第108話 恋をしたヴァンパイア
首都カルバンから東の森の中にある、オルビクス城の玉座にヴァンパイアの真祖『センシェアル』は座っていた。
何処か切なげな表情を浮かべており、周囲に控えている
冷血にして、冷酷にして、冷静にして、冷淡な我等が主人は、最強で至高の存在であると確信している。
「一体どうしたというのだ! センシェアル様は!」
「わからないわよ! でもあの切なげなお顔も素敵だわ……ウットリしちゃう」
「我等が主人に悩みが有るなどと聞いた事もないが、先週趣味の古美術品をカルバンまで買いに行ってから、どうも様子がおかしい。何かあったのだろうか?」
「確かにそうでやんすねぇ。誰か聞いてくるでやんす」
四人の屍人達は、己の主人に問いただしたくても勇気が出ない。
不老不死である己達も真祖であるセンシェアルに掛かれば消滅させられる。
ーー親に子が逆らえないのと同じ様に。
「貴様達、此方へ来い」
「「「「は、はいっ!」」」」
「なぁ。我は知らぬから教えて欲しいのだが、人間は興奮すると鼻血を出すと言うのは本当か?」
「は、鼻血でございますか? 確かに私が人間でした頃、女性の裸に興奮して鼻血を出した事があった様な気がします。遠い記憶なので定かではありませんが」
「私が娼婦をやっていた頃、ウブな坊やはよく鼻血を流していたから間違いないと思います」
「あっしは今でも興奮すると、鼻血が吹きでるでやんすよ」
真祖は顎を撫でながら、次の質問を投げかけた。
「では、真祖である我の身体に異常など起こるはずもないのに、胸が苦しいのは何故だと思う?」
「……御身の言葉通りにその現象を捉えるのであれば、『恋煩い』という人間の現象に似ておりますな」
「ーーってゆーか、キュンキュンする感じだったら恋ですよ? 会いたいとか思っちゃったら完璧決定ですね」
「あっしは欲望と恋の違いが、よくわからないんでやんす……」
「私も人間のだった頃は、村のお姉さんに恋をしていたなぁ」
主人は目を瞑って天井を見上げる様に黙ったまま動かない。変な事を言ってしまっただろうかと屍人は狼狽える。
「解った。我は恋をしているのだな。パンツ姫に……」
「「「「パ、パンツ姫⁉︎」」」」
四人は声を揃えて驚愕の叫びを返した。まさか、真祖からパンツ姫などと言う訳のわからない言葉が飛び出るとは思わなかったのだ。しかも恋をしているなどと……
「なんか、素敵な響きでやんすねぇ。いつお知り合いになったんでやんすか?」
「知り合ってはいない。話もしていないのだ。先週カルバンで、一目見かけたのみだな」
「では、何故恋をしたのだと分かるのですか?」
「まず、会いたいのだ。そして胸が痛い。キサヤの言う通りキュンキュンというやつなのだろう。そして我はパンツ姫を一目見た瞬間に、鼻血を吹き出して気絶したのだ。この意味が分かるか? 真祖である我の貴重な血が吹き出たのだぞ? その量だけで一体何人の屍人を増やせたか、ーーだが、それすらも惜しくないと思える我が居るのだよ」
「それは間違いなく恋ですね。私が保証致します! でも、まさかセンシェアル様を惚れ込ませる女が居るなんて、同じ女として嫉妬してしまうわね」
「キサヤ。殺したら貴様も消滅させるぞ?」
「分かっておりますとも。興味の方が強いので、絶対殺したりなど致しませんよ」
「それで、センシェアル様はそのパンツ姫様をどうなさりたいのですか? それによって、我等の動きも変わってきますゆえ」
「分かってねぇなあベガス。そりゃあ捕えて屍人になさるんでやんすよ!」
「黙れマスダル。センシェアル様の発言の邪魔をするんじゃない」
「そっちが黙るっすよザード。いつも命令するんじゃないでやんす」
争う屍人に対して真祖は言葉を噤み、困った顔をしている。
「……するのだ」
「へっ? すいません声が小さくて聞こえなかったでやんす。もう一度いいでやんすか?」
センシェアルは徐ろに立ち上がり絶叫した。
「我の妻にすると言ったのだあぁぁぁぁぁ!」
「「「「えええぇぇぇぇ⁉︎」」」」
屍人は本日一番の驚きを見せた。恋愛をすっ飛ばして結婚まで話が進んだのだ。当然だろう。
「これ以上の発言は許さん。貴様らの眷属も全てを動員してパンツ姫を探し出し、我の元に連れてこい!」
「「「「はっ‼︎」」」」
真祖の威圧に反論出来るはずもなく、影の中に沈んで消えていく。
一人残ったセンシェアルは、玉座に再度座り直すとある事に気付いた。
「彼奴ら、パンツ姫の特徴も聞かずにどうやって探す気なのだ?」
『三十分後』
マスダルが泣きながら一人で戻ってきてーー
「優しくして欲しいでやんす!」
ーー目を瞑って玉座の前に立つと、怒ったセンシェアルに殴られボコボコにされた後、パンツ姫の特徴を聞き戻って行った。
他の三人に脅されて、一人で聞きに行かされたのだ。
その後、眷属の蝙蝠と狼の魔獣を放ち、屍人達は動き出す。
パンツ姫、レイアを探し求めてーー
ーーヴァンパイアの真祖センシェアルは、カルバンで起きた『血の雨事件』の被害者だった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます