第83話 『目覚める力』

 

 俺は『セーブセーフ』により二周目に戻ると、まず革鎧を外して服を脱いで着替え始めた。

 不意を突かれたとはいえ、一撃で殺されたという紛れも無い事実であり、デモニスがそれだけ強いのだと認めざるを得ない。


「ナナ、なんで接近に気付かなかったかのわかるか?」

「はい。マスターも私も気付かなかったのは悪魔デモニスが精神体であったからでしょう。気配を感じませんでした」

「じゃあ、索敵自体が難しいって事か?」

「マスターを攻撃した時に姿を現していますからね。この森の中で、今も実体化しているなら索敵は可能です」

 俺はナナの説明を聞いて、なるほどと先程の出来事を思い返して頷く。厄介な能力だ。


「今回はシルバに夢中で完全に油断してたなぁ。ナナに気を付けろって言われてたのにごめん」

「本当ですよ。マスターがいくら強くても不死なわけじゃないんですからね。次は油断しないようにしてください」

「あぁ、絶対油断しない。あいつシルバを狙ってたしな。あんなかっこいい銀狼を、変態悪魔なんかに渡してたまるか!」

「では行きましょう。今回ビナスはどうしますか?」

「前回と同じかな。デモニスを倒すのに力を借りたいけど、倒れた後が足手まといになるからね」

「マスターの隙に成りかねないと言う事ですね。分かりました」

 双剣をベルトにかけ、『風の導き』のいる一階へ降りる。俺の姿を見たガイル、マムル、メムルの三人は顎が外れそうな程に口を開き、驚きと共に絶句していた。


「お待たせ。説明してる時間が惜しいから簡潔に言うね? 俺が戦っている間、この村を守って欲しい。頼んでいいかな?」

「あ、あぁ分かった……その装備を前に反論なんて出来ないからな。貴女は一体何者なんだ?」

「メムル、あの鞘幾らすると思う?」

「想像もつかないけど、鞘にそんなお金を使う人を私は知らないよ。マムルお姉ちゃん……」

 俺は『女神微笑み』を発動して三人に応える。


「ただの冒険者……かな? さぁ、ビナスも着替えてきて」

「はーい。もしかしてその様子からすると、旦那様既に二周目?」

「あとで説明するよ、まじで油断しちゃいけない敵だったわ」

 俺はビナスを待っている間に、溜まっていたSTポイントをHP、力、体力、器用さに振り分けて準備を整える。


「ナナ、全部900ポイントずつ割り振っておいて? あと『神覚シンカク』も発動すると思うけど、その前に試してみたい事があるんだ」

「……思考をリンクしているので何を考えているかわかりますが、おすすめはしませんよ。あれは全てを食らう破壊の力です。マスターには相応しくない」

「わかってるけど油断はしないって決めたんだ。使えるモノは使わなきゃね」

 着替え終えて装備を整えたビナスを連れ、一周目と同じように『メルクオリフィア』を放ってもらう。


 悠々と死霊や魔獣を殲滅する元魔王の姿に、先程一度目にしたとはいえ、凄まじくビビった。ビナスは一度見られているからか、もっと驚かせたかったらしくて不満そうに拗ねている。

 俺は柔らかく頭を撫でながら、気絶したビナスをモビーさんと『風の導き』に預けた。


「さぁ、本番といくか!」

 両頬を叩き気合いを入れ直すと、森へ向かい『女神の翼』を広げて飛び去る。一周目の経験から、シルバの索敵は省けた。


「ナナ、やっぱり今の術も精神体で逃げたのかな?」

「私の索敵に引っかかっていませんから、きっとそうなのでしょう。先にフェンリルの方へ向かいますか?」

「そうだね。悪いけどシルバを囮にして、変態悪魔を釣ろう!」

 俺はそのまま銀狼の元に向かう。姿を見つけて近くに降り立つと、今度はこちらから『念話』を送った。


『初めまして、私はレイア。君と会うのは二回目なんだけど、仲良くしてくれないかな?』

『私を殺しに来たのならそんな芝居をする必要はないよ。好きにするといい。その胸当ての様にな』

『同じやり取りをする気はないんだ。敵が迫っていて時間も無いからね。一周目の世界で君に言われた言葉を伝えるよ』

『……何を馬鹿な事を言っているんだ? 私が誰かと話しなぞする筈がない。つくならもっとましな嘘をつけ』

 俺は瞼を閉じて、一周目のシルバに言われた事を一言一句違えないように思い出す。一歩前に進み出ると、両手を広げて敵意が無い事を示しながら語り掛けた。


「シルバよ、諦めているであろうお前に、今の私から伝える事はただ一つ。目の前にいる人間こそ我らが求めた光だ。強がってないで背に乗って貰え。きっと楽しいぞ」

 一周目の己からの伝言を俺が語り始めた途端に、シルバは目を見開いてすかさず起き上がった。そりゃあ驚くよね。わかります。


『なっ! なんでお前がその名前を知っている⁉︎』

『ふっふっふ~! 俺がお前の未来のご主人様だからだ! 驚いたか?』

『私をペットにしようとする人間がいるものか!』

『大丈夫だ。俺は女神だからな! 普通じゃないんだよ』

『嘘だ……そうやってまた人間は私を騙すんだな……』

 俺は軽く溜息を吐いて、美しい銀狼の元に歩き出す。シルバは身構えて疑念の目を向けてくるが、何故か動かないでくれていた。


『よーしよし、いいこいいこ~!』

 俺は思いっきり背伸びしてギリギリ届いたシルバの頭を撫でる。突然の行動に少し驚いたが、決して不快じゃなさそうだ。


(頭を撫でられるなんて、あの女の子以来だな。暖かい……)

 暫くするとシルバは撫でやすいように自ら伏せをして、そっと瞼を閉じた。溢れそうになる涙を必死で堪えているようで身体が小刻みに震えている。


 ーーやっぱり寂しかったんかな?


『俺をご主人だと認めてくれたかい?』

『お前は……私の背中に乗ってくれるか?』

『もちろんさ! 乗り回してやるから覚悟しろよ。よろしくなシルバ!』

『……初めての主、レイア。よろしく頼む』

 よし、デレたな。元々素直な良い子というか良いフェンリルなんだから、これから色々と楽しくなりそうだ。あとは問題を解決させればいい。


『じゃあ、最初の命令だ。デモニスっていう変態がお前を狙っている。すぐにここに来るから絶対に死ぬな。やばかったら逃げろ』

『そんな者、私が噛みちぎってくれる』

 俺とシルバは警戒を強めた。ナナの索敵と『ゾーン』、『霞』を発動させると、こちらから攻めやすいように気配を殺す。


『主は強いのか? 私が戦った方がいいんじゃないか?』

『大丈夫だ。戦闘が始まったら少し怖い思いをするかもしれないけど、俺を信じてくれ』

 するとそこへ、未だに姿の見えない悪魔デモニスの声が届いた。


「迎えに来たわよ私の可愛いフェンリルちゃ~ん? カトリーヌお姉さんといい事しましょう~?」

「うるせぇ、出て来いよ変態! 今度は跡形もなくぶっ殺してやるからさぁ!」

 俺の怒号を受けて、気配の無かった森奥から悪魔『カトリーヌ』が姿を現す。女性モノの下着姿を恥ずかし気も無く晒し、筋肉を隆起させる男。気持ち悪い事この上ない。


「変態なんて失礼ねぇ? 私の美しさがわからないなんて、これだから豚は困るわぁ? 私の事はカトリーヌお姉様と呼びなさい!」

「誰が呼ぶか! カトリーヌって顔と肉体してねぇだろ!」

『主よ、前言を撤回する。あれを口に咥えるのは嫌だ……噛み付きたく無い』

 シルバは若干蒼褪めている。生理的に嫌悪している様子だ。無理もないよな。


「ふぅ……可哀想な豚ねぇ。いいから私のフェンリルちゃんから離れなさいな? 豚の臭いが移ったらどうしてくれるのよ」

「さっきから豚豚うるせぇ変態! いいからかかって来いよ」

 俺は双剣を抜き、身体系スキルを全て発動させた。フェンリルの胸当てを撫でると『神速』を同時に発動する。


 挑発が効いたのか、カトリーヌは紫色の爪を伸ばすと凄まじい勢いで襲い掛かって来た。右爪を振り下ろそうとした瞬間、俺はカウンターで左足に下段蹴りをかまして体勢を崩し、深淵の魔剣で腹部を突き刺す。


「くらえ! 『朱雀炎刃・閻魔』!」

 怯んだ隙にすかさず『朱雀の神剣』の『神炎』で悪魔の身体を焼き尽くすと、俺は腹部の剣を抜き去り後方へ退がった。手応えは十分だ。


「…………」

 肉体が焼かれているのは確かだが、悪魔デモニスはこれだけの連続攻撃を食らっても、叫び声や呻き声一つ上げずに無言だった。


「なかなかの攻撃ねぇ。お姉さん熱くなっちゃったわぁ?」

 ブスブスと肉の焦げた臭いをまき散らしながら、見る間に肉体は回復していく姿に俺は目を細める。


「やっぱり簡単には死なないか。ナナが言ってた通りだな。それより死霊はビナスの広範囲魔術メルクオリフィアで潰した筈じゃないのか?」

「あらぁ? 豚の癖に詳しいじゃないの! お姉さんはグールやゾンビ以外に悪霊ゴーストも食べられるから無敵なのよ? まぁ、あの魔術のせいでかなり計画が狂った事だけは認めてあげるわぁ。あれも豚の仕業だったのねぇ。イラッとさせてくれるじゃないの」

「苛ついてるのはこっちも同じなんだよ変態! おしゃべりしてる余裕も与えない程ズタボロにしてやる。ーー『風神閃華・散』!」

 荒れ狂う竜巻の中を無数の剣閃が奔り、カトリーヌを飲み込みつつ身体を刻み続けた。


 連続してダメージを受けているのは確かだが、悪魔は両手を広げて勢い良く回転し始める。風の流れに逆らわず、それすら利用しているみたいだ。ハッキリと嫌な予感がした。


「ピルエット!」

 凄まじい回転が奥義による竜巻を散らすと、そのままの勢いでこちらへ突撃してくる。


「あれはやばっ⁉︎ 『聖絶』!」


 ーードガガガガガガガガガガガガガガガガッ!


 先程のお返しだと言わんばかりの凄まじい連続攻撃が襲い迫った。


 かろうじて『聖絶』で防ぐが、回転が止んだと思った瞬間、踵を振り上げたカトリーヌが『聖絶』の隙間を縫うようにして俺の頭部へ、まさかの踵落としを浴びせる。


「キャアアアアッ!!」

 倒れた俺の頭を踏みつぶそうとする姿が横目に見えると、シルバが『神速』を発動させ、前脚で悪魔を吹き飛ばしてくれた。冗談みたいな攻撃が相当痛い。一撃が重い。


『大丈夫か主よ?』

「あぁ。やっぱりあいつ強いなぁ。伊達に変態悪魔じゃないってわけか」

 カトリーヌはバレエを踊るダンサーの様にひらひらと飛び回っている。俺は完全に舐められていた。


「私の美しさは罪! 美の神さえも私の前ではただの豚! 無敵のカトリーヌお姉様に隙は無いのよぉ~!」

「ナナ、今『神覚シンカク』を発動したら、あいつを殺し切る前に時間制限タイムリミット来ちゃうよな?」

「その通りですマスター。敵がどこまで再生し、復活出来るか把握できていない以上、リスクが高いと進言致します」

「奥の手として『女神の心臓』も、ここぞってタイミングまで使わないでおきたいしな。『限界突破』でHPを減らすのも今は悪手だ……どうすっかな?」

 俺は思案しながらも、先程の様に再生出来ないレベルまで肉体を焼き尽くしてやろうと『女神の翼』を広げ、宙空から斬りかかる。


「荒々しいわねぇ? これだから豚の攻撃には美が無くて嫌だわ~!」

 カトリーヌは双剣を両爪で受けると、そのまま俺の右足を掴んで空中から引きずり落とそうと力を込める。俺もただ落とされるだけじゃなく、顔面を左足で蹴りつけた。


「グフッ! 私の美貌に嫉妬してるからって顔を狙うなんて許さないわよ! この豚ぁっ!!」

 掴まれた右脚が無理矢理引っ張られると、俺は凄まじいスピードで地面に叩きつけられる。


「ーーガハアァッ!」

 俺は攻撃を食らいながらも背後へ横薙ぎした神剣で変態の右腕を斬り落とし、魔剣による不可視の斬撃を放った。


 ーーしかし、どの斬撃も致命傷に成り得ていない。


「無駄だって言ってるでしょ〜? 醜い者は頭も悪いのねぇ」

 シルバは戦闘に介入したそうだが、繰り広げられた攻撃の激しさから押し黙って見ている他無い。下手に加わろうとしたら俺と連携が取れず、邪魔になる可能性が高いからだ。


 ペットの頭の良さに感謝しつつ、俺は更にカトリーヌの左腕を斬り落とし、右膝に神剣を突き刺すと、ようやく二メートルを優に超える巨体が地面に倒れた。


「今だ!」

 俺は力を振り絞り、全力で悪魔の首を両断して刎ねる。しかしーー

「もぉ〜痛いわねぇ! お返しよん? 『ラブビーーム』!」

 カトリーヌは首だけの状態でも飄々としており、こちらに向けて両眼からピンク色の光線が放たれた。


「いぃっ⁉︎ マジかよ!」

 俺はまさか身体では無く、刎ねた首から攻撃を繰り出されると思っていなかった為、もろに直撃を食らってしまう。ガードした両腕の皮膚が焼け爛れており、滅茶苦茶痛くてマジで涙目だ。


「痛てえぇっ! ギャグ見たいな技の威力じゃ無いぞこれ!」

「ふふんっ! 私の愛の深さを表しているのよ!」

 胸を張って踏ん反り返るカトリーヌに向かって、俺は深い溜め息を吐きつつ決意を固める。


「はぁっ……なるべく使いたくなかったけどしょうがないよな。ナナ?」

「絶対に一柱までですからね? 約束して下さいマスター」

「分かってる。いざって時は再封印を頼むよ」

 俺がお願いすると、ナナの主人格が表層に出てきたのを感じた。


「あの変態……マスターに余計な真似したね。約束破ったらオシオキだよ?」

「はいはい。最近のナナはどっか心配性だなぁ」

「……パパに死なれるわけにはいかないからね」

 聞こえるか聞こえないかという呟きが天使から漏れ出た直後、俺の全身に悪寒が迸る。何故か嫌な予感しかしない。


「ねぇ、今ボソッとなんか怖い事言わなかった?」

「何でも無いよー? 『神覚シンカク』はどうするの?」

「最初はこいつだけでいくよ……精神をもっていかれそうになった時はサポート宜しく!」

 俺達が相談している間に、悪魔の胴体へ首と四肢が集まり再生していく。なんでこの隙に俺が攻撃を仕掛けてこないのか、不思議に思ってるみたいだ。


「シルバ、少し俺から離れてくれ! 巻き込みたく無いから!」

『分かった! 主に何かあれば直ぐ駆け付けるぞ!』

「ありがとう。おい、変態悪魔! 謝るなら今のうちだぞ?」

「あははぁ! 謝るわけ無いじゃないのぉ〜? そっちこそ豚の癖に調子乗るんじゃないわよ!」

「んじゃあ、痛い目みて後悔しろ……」

 俺は一度瞼を瞑り、極限まで集中力を高める。ぶっつけ本番だが、身の内で眠っていた力の覚醒を感じていた。


 __________



「第一柱封印解除」

 ーーパリィィィィィィンッ!!

 レイアが告げた一言の後、ガラスが割れる様な破裂音が周囲響いた。カトリーヌは圧倒的な恐怖から肉体が震え出し、眼前の存在から放たれる威圧を受けて怯む。


「な、何なの……一体何をしたのか教えなさい! 私達悪魔デモニスの王にも近いその気配は、貴女の様な豚が持っていいものじゃないわ⁉︎」

「王? そんな奴がいるんだな。そいつもいつか『喰らってやる』よ」

「何を馬鹿な事を! もう遊びは終わり。死になさい! 『ラブ・スパイラル』!」

 カトリーヌの身体からさっきの怪光線とは比べ物にならない程の、太いピンク色のビームが放たれた。だが、女神は一歩も動きもせず、『聖絶』すら張らない。


 悪魔は『殺った!』と確信し、嬉々として拳を握った瞬間の事だ。光線を女神の周囲から発生した『黒手』が防ぎ、文字通り『消滅』させた。


 ーー「へっ⁉︎」


 女神は少しずつその姿を変貌させていく。肉体を闇が覆い、金色の翼に漆黒の羽が混ざり始めた。銀髪をメッシュに黒が染めて、双眸は右眼が金、左眼は黒に変わる。

 まさしく『金色の神気』と『闇』が混ざり合った姿。


 ーーレイアは悠然と佇みながら封印の一端を解き、目覚めさせた力を解放する。


「後悔すんなよ。『闇夜一世オワラセルセカイ』発動……」


 魂と肉体の狭間で男から得たのは制御の方法だ。自らの意思を保ったまま、初めて使用する、レイア本来の凶悪なリミットスキルが発動した。

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