだろう。
「分かったよカムイ! ただ、成功するかは本当に分からないぞ?」
「えぇ、愚妹の言う通り神は気紛れなのです。私達の呼び掛けに応えてくれるかどうか……お礼に私の言う事を聞いて下さるのなら、きっと成功率はグッと高まると思いますが」
フォルネの交換条件はさらっと無視して、カムイは自信有り気な笑みを見せた。
「大丈夫だ。それに関しては考えがある。断るなら、あの神が接触するなと言っていた人物に接触すると脅してやるからな。執拗に嫌がるのには、きっと何か理由がある筈だ」
「神様が会わせるのを嫌がった人物がいるんですか? 有名な人なんですか?」
「いや、俺も会う気は無かったから詳しくは知らん。『紅姫レイア』と、『ザンシロウ』という二人らしい。興味は無かったが、神の弱みを握られるなら話は別だ!」
「成る程。そうきたか……」
ユートは何かを悩む様な素振りをして呟くが、直様いつものあっけらかんとした表情へと戻る。
「そんな話は後でいい。取り敢えず、どうやってあの時空神と交信するんだ? 接触の機会はあるのか?」
「私達の力では、過去の遺物である契約の陣から語り掛ける事しか出来ませんわ。勇者であるカムイ様が行なった方が、きっと成功率は高いでしょう」
「あぁ……召喚の際直接会っているならば、何かしらのパスが繋がっている筈なんだ」
「試させて欲しい! 宜しく頼む」
勇者は珍しく深々と頭を下げた。二人の姫とユートはその姿に一瞬戸惑うが、それ程に大切な人だったのかと、各々が脳内で様々な感情を渦巻かせている。
ーー嫉妬、悲哀、怒り、憐憫、愛情、同情、敬愛、負の感情だけでは無いからこそ、力を貸そうと思うのだ。
その後、初めて召喚された場所の真下、契約の陣が描かれた隠し部屋に案内されると陣の中心に立ち、『聖剣ベルモント』を発動させる。
突如、魔方陣から凄まじい光の奔流が捲き上ると、カムイは全身を包まれ転移した……
__________
「出て来い、駄目神! コーネルテリア!」
初めて時空神との邂逅を果たした場所へ飛ばされると、力の限り叫び怒声を響かせた。
「ほいほい、お早いお戻りだねぇ。一体何の用だし? あたしは暇だから、面白そうな話は大好物だし」
空中に寝そべりながら、怠そうな気配を身体全体から漂わせた第三柱時空神コーネルテリアが降臨する。
「お前は時間と空間を操れる神様なんだろう? お願いがある。生きているティアを、今のこの時間に飛ばしてくれ!」
「ふぅーむ……意味が分からないから、記憶を覗かしてもらうけど構わないし?」
「あぁ……すげー嫌だが今は我慢する」
コーネルテリアはカムイの頭部に手をかざすと、光輪を作り上げて記憶を覗き込んだ。
「ふむふむ〜。狂いかけていた君が、人並みの幸せを求めようとしたのか……いい出会いをしたんだし。それを壊されて、元に戻したいということかし……」
「いい出会いか……そうなのかもな。最近の俺は、確かに安らぎを感じていたんだ」
俯きながら、切実に己の願いとティアへの思いを語る姿を見て、時空神は悲痛な表情を浮かべるかと思いきや、ーー突如腹を抱えて大爆笑した。
「あははははあぁっ! ザマーミロだし! 言っとくけど時間を戻したり、逆にこの子を今の時間軸に呼ぶなんて、不可能だし」
「てめぇ! 冗談で言ってるんじゃねぇんだぞ⁉︎」
殺気を放たれ睨み付けられたコーネルテリアは、それはこっちの台詞だと言わんばかりに、睨み返し答えた。
「あのね。わたしは『創造神』や『運命神』や『死神』の奴等みたいに、生や死を操る能力は持って無いんだし。その子は『死んだ』の。時間をいくら戻そうが、飛ばそうが、その運命は必ず死へと向かうし。天界に昇った魂は返らないし、『転生神』の管轄下に置かれるんだし」
「じゃあその神を紹介してくれ! 自分で交渉する」
「はぁ? 無理に決まってるし。言ったでしょ? 私達は封印の間に縛り付けられてるんだし。あたしは特別に、シルミル王家との契約と制約によってこの空間に来れるだけだし!」
「契約と制約?」
「わたしが勇者召喚をしてあげるかわりに、シルミル王家に宿った男児の魂は、全てわたしに捧げられるんだし」
侮蔑の視線を時空神に突き刺す。神と言うより、悪魔みたいな事をする奴だと嫌悪した。
「あぁ〜何考えてるか分かるけど、あたしは特に男に興味はないし。愚劣な王家に対する唯の代償だし」
「代償だと?」
「かつてのシルミル王家は、わたしと契約する為に八万もの人間の魂を生贄として捧げたんだし。当時の女王は狂ってたんじゃ無いかし? 流石にそこまでされると、呼び出されない訳にはいかないから、『勇者召喚』はしてあげる代わりに繁栄の道を絶ったんだし」
「それが、男を絶やす事か?」
「種が無ければいつかは衰退して滅びるだろうと予測してたんだけど、中々しぶといし。今度は勇者を種扱いしだしたのには、腹を抱えて笑ったし」
「じゃあ、やっぱりてめぇが元凶じゃねーか。愉快に地上を眺めるのは楽しかったか?」
「楽しい訳無いし。いくら自分達の世界を喰われた際に女神に救われたとはいえ、あたし達十柱の神に自由は無いんだし。いい加減うんざりするし」
コーネルテリアは微笑を浮かべるが、その身体からは冷淡な雰囲気が漂っている。
「まぁいい。一つだけ良い事を聞いた。魂を捧げれば、契約とやらが出来るんだろう?」
「言うと思ったし……だけどおすすめはしないし〜。確実に紅姫レイアとやり合う事になり、君は死ぬ事になるし。あと最初に言ったけど、私に生は操れないし」
「誰もお前と契約とするなんて言ってないさ。さっき面白い名前を聞いた。『死神』『創造神』を紹介して貰うぞ」
「はぁ……まぁいいし。時空神として宣言してあげようかし。万が一にでも成功させる事が出来たなら、約束は果たしてあげるし。だけど無理だった時は、制約に基づいて罰を受けて貰うし」
「何でも受けてやるさ。失敗する事はないからな。都合よくこれから何万人もの生贄を捧げてやれる機会が訪れる」
「その自信は、きっと粉々に打ち砕かれて、絶望に苛まれながら君は死ぬんだし」
呆れる神、希望を見つけたと自信満々に破顔する勇者。
道は決まった。欲しい情報は得られた。ならば突き進むだけだと力強く歩み始める。垂らされた一本の糸、食らいついた先に待つのはティアとの未来か、全ては失う破滅か。
この時をもって、勇者の物語は終幕へと加速し始めた……
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