第99話 初体験は失敗しやすいものなのだ。

 

 アズオッサンに変身したレイアは、F級クエストを受けに冒険者ギルドへ向かっていた。


 事前にメムルとチビリーからポーターとしてダンジョンに潜るに為には、最低Dランクまで上げなければ成らないと言われていたからだ。

 扉を開けてギルドに入ると、何時もの様に騒がれず、誰も自分に興味を持っていない『普通』の様子を見て感動する。


「そう! これだよこれ! この普通の冒険者ギルドの感じが堪らないね! なぁナナ、そう思わないか?」

「マスター。天使である私には理解出来ませんが、主人格が拗ね始めているので暫く代わりますね。怒りも一周通り越して、冷めたみたいですし」

「う、うん。何故か緊張するな。久しぶりで」

 ナビナナに代わり主人格が話しかけてきた。


「や、やぁマスター。元気してた?」

「うん。お、俺は元気だよ。そっちはどう?」

「え? あ、あぁうん、元気だよ? 元気いっぱいナナちゃんだよー!」

「なんかキャラが違う気が……久しぶりに二人だからな。宜しく頼むよ」


「任せといてよ! 久しぶりにいいとこ見せちゃうよー」

「お、おう! 怒って無いみたいで良かった!」

 なんだか久しぶりに会った恋人の様にもじもじ照れ合う。しかし、現実は残酷に、そして無邪気に突きつけられる。

「うん! 私はね。でも『天使召喚』した時は私達が徹夜で考えた『浮気者を殺せ』計画が発動するから気を付けてね? 自分で言うのも何だけど、病んでたよあの子……」


「ま、まさか最後の砦が残っていようとは。暫くは呼ばずに様子を見よう……死にたく無いから」

「それがいいかもねぇ。とりあえずこれからどうするの?」

「クエストを受けてさっさとDランクに上がるよ。今の俺なら一日も掛からないでしょ?」

「マスター。私はいいけどその姿で今の喋り方は何か違和感あるかも……どっか女っぽいとこあるからなぁ。」

「マジかよ……ちょっと注意するわ。サンキュー!」

 掲示板の前に止まり、依頼を凝視する。Fランクが受けれるのは五つだけだった。


 __________


 ▪︎Fランク ゴブリン討伐▪︎

 一匹につき銀貨二枚 ギルドポイント10


 ▪︎Fランク 薬草、毒消し草の収集▪︎

 一房につき銅貨五枚 ギルドポイント2


 ▪︎Fランク ミーミルの捕獲▪︎

 一匹につき銀貨八枚 ギルドポイント24


 ▪︎Fランク 汚水工事の手伝い▪︎

 完了時金貨一枚 ギルドポイント40


 ▪︎パミーナ家の護衛兼見張り▪︎

 一日金貨一枚 ギルドポイント50

 __________


「うーん。相変わらず安いなぁ。Fランク……」

「妥当じゃん。人族が弱い分、ゴブリンの報酬はレグルスの倍だよ?」

「ゴブリンは飽きた。それよりミーミルって何? こん中じゃ一番報酬いいけど」


「今街で流行ってる猫に似た魔獣だよ。毛色とかで競うのがブームになってるみたいで、大人しいのに乱獲されて隠れる様になったみたい。捕まえるなら索敵する?」

「うーん。何かそういうのはスッキリしなそうだからいいや。可愛かったら嫌だし。薬草、毒消し草を片っ端からワールドポケットに放り投げてゴブリン狩ろう。討伐部位は耳だっけ?」


「そうだよー。リンクして連携しよっか? 『女神の翼』で私が倒すからマスターが耳を切って、ワールドポケットに放り込めば早いよ!」

「いいね! それでいこう。じゃあ、依頼を受けて来るよ」

 その後、近くの森を二時間駆け抜けた。ゴブリン六十二匹、薬草、毒消し草合わせて百八十二房をギルドに持ち帰り、報酬に金貨二十一枚、銀貨五枚、ギルドポイント984ポイントを得る。


 マイルビルが気を利かせ、報酬の受け取りは個室でしてくれたお陰で騒ぎにもならない。

「あとちょっとで、Dランクまで届いたのになぁ」

「冒険者が多いだけあって、雑魚の数が少ないんだからしょうがないよ。まだ時間はあるし他のを受けちゃう?」

「そう言えば、パミーナ家の護衛兼見張りっていう依頼があったけど、それを根本的にスピード解決しちゃえばDランクになれるでしょ」

「そうだね! それでいこー!」

「おー!」


 久しぶりの普通? の冒険者生活が楽しくて仕方が無かった。驚き怯えるのは、事情を知るカルバン冒険者ギルドマスターと、話を通してある討伐部位や素材の鑑定スタッフだけだ。

 マイルビルは目の前でランクを数時間で駆け上がる存在を見て、パンツ代をどうしようか必死で頭を悩ませている。


「この依頼をお願いします」

 依頼書を受付嬢に提出すると、丁度良かったと手を叩いて喜ばれた。

「貴方で依頼人の希望数に足りたのよ。あそこのテーブルにいるDランクパーティー『ナミの絆』の四人と一緒に屋敷へ向かって頂戴」


「分かりました。合同依頼だったのか……」

 テーブルに向かい歩いて行くと、『ナミの絆』の四人へ丁寧に挨拶をした。自分はまだ新人なのだから、この様な態度がきっと『普通』だろう。

「始めまして、Fランク駆け出し冒険者のアズオッサンです。パミーナ家の護衛兼見張りの依頼を受けました。宜しくお願いします」


 リーダーらしい若い男が応える。

「宜しく頼む。しかしガタイはいいのに装備が酷いな。危ないから見張り役を頼むぞ?」

「はい。あの、この依頼は何から誰を護衛するんですか?」


「俺たちは昨日説明を受けたんだが、どうやらパミーナ家の令嬢にフられた商人が、腹いせに暗殺ギルドへ依頼したようなんだ。商人は依頼料を払った後、他の国へ逃亡したらしいが暗殺ギルドは掟として受けた依頼は完遂させることを信条にしている。俺たちは屋敷で直接雇われたBランク冒険者パーティーのサポートさ。分かったか?」


「成る程。じゃあその令嬢を狙う暗殺者を捕まえてしまえば、この依頼はクリアなんですね?」


「はぁ? そう簡単に尻尾を掴ませないから、Bランクパーティーが苦戦してるんだろうが! 俺たちは見張りと屋敷の門の護衛だ。行くぞ!」

「はい、分かりました!」

 ーー言われるままついて行くが、その間にも計画は進めていた。


「索敵は? 本当にいるのか?」

「ゾロゾロと地下やら木々に隠れているよ。あっ、屋敷にももう入り込まれてるね。メイドか執事にでも変装してるみたい。ちょっとやばいんじゃない?」

「それはちょっと所じゃないなぁ。ただ、敵もこっちが隙を見せるまでは動かない筈。Bランクパーティーもいるし、そういう慎重な奴らは安牌を切るからね」


「じゃあ、ロックだけしておくよ。『滅火』は使わないんでしょ?」

「うん。アズオッサンで使うのは身体系スキルと『エアショット』だけかな。『剛腕』と『突進』のいいスキル上げにもなるしね」

 屋敷に辿りつくと広間には一人の美しい少女がいた、まだ十五歳位に見えるがウェーブの掛った長い赤髪で、フリルのついたドレスの似合う、品の良さそうなお嬢様だ。


「皆様、私の為にこの様な手間を掛けさせてしまい誠に申し訳御座いません。ですがどうか、その偉大なお力でお護り下さい。何卒宜しくお願い致します」

「お前ら! カルバン冒険者ギルドの誇りにかけて、ターニャお嬢様を守り切るぞー!」


「「「おぉー!」」」

 掛け声を他所に、一人キョロキョロと辺りを見回して愉悦に嗤う。

「見〜っけた!」

 ターニャと呼ばれたお嬢様のすぐ後ろに控える執事に向かい、一瞬で駆け出した。

 ーー掌で顳顬を掴むと、アイアンクローさながら身体ごと持ち上げる。


「ぎゃあぁぁぁぁあ!」

「ほら、時間が勿体無いから吐きな。お前その暗殺者ギルドのリーダーだよな? 呼吸と体捌きが周りの奴らと段違いだし、お嬢様の近くまで来れてるその変装も中々だよ。俺は時間が無いんだ。早くDランクに上がりたいんだよ。このまま潰すぞ?」

 アズオッサンを眺める他の冒険者とターニャは、絶句しながらその状況を見ていた。

 いきなりFランク冒険者の新米が消えたと思ったら執事を片手で持ち上げ、更に今回の暗殺者ギルドのリーダーだと言う。


 ーーさっきまでお茶を注いで貰っていた自分達には、信じられない光景だった。


「あっ、言い忘れてた。こいつからお茶とか受け取って飲まなかったかな? それ、多分麻痺毒入ってるからこれで解毒した方がいいよ」

 執事の懐から解毒剤を取り出して放り投げる。

「ま、まさかそんな訳無い、だ、ろ? うっ、うぅ!」

 突如Bランク冒険者パーティーは、グシャリと崩れ落ちた。

「ほら、早く飲まなきゃ命に関わるよ。急ぎな?」


 平然と話しているが、さっきからアイアンクローをかまされながらも、執事は顔や胴体に対して暴れながら拳打、蹴りを繰り返している。

 周りからすれば、眼前に映るのは十分異様な光景だった。

「バタバタ煩い!」

 右手に掴んだ暗殺者ギルドのリーダーを、そのまま頭から床に叩きつけて失神させる。


 その攻撃を合図に、様子を見ていた三十人程の暗殺者ギルドの仲間達は、一斉に屋敷に入りリーダーの救出とターニャ殺害に動き出した。

「な、なんでこんな数がぁ! 無理に決まってる!」

「た、たすけてぇ!」

「逃げろ、逃げるんだぁあ!」


 アズオッサンは動揺する事無くターニャお嬢様の元へ歩くと、お姫様抱っこで持ち上げた。

「きゃっ! な、何を⁉︎」

「ちょっと我慢してね。俺の近くにいてしがみついてれば絶対に死なせ無いからさ。信じれるかい?」

 目の前の髭のおっさんは高々しく笑う。ターニャはゆっくりと頷いて、その胸元に額を寄せた。

(あれ? 凄くいい匂い、それに柔らかい……これは胸……この方変装なの? それにしてもなんて安心感なのかしら。このまま眠れそうな程に心強い)


「なんとかの絆の人達ー? 死にたくなきゃ俺の背後に来なーー」

「ばっかやろう! Fランクの新米の背中に隠れるなんざ、出来る訳無いだろうが!」

「そうだそうだ!」

 一瞬だけ殺気を放ち、冒険者達を威圧する。

「……死にたいのか?」


 その場にいた全員が、敵味方を含めて一瞬で身体が硬直して動けなくなる。呼吸がままなら無い程の殺気に、失神するものまでいた。

「お前らが守るのはこのお嬢さんだろ。それは今何処にいる? ここだ。分かったらさっさと守りに来い馬鹿共が!」

「「「はいぃ!」」」

 ターニャを囲んで全員で守る陣形をとるが、ここで問題が発生する。眼前には麻痺から回復していなかったBランク冒険者パーティーが人質にとられていた。


「ど、どうするんですの、アズオッサン様⁉︎」

「ん〜どうもしないよ。飲めって言った解毒剤をプライドから飲まなかったんだろ? それは自己責任だ。俺は動かんよ。ーーってか名前も知らんしな」

 呆れた様子に対して、ターニャは鋭い眼光で睨みつけて訴える。


「そ、それなら私が教えて差し上げますわ! あの短髪の剣士はマギル様、幼い弟を養う為に冒険者になったのですわ。右の緑髪の魔術師の女性はナーシル様、お師匠様に追いつく為に毎日魔術の修行を欠かさずしておられます」

「…………」


「左の身体が大きな戦士はバーチック様。妻と娘の為に頑張る優しいお方ですわ。一番後ろに倒れているのは治癒術師のハウム様、パーティーメンバーの体調だけでなく、心まで支える強い精神の持ち主です!」

「…………」


「どうですか。名前も性格も知ったでしょう! これでも知らないなんて言えますか⁉︎ 貴方には力があるのでしょう? なら守って。私だけじゃなく、その眼に映る人々を守ってよぉーー!」


 ーーお嬢様は屋敷中に慟哭を響かせた後、己の馬鹿馬鹿しい発言と無力さに泣き崩れた。おっさんは不動のままだ。

 周りの『ナミの絆』の四人も重苦しい顔をしながら、動けない自分自身の無力さに打ちひしがれている。


 暫くするとターニャの痛哭に対して、盛大な溜息を吐いた。

「はぁ〜〜〜。確かに知らなきゃ無視出来たが、知ってしまったらそりゃあ無視出来ないわなぁ」

 その台詞を聞いて目を見開いた。

(まさか⁉︎)

 項垂れていた顔を勢い良く上げる。


「私に出来る事なら何でも致します! お願いします。アズオッーーうむぅぅぅっ⁉︎」

 助けを請おうとした瞬間、唇を塞がれる。ターニャは完全にその気持ち良さに蕩けていた。

 周りの者達は絶句しながら、その光景を眺めている。

「何でもなんて要らないさ。君は良い女だ。唇が充分な報酬だ」


「は、はいぃぃ〜」

 白眼を向いて、お嬢様はそのまま気絶した。

「おい。何とかの誇りの四人。これから見た事は誰にも言うなよ? 言ったらーー」

 言葉を遮ると、『身体強化』を発動させ殺気を全開にした。

「「はぃいぃぃひゃぁぁあ!」」

「よろしい。じゃあ良い女のお願いだ。さっさと片付けるか」

 フワリと宙に舞うと、両手十本の指先に集中した『エアショット』を暗殺者ギルドのメンバーの額に向けて只管放ち続けた。まさに散弾と呼ぶに相応しい。ナナが的を自動的に調整する。


 困惑して連携が取れていないレベルから、ピエロ野郎の部隊に比べて所詮雑魚だと判断した。新しくアズオッサンモードの為に編み出しておいた新技を放つ。


「吹き飛べ! 『絶覇舞姫』!」

 幾重にも重なった衝撃波が掠っただけで捻れ、敵を吹き飛ばす。威力が強すぎる為にわざと外し、余波だけに留めておいた。

 ーー奥義一発で鉄剣は、その威力の強さに柄まで粉々に砕け散る。

(チッ! やっぱり脆いな)

『ナミの絆』の面々は顎が外れる程に口を開きながら驚愕し、震えていた。強さの次元が違い過ぎると……

 目を覚ましたターニャは夢見心地のままに微笑む。


 ーーやっぱりこの人は優しい人。そして強い人だと。

 あたふたしながら意識を失ったBランク冒険者パーティーに、無理矢理解毒剤を流し込んでいた。

「何で俺がこんな事まで……」ーーぶつくさいいながらも、その表情は力強く暖かかったのだ。


 貴族の娘は瞳に涙を浮かべながら思う。

(こんな人がいたんだ、醜い面をたくさん見てきた人族の中にも、こんな人がまだいるんだ)


 柔らかな瞳と笑顔を向け、アズオッサンを見つめていた。

 当の本人は、全くその事に気付きもしないままに……



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