第46話 とある奴隷商の人生の終わり。
目の前には突如輝く白竜が現れ、俺の足を踏み砕いていた。屋敷は半壊し、今も尚崩れ続けている。
奴隷商になって十年以上。今回攫った上玉を売り捌いたら、何処か田舎の地方でのんびり暮らすのも悪くないと考えていた。金は十分に手に入るだろう。
(その為にも、なんとかしてこの場を生き延びねばならない)
__________
焦燥するマクシムの元へ、金色の翼を纏った女神がゆっくりと歩いてきた。
「助けてくれぇ! 何でもやろう! 金でも家でも人でも! 望むモノを用意してやるぞ⁉︎ 俺が手に入れる事が出来ないものなんて無いのだぁ!」
女神は顔面蒼白で必死に命乞いをするマクシムを、楽しそうに微笑みながら眺めていた。表情の奥に光る、金色の双眸を覗いた瞬間に奴隷商は悟ったのだ。
己の人生は、今日で終わりを迎えるのだ、と。
__________
時は遡る。レイアはビナスの使用人からマクシムの屋敷の場所を聞いた直後、ナビナナに指示を出すと、今の自分が『女神の翼』で出せる最高速度で屋敷に突入した。
屋根を双剣でバラバラに破壊し、エントランスに降り立つと辺りを見渡す。
突如鳴り響いた崩壊音から、何ごとかと警戒しながら駆け付けた警備兵達は、心当たりがあるのか迷わず襲いかかって来た。
(こいつら俺が侵入者かどうかの判断に躊躇しなかったな。もしかして冒険者ギルドに居たのか?)
レイアは襲いかかる兵達の片脚を狙い、攻撃を避け流しながら舞う様に膝下を切断した。
「ぐぎゃあああああああああああっ⁉︎」
「あ、足が! 俺の足がああああ〜〜!」
「馬鹿な! こいつは装備が凄いだけのFランクルーキーじゃねぇのかよ⁉︎」
エントランス内を警備兵達の絶叫が響き渡る。耳障りだとレイアはその内一人の頭を踏み潰し、悠々と問い掛けた。
「俺の仲間が此処に来ただろう? マクシムのいる場所でもいいからさ。吐けよ」
「な、何をばかっ、ーーな!」
男が躊躇した瞬間に、有無を言わさず首を刎ね飛ばす。
覚醒した深淵の魔剣の黒き輝きがどんどん増し、主人の怒りに呼応していた。
「じゃあ、次ね?」
レイアは『女神の微笑み』を発動しながら、動けずにもがいている警備兵の頭を踏んで固定する。
「ま、マクシムは二階ですぅ! 新しく来た女達は地下の牢獄に閉じ込めてあります!」
「ふむ。素直でよろしい! じゃあ褒美にもう一本の足も斬り裂いてやるからさ、これからの人生を反省しながら生きなよ」
「は、話が違うだろっ⁉︎」
「うるせぇ……」
動揺する警備兵達を無視し、風切り音を生じさせながら双剣を振り抜くと、警備兵達の逆足を斬り裂いた。
先程の黒装束から頂いたポーションを振りかけ、出血による死を無理矢理食い止める。意識を失った者はまだいい。
気絶すら出来なかった者からすれば、これは最早拷問だと痛哭に呻いた。この先の人生を閉ざされたも同然だからだ。
そんな姿を見下しながら、レイアは冷酷な一言を吐き捨てた。
「マクシムのやった事を知っててそれに協力していたなら、お前らも同罪だろう? 馬鹿が」
__________
その後、レイアは地下牢に向かうと、鎖に繋ぎ留められた様々な獣人、魔人を発見する。そこには嗜虐趣味の限りを尽くされた悲惨な光景が広がっていた。
「あぁう、た、たすけ、て……」
「死なせて? お願いします。死なせてぇ……」
みんな瞳から光を失い、絶望の淵に叩き落とされながらも死ねずに、もがき苦しんでいるのが伝わる。
視力を奪う薬を盛られたのか、生きることから目を背け、自ら光を奪ったのかはわからない。
ただ、この場所で『心眼』を発動させてはいけないと、直感が警鐘を鳴らした。
「あとで必ず君達も助けるから待ってて?」
「無理よ……助けなんて来ない……」
「前もそう言って出て行った警備兵の人が居たの。でも、戻って来なかったわ……」
(この人達には言葉より、結果で生を感じさせた方が早いな)
すまないと思う気持ちが無い訳では無かったが、レイアは知らない他人よりも仲間達の方が大事だと再び奥へと進み出す。
暫くすると、一層大きな牢屋が見えてきた。他より堅牢な作りをしている事から、此処に居ると確信を抱いた。
「ディーナ! コヒナタ!」
二人は壁から伸びた鎖に繋がれ、逃げられぬ様に鉄球の足枷まで嵌められていた。気絶しており、ディーナは暴れたのか激しく傷付けられている。
服は裸同然で鞭で叩かれたようにボロボロに破れていた。身体中を這うミミズ腫れの痕から、何度も何度も繰り返された拷問の光景が脳裏を過ぎった。
『
殺気を必死に押し殺しながらコヒナタの鎖を断ち切ると、抱き抱えてそっと頭を撫でた。
「あ、あぁれ? レイア、様……?」
「大丈夫⁉︎ 助けに来たよ! すぐにこんな所から出してやるからね?」
「私よりもディーナ様を。反抗した所為で薬を打たれ、それでも暴れ続けたので先程までずっと鞭で叩かれておりました。首輪の所為でスキルも発動出来なくて、ただでさえ頭が割れそうに痛い筈なのに……私、見てるだけで何も出来なくて。ごめんなさい……本当にごめんなさい」
「そっか……君が謝る事じゃ無いよ」
安堵からか、恐怖を思い出したからか、ガチガチと歯を震わせながら号泣するコヒナタを横に置き、意識の無いディーナをそっと抱き寄せた。
「よく頑張ったね。さすが俺の竜だぞ? 待ってろ。お前を痛めつけた奴には倍以上のお返しをしてやるからな」
もう我慢出来ないと、レイアは激情に任せて二人の隷属の首輪を無理矢理引き千切る。
ディーナは人化していても相当の力を持っていたが、こんな事は『名も無き剣豪のガントレット』で力を二倍にしたレイアにしか出来なかった。
破壊音で気付いたのか、ゆっくりと竜姫の瞼が開く。
「あるじ、様か?」
「あぁ。二人共もう大丈夫だからな。今は少し休むといいよ」
「すまぬなぁ……竜化まで封じられ、妾が足を引っ張る羽目になるとは思わなんだ」
真白い相貌から悔し涙が零れる。こんな屈辱を受けた事など無かったのだろうと、レイアは再び力強くディーナを抱き締めた。
ーー絶対に敵を許さないと、憎悪に近い怒りを燃え上がらせながら。
____________
俺は不甲斐無さから意気消沈している二人を両手で抱き抱える。
そのまま安全な場所へ避難させようと歩き出したその時、『そいつ』は現れた。
「あぁ〜。勝手な事をしてもらっちゃ困るんだよ? 一体どうやって首輪を解呪したのか判らないけど、もう一度大人しく牢に戻ってくれないかな?」
小太りで、真っ赤な口紅を塗ったおっさんが階段上から降りてくる。服も奇抜で所々に高価そうなアクセサリーが光っていた。
その姿を見た俺の印象は『変態成金デブ』だ。はっきり言って想像以上に気持ち悪い。
「お前がマクシム?」
「そうだよ! 君は彼女らが言っていたレイアだろう? 何で向かわせた暗部は君を捕らえられなかったのかなぁ? 首輪を装着したという事までは報告を受けていたんだけどね。良かったら教えてくれないかい?」
「地獄で判るさ……」
俺は飄々とした軽さで語り掛けてくるマクシムへ怒りに任せて飛び掛かりたかったが、グッと堪えてナナに問う。
「ナナ、やっぱりいるか?」
「はい。先程から索敵のロックを外しながら、隠れ回っている者が一名おります。マスターや私に気付かれずに『隷属の首輪』を装着したのはこの者でしょう。余程暗殺スキルが高いのだと推測致します」
俺は推測が当たっていた事に驚きはしなかった。寝ていたとはいえ、ナナの索敵や俺の敏感な感覚に存在を気づかせなかった実力者が、必ずマクシムの傍にいる筈だからだ。
左右に頭を振り、わざとらしく辺りを見渡す。何かを捜す様な演技をしながら、見えない敵に向かって叫んだ。
「おーい出て来なよ! 隠れん坊する程子供じゃないだろ?」
俺の様子を見ていたマクシムが、愉快そうに笑い出した。
「おぉ! 何故襲い掛かって来ないのかと不思議に思っていたら成る程ねぇ。気付かれていたのか。国直属の暗部も形無しだなぁ?」
「……私の実力云々では無く、あの女がおかしいだけですよ」
いつのにか音も立てずにマクシムの背後に現れたのは、黒い全身タイツにピエロの様な仮面をかけた男。腕に籠手を装着している。
声は女性の『ソレ』だが、身体つきは男にしか見えない不思議な存在。
『女神の眼』でステータスを晒してやろうとしたが、何か不思議な力に阻まれて名前もわからない。思った以上に厄介な敵だと、その時点で警戒レベルを引き上げディーナの耳元で呟く。
「いざとなったら竜化してコヒナタを連れて逃げて。首輪が無い今なら大丈夫だろ?」
「いやじゃ……絶対いや……」
その隙に、マクシムとピエロ仮面の男は階段を登って地下牢を出て行った。
何か罠があろうが好都合だった為、俺は後を追ってエントランスへと出る。先程の警備兵達の姿は見えなかった。
傷付けられたディーナをコヒナタと共に背後の壁に横たわらせると、双剣を構え『剣王の覇気』を発動させた。初手から奥義を仕掛けて潰す。
「死ね! 『朱雀炎刃』!」
アズラとの特訓で『白虎雷刃』を双剣で使える様に編み出した奥義だ。
『朱雀の神剣』の炎が織り成す神獣が、深淵の魔剣の無数の剣閃と共に敵を燃やし尽くす。
だが、マクシムに朱雀が襲いかからんとしたその瞬間、黒い風呂敷の様な布が空中を舞う朱雀をふわりと飲み込んだ。
「何だそれ⁉︎」
炎はまるで吸い込まれていくかの様に消滅していった。
俺が何より驚いたのは、覚醒した深淵の魔剣の斬撃は半端な威力では無い。それを軽々と打ち消されたという事実から、ナナがある推測を立てて説明してくれる。
「マスター。アレはSランクの特殊なアイテムだと思います。能力は『無効化』でしょう。他に何か能力があるかも知れませんが、単発の遠距離攻撃は防がれます。『
「それで頼む。正直確かに驚いた。あいつ唯のピエロじゃないな」
視線の先にいるマクシムとピエロ仮面の男は軽口を叩いている。
「危ないなぁ! びっくりするからもう少し早く防いでくれ」
「馬鹿を言わないでくれませんか? これでもギリギリなのですよ?」
「本当かねぇ? それよりもやっぱりレイアは唯のFランクじゃない様だ。君のいう通りだったな。捕らえる事は可能か? 高く売れそうなのに勿体無いじゃないか!」
隠す必要も無いと言わんばかりの声量だ。明らかに俺を挑発しているのが分かる。
「隷属の首輪を外せる程の力を持った者を狙うのはオススメしませんね。命が幾つあっても足りませんよ」
「ふむぅ〜〜! 致し方無いかぁ。じゃあ殺しちゃって?」
「簡単に言ってくれますね? 努力はしますよ。努力はね?」
相手が油断しているなら隙を逃す手は無いと『神速』と『身体強化』を発動させ、俺はピエロ仮面の男の懐に飛び込み斬る。
だが、神剣の右薙ぎは小太刀に防がれ、魔剣の刺突は籠手に逸らされた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオっ!」
刃を交えている小太刀ごと地面に押し潰してやろうと力任せに押し込むが、仮面の男はその勢いを利用して背後に退き、再び闇に潜んだ。まるで重さを感じない手応えだ。
「見た目の美しさとは違えた化け物ですね。危うく左腕を失う所だ」
女性の声色が響くと同時に複数のクナイが多方向から降り注ぐ。冷静に俺の身体に向かう射線上のクナイのみを剣で弾き避けた。
「そっちこそ、仮面くらい外して顔でも見せろよ? そんなに自信が無い程不細工なのか?」
「ははっ! 暗殺者がターゲットに顔を晒すわけ無いでしょう? おや? 何か嫌な気配がするので、私はそろそろこの演目を退場させて頂きますね?」
「チッ! 気付かれたか!」
俺は舌打ちすると急いで『女神の翼』を広げ、宙に舞い上がった。
「逃す訳無いだろうが! 『
『黒炎球』を背後に隠せるサイズで発動させ、ナナに準備を任せていた『
(背後の二人さえ守れれば屋敷なんて全壊しても構うもんか)
それよりもこの敵を逃す方が、後顧の憂いに繋がると確信していたからだ。
「な、なんですかそれは⁉︎ ガハッ!!」
流石のピエロ仮面も初めて見る『
「死ねっ!」
俺はこの機を逃してたまるかとすかさず斬り込むが、あと一歩届かず、先程の黒い布がピエロを包み込み姿を消した。
ナナと索敵しながら探すが、気配も感じず姿は見つからない。逃げられたかと諦めかけたその時、何処からか声だけが響く。
「危ない所だ化け物め……これ以上は拙い。私をこれだけ追い詰めたご褒美に、その男は手土産として差し上げましょう。良かったですねぇ偽女神様。次はもっと貴女を楽しませてご覧に入れますよ……」
捨て台詞の後に、俺は完全に逃げられたのを悟った。奴の正体が気になったが、まずはこちらだと一人残されたマクシムの方を向く。
「馬鹿なぁ⁉︎ 依頼主を放って逃げるというのか! 何のために高い金を払ったと言うのだ! ミナリス様に報告しなければ!」
残されたマクシムは驚愕の表情を浮かべ、慌てふためきながら逃げ始めた。
「逃す訳なかろう?」
いつの間にか白竜姫形態となったディーナが、前爪でマクシムの足を踏み潰した。動けない様に足の骨を粉々に粉砕している。身体が大きすぎて屋敷が半壊じゃすまないレベルで悲鳴を上げてるんだけど。
「ぎいやああああああああああああああああああああああああぁ〜〜っ!!」
マクシムは『人間ってこんなに大きい声出せるんだね』と、思わせる程の絶叫を轟かせた。
俺はどちらかと言うと仮面の男に激怒していた為、あいつが何者なのか尋問を開始しようと迫る。
(さて、どうやって生まれた事を後悔させてやろうかな?)
命乞いを始めたマクシムを見下ろしながら、残虐な嗜好を巡らせた。
しかし、傷付いたディーナとコヒナタを前にして、冷静になれと自分に言い聞かせる。
この二人の前で怒りに任せて残虐な
「納得はいかないけどしょうが無いか」
俺はもうビナスの部下に尋問は任せて、二人を癒そうと背後へ振り返る。
「そ、そうだ。悪いの俺を唆した暗部なのだ! お前達を捕らえれば、売り捌くなり犯すなり好きにして良いと言っていた! ミナリス様の命令なんだぞ! 国が動いたのだ! 俺は悪くない。悪く無いんだ!」
マクシムは許されたと勘違いしたのか、饒舌に喋り始めた。うざい事極まりない。
「はっ? さっきから聞いてりゃあ本当に頭が悪いなお前。ミナリスさんが統率してる暗部に俺達に手を出す馬鹿がいる訳ないだろ。俺がどうやってここの場所を知ったと思ってるんだ?」
「一体何を……言ってるのだ?」
「だ、か、ら〜〜! 魔王様に教えて貰ったんだよ。どこぞの下衆に騙されたんだお前は。尋問の時にでも魔王様に聞いてみれば良いさ。安心して死ね」
俺はピエロ仮面の男に比べて、余りに小者である
「何を馬鹿な⁉︎ 国の紋章まで見せてきたのだぞ! 私が騙されるなどそんな事があってたまるか! 私は全てを手に入れてきたのだ! こんな所で終わる筈がなぁぁぁいい!」
次の瞬間、ーー『プチッ』という音がその場に響いた。
「煩いのじゃ! 黙れ虫ケラが」
何の音だと俺が振り返ると、ディーナがもう片方の爪でマクシムの頭を叩き潰していた。グロい。
「あっ……」
(情報を聞き出す前に殺しちゃ駄目じゃん)
だけど俺は地下の光景を思い出して首を横に振った。自業自得な最後だ。
「まぁいいかっ! そういえば何かを忘れているような気がするんだけど、思い出せない……」
__________
その数時間後に思い出して貰えるまで、レイアに色々潰されたアズラは口から泡を吐き、路地裏に寝そべり気絶し続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます