第84話 『優しくない世界で……』

 

 レイアが『闇夜一世オワラセルセカイ』を発動させて、悪魔カトリーヌと対峙している頃、ヨナハ村ではもう一つの戦いが繰り広げられていた。


「村に死霊どもを近付けるなぁ! 『スパイクアロー』!」

「メムルは足を狙って! 私が胴体を燃やしてトドメを刺すから!」

「わかったよマムルお姉ちゃん! 『アイスランス』! いっけぇー!」


 ビナスの『禁術』の範囲外、または土の中にいた残り僅かな死霊は、ヨナハ村へ同胞を増やそうと蠢き寄っていた。

『風の導き』の三人は約束通り、村を守る為に戦っている。


 意識を失っているビナスを起こして頼りたかったが、レイアと共に戦いに参加しなかったのは身体に巻き付くあの呪印のせいじゃないかと、ガイルは推測していた。


「くっそ〜! 相性が悪過ぎるぞこいつら!」

 アーチャーであるガイルは、瞳や脳などの急所を貫く『ピンポイントショット』を信条にしていたが、ゾンビ達にはまるで意味を成さなかった。


「愚痴る前に膝を狙って? 機動力を削いだら私が焼き払うから!」

「はいはい! 頼んだぞ双子!」

「そうやって一括りにする所、嫌いって言ってたよ? マムルお姉ちゃんが」

「えっ? 何こんな時にサラッとお姉ちゃんを裏切ってるのメムルちゃん? アホな子だったの? 鉄拳食らわすよ」

 深い意味もなく、昨晩漏らした愚痴を密告する妹にマムルは目を見張る。


「マムルお姉ちゃんのそーゆーとこが、粗雑でモテないんだって言ってたよ? ガイルが」

「おぉぉい! おいおいメムルさんよぉ? 誰かと間違えてるんだよな? な? 戦闘中に殺人が起きそうな冗談は止めた方がいいぞぉ!!」

 こめかみに青筋を浮かべつつキレているマムルと、焦燥から滝の様な汗を流すガイルの姿を見てもメムルは動じない。


「ガイル〜? 私達ってまだ仲間として理解し合えてない見たいね。戦闘が終わったら語り合おうね! ーー主に拳で!」

 マムルは穏やかな口調で微笑んでいる。だが決して目は笑っていない。


「落ち着け! 僕達は共に死線を潜り抜けてきた大切な仲間じゃないか! 話し合おう? 人は話し合えば分かり合えるって婆ちゃんが言ってた!」

「遺言はそれでいいのかしら? わかったわ……」

「話し合う気が欠片もない、だと⁉︎」

「人は醜い生き物なのね……メムル悲しいよ」

 三人はふざけた話で場を和ませつつも、しっかりと死霊達を排除していく。伊達にAランク冒険者の資格を有してるだけはあった。

 しかし、徐々に死霊の数を減らし、余裕が出てきた頃に『ソレ』は現れる。


 ーーズルズル……ズルズル……


「グラトン……本当にゾンビになっちまったんだな。嫌な奴だったがそれでも元仲間だ! しっかり成仏させてやるからぞ!」

 ガイルは躊躇する事無く、頭部へ矢を放った。


 グラトンはレイアに粉砕された四肢を、カトリーヌに邪魔だと斬り落とされていた為、口に巨斧を咥え這うしか出来ない化け物へと変貌している。


 それでもゾンビになって脳のリミッターが解放された状態は、元々『力』のステータスが高いAランク冒険者の動きを、制限なく発揮していた。


 ーー痛みのない身体に、手足の先など不要だと言わんばかりに。


「死んでも人に迷惑かけるなんてダメダメじゃないこの豚っ! 『フレイムウォール』!」

 グラトンゾンビは避けることも無く魔術を食らうが、熱さを感じないのか炎壁を突き破り、ガイルへ突撃した。


「畜生! 信じられない化け物になっちまってるな!」

「もともとレベルの高い人間の死霊は、能力も相応に上がるって聞いた事があるよ! 気を付けて!」

 グラトンは口に咥えた斧を首の力だけで投げつける。凄まじい速度で迫る巨斧を、ガイルは木々を盾に防ごうと思ったのだが、刃は幹を破壊して、想像以上の衝撃を起こした。


 ーーガイルは晒した背中を、容赦なく切り裂かれる。


「ぐあああああああああああああ〜〜っ!!」

「逃げてガイルーー!」

「これ以上は傷つけさせない! 『アイスランス』!」

 グラトンの足を止めようと氷魔術をメムルが放つが、その氷槍は突如、見慣れた長剣によって砕かれる。


 双子は信じられないと目を見開き、特にマムルは現実を受け止められなかった。恐怖と動揺から思わず後ずさってしまう。


「ま、まさか……嘘でしょ?」

「ゔぅ、ぅう、マ、ムル」

 肩口から切り裂かれ、千切れかけた腕を垂れ下げたゼーダが、間に立ちはだかったのだ。マムルの絶叫が森に響き渡る。


「いやああああああああああああああっ⁉︎ ゼーダあああああ⁉︎」

「マムルお姉ちゃん落ち着いて……いつもの事だよ。思い出して……」

 冷静なメムルの言葉を受けてマムルは我に返った。項垂れつつ、涙で頬を濡らしながら呟く。


 ーー「優しくない世界か……」


 __________



 私とメムルは双子だ。記憶もない幼い頃に両親に捨てられ、南の帝国アロのスラム街にある捨てられた子供達が集まって暮らす施設で育った。


 みんなの母親の様に優しかったシスターシャイルは、艶やかな黒髪が特徴の三十代前半の綺麗な女性で、子供ながらに将来はこんな風になりたいと憧れたのを覚えている。


 よく、眠れないとシスターはみんなと一緒に布団に入り、絵本を読んで聞かせてくれた。


 他愛もない幼稚な絵本ばかりだったが、そんな中で私達は『ある絵本』に凄く興味を惹かれ、読んで貰った後、恐怖に怯えつつ抱き合って泣いたのだ。


 __________


【優しくない世界】


 あたしはパパとママと犬のペロの三人と一匹で暮らしています。毎日が温かくて幸せでした。ママの作るシチューはとても美味しいです。みんなで笑っていました。

 でも、ある日パパが帰って来なくなりました。あたしはママに聞きます。


「パパはどこに行ったの? いつおうちに帰って来るの~?」

 ママは答えました。


「あなたがいい子にしていたら、いつか戻ってくるわよ?」

 じゃあ、パパはすぐに帰って来てくれると思って喜びました。


「あたしはいい子だから大丈夫だね、ママ?」

 でも、ある日ペロがいなくなりました。あたしはママに聞きます。


「ペロはどこに行ったの? お散歩かなぁ?」

 ママは答えました。


「ペロは家族の所に帰ったのよ? あなたがいい子にしていれば、たまに遊びに来てくれるわ?」

 じゃあ、ペロにもまたすぐに会えると喜びました。


「あたしはいい子だから大丈夫だね、ママ?」

 ある日ママがいなくなりました。あたしは聞く人がいなくて困りました。ママとの約束でおうちからは出れません。

 一人で外に出るのは悪い子のする事だと言われているからです。だから、我慢してママの帰りを待っています。


 パパもママもペロも戻ってきません。あたしは食べる物もなくなり、水だけで我慢しました。


 水も無くなりました。あたしの身体がだんだん動かなくなって、横になっています。


 身体が動かなくなって声も出なくなりました。帰ってきて、ママ、パパ、ペロ……


 そんな中、突然目の前に黒い光が現れて話しかけてきました。でもあたしは声が出ません。


『頭の中で考えるだけでいいですよ』と言われました。


「こんにちはお嬢さん。いい感じに絶望していますね?」

『あなたは誰?』


「お嬢さんを救いに来た者です。パパやママに会いたくありませんか?」

『会いたい。会わせてくれるの?』


「勿論です。私はそのために来たのですから……」

『ありがとう! あたしはどうしたらいいの?』

 黒い光は部屋の中をくるくると回ります。


「私と契約すると念じてください。パパやママに会いたい、と」

『契約する! パパやママに会わせて?』

 喜びながら微笑みを浮かべる私の上で、黒い光がピカピカと光っています。


「はい……契約は成立しました。これで貴女の魂は私のモノです」

『どういう事? パパやママやペロは?』

「私は悪魔です。ただ嘘は吐きません。すぐに会えますよ? あの世でね?」

 あたしはこの時、この光が何を言ってるのかわかりませんでした。


「あはははっ! 意味が分かりませんか? 貴女のパパは魔獣に食われ、ペロは食料が足りないから貴女のママが殺して、とっくにシチューと一緒に貴女のお腹の中ですよ! 肝心のママはお金の為に身体を売って、その時犯された病で死んでます。どうですか? どういう気持ちですか? ねぇ? ねぇねぇねぇ⁉︎」


 あたしはその言葉を聞いて意識を失いました。その後、悪魔に魂を食べられて、人生を終えたのです。


「なんで魂を食べられて死んだあたしがこの本を書けるかわかりますか? 私がその悪魔だからですよ! 人間よ、絶望してますか? この優しくない世界は私達の格好の餌場だ。絶望してください。そうすれば、今宵悪魔が御許に参りましょう!」


 __________


「「ーーーーッ⁉︎」」

 私とメムルはその最後の台詞を読まれた瞬間に、恐怖に怯えて泣いてしまった。


「これは子供に読む本じゃないわねぇ? 誰が買ったのかしら」

 シスターは首を傾げながら、私達の頭を撫で続けてくれた。でも、あの時の恐怖は忘れたくても忘れられない。


「怖いね、メムル~!」

「怖いよ、マムルお姉ちゃん~!」

「二人とも仕方がないわねぇ。今日は私が一緒に寝てあげるわ?」

「「ありがとうシスター、大好き!」」


 ーーこの頃私達は、まだ世界は優しいって信じていたんだ。


 十歳になった頃、施設を立ち退けと怖い人達が毎日やってくるようになった。ここに何か別の建物を建てたいらしい。

 シスターシャイルは子供達を守る様に、その人達の脅しに立ち向かっていた。


「私の子供達を路頭に迷わせるわけにはいきません! 国から許可も得ています。退くのは貴方達の方ですからね!」

「……後悔しても知らねぇぞ、シスター?」

 捨て台詞を吐いて男達は去って行きました。私はメムルを守る様に立ちはだかっていたけど、恐怖で足が震えていたのを覚えてる。


 十歳の私達には、何の力も無かったから。そして、その夜買い出しに行ったシスターは家に帰って来なかったんだ。

 私達はみんなで身体を寄せ合いながら、シスターシャイルの帰りを待とうと頑張って起きていた。


 一人、また一人と眠りに落ちていくが、私とメムルは眠らない。


「なんでこんな時に、あの絵本を思い出すんだろう?」

「しょうがないよマムルお姉ちゃん。私達にとっても世界は優しくないんだから……」

「でも、メムルはシスターがいれば幸せだよ? お母さんみたいで好きだなぁ」

「それは私達全員が思っている事だよ。早く帰って来ないかなぁ」


 そんな話をしながら、いつの間にか私もメムルも眠ってしまっていた。


「きゃああああああああああああ〜〜っ!!」

「ーー何⁉︎ 何なの⁉︎」

 施設の女の子の悲鳴を聞いて飛び起きると、私達は急いで入口へと駆け出す。


「「〜〜〜〜っ⁉︎」」

 視線の先には、裸で放置されたシスターが転がされていた。体中に紫色の痣があり、幼い私でもシスターがどんな目にあったのか、容易に想像できる程に酷い姿だった。


「シスターーッ!!」

 私達はみんな大泣きしながらシスターの元に近付いたけれど、もう遅かったんだ。


「駄目、息をしてないよ。マムルお姉ちゃん……」

「なんでこんな事に……これからどうしたら」

 数日後、私達は施設を無理矢理追い出された。他の子供達の事など考えていられない、自分自身がどうしていいかわからなかったから。


 それからどれだけ時間が経ったのか、この頃は記憶が曖昧で思い出せない。私とメムルは食べる物も無く、空腹から死にかけていた。ーーそこに師匠が現れる。


「なぁ? 俺のところで魔術を学んでみないか? 見たところ二人には素養がありそうだ。死ぬ気で努力するというのなら、飯くらいは食わせてやろう」

「な、なんでもやります! ご飯を下さい! お願いします!」

 師匠は悪企みが上手くいった子供の様に、私達を抱えて自分の住む山小屋へ連れていった。


 それからの毎日が、地獄の様に厳しい生活だったのは鮮明に覚えている。


 魔術は使い方を誤れば暴発して自身の身を焼く。私は火属性の素養があったから、徹底して炎系統の魔術を教え込まれたが、失敗した夜は火傷の痛さに眠れなかった。


 一方メムルは私より魔術の才能が高く、水属性の魔術をするすると覚えていった。我が妹ながらこういう要領の良さにはイラッとしたものだ。

 七年が経ち、師匠から免許皆伝の証に『絶対に使ってはいけない魔術』を教わった。それは己の命を引き換えに魔力を爆発的に高める『禁術』だ。


 ーー言われなくても、私は使う気が無かったけど。


 帝国アロにはいい思い出が無かったから、私達は魔術を磨きつつお金を稼ぐ為に、冒険者になろうと北の国ピステアを目指して旅をする。


 そして、冒険者ギルドで出会ったガイル、ゼーダ、グラトンとパーティーを組んだ。信頼などしていなかったが、お金を稼ぐ為には必要な事だと我慢するしかなかった。意外にもバランスは良かったしね。


 でも、そんな中でも特にグラトンは風呂を覗くし視線が気持ち悪い。ゼーダはあたしの事をたまにエロい目で見てくる癖に、女には興味が無いとかほざいてるむっつり野郎だ。でも、嫌いではない。

 ガイルはなんとなく貧弱なイメージで好みじゃなかった。


 私は今までの人生を思い出しながら、ずっと答えを探している。


「いつになれば、世界は私達に優しくしてくれるのかな……」


 __________



「ーーガハッ!」

「お姉ちゃんっ⁉︎」

 ゼーダの剣がマムルの腹に突き刺さる。心のどこかでマムルは信じてしまったのだ。ゼーダが攻撃する筈が無い、と。


 双子の姉は内臓を貫かれて鮮血を吐き出しながら、妹にはにかんだ可愛らしい笑顔を向けた。まるで痛みなど感じて無いかの様に。


「す、きだ、まむ、る。すき、だ、まむる、す、きだま、むる」

「死んでから告白してどうすんのさ。何もかも遅いんだよあんたは。まぁ、私もか……」

 マムルはゾンビと化したゼーダの頭を撫でて、不意に抱きしめる。そこへ、グラトンが容赦なく首筋に噛みついた。他のゾンビも弱った餌を食らおうと一斉に群がり始める。


「あ~あ、しょうがないか。みんな一人は寂しいもんね? まぁ、豚はついて来なくて構わないけどさ。一緒に逝ってあげるよ。こんないい女が一緒ならあんたらも幸せでしょう? 最後くらいは、優しい世界であって欲しいよね」

 その台詞の直後に、マムルは体中の魔力を高め始めた。ゾンビ達は高まる熱を感じもせず、マムルの身体を貪り喰らおうと噛み続ける。

 血濡れの姿を晒しても、決してその表情に絶望は映らない。


「やめてぇーー⁉︎ お姉ちゃんがいなきゃ、私はこれからどうしたらいいのよぉ!!」

「駄目だ! 行くなメムル! 巻き込まれるぞ!」

 泣き叫びながらマムルの元へ向かおうと縋るメムルを、傷の痛みを堪えながらガイルが止め、引きずりながら力づくで後ずさる。

 その眼には涙が溢れていた。ガイルも仲間として平気な訳じゃない。


「お願いガイル! 離してぇっ! お姉ちゃんが行っちゃう! 一人でなんて駄目、私達は二人で一つなんだからああああああーー!!」

「すまないメムル、すまない……」

 マムルは妹の方を見つめると、眉を顰めながら困った顔をした。その瞳には同じく透き通る雫を溢れさせている。


「ごめんねメムル。後のことはレイアたんに任せた。さよなら、大好きだよ!」

 突如、マムルの身体から天と地を繋ぐほどの極大の炎柱が巻き起こり、周囲の全てを燃やし尽くしていく。死霊たちも、マムル自身も。


「いやあああああああああああああああああああああああああーーーー!!!!」

 泣き叫ぶメムルを抱きしめて、無理矢理に力を込めつつガイルは見たのだ。


 ーー炎の中で抱き合う、マムルとゼーダの姿を。


「どうか、安らかな眠りを……」

 祈りに瞳を伏せたまま、静かに涙を流し続ける。そんな中、二人からかつて聞いた話を思い出しながらガイルは思う。本当に世界は優しくないんだな、と。

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