第47話 柔らかいとちっちゃいは正義。
マクシム邸事件後、俺達は街の衛兵に屋敷の奴隷達や負傷させた兵を引き渡し、事情を説明するのに時間を取られていた。もう朝が近く、徐々に陽が昇り始めている。
詳しい話はビナスに聞いてくれと言っても一向に解放してくれず、仕方が無いのでディーナとコヒナタの治療をしながら尋問に応えていた。
漸く解放されて落ち着いてきた頃、俺は今回の出来事を思い起こしてみる。
「考えてみれば、この世界に来て初めて人を殺したな……」
小さく呟くと、傍に居たコヒナタが手を握り、ディーナが抱き締めてくれた。
「私達を助けてくれたのは紛れも無くレイア様です。下を向かないでください。助けてくれてありがとうございました」
「妾は最初からずっと主様を愛しておるが、今日の主様は特に猛々しくて、惚れ直しそうな位かっこよかったのじゃあ!」
突然ディーナは舌を絡めて熱いキスを、コヒナタは頬の隙間にチュッチュと可愛いキスをしてきた。二人は顔を真っ赤に染める。
(あれ? 俺って何悩んでたんだっけ?)
一気に暗い気持ちは吹き飛んだ。特に普段キスぐらいでは赤面などしないディーナが可愛く見えて萌える。
「ありがとうね。本当に助けられて良かったよ」
俺は頭を撫でながら、もう一度二人を強く抱き締めた。
「ご、ごほんっ!」
そこへ、ワザとらしい咳払いをして俺の
(邪魔すんじゃねぇぞごらぁ!)
俺の瞳には明確な殺意が宿っており、睨まれた兵は蛇に睨まれたカエル状態に陥った。
「ひゃあぁ! ち、違うんです。邪魔をしようとかじゃなくて、アズラ隊長はどうなされたのですか? こんな時こそ隊長から事情を聞ければ話が済むのですが?」」
そりゃそうだろうと頷きながら相槌をうっていると、脳裏に忘れていた記憶が蘇る。
「…………ハッ⁉︎ アズラの事完全に忘れてたあぁっ! やばい! 気絶させた後路地裏の壁に何度も頭を叩きつけたのに起きないから、そのまま放り捨てたままだ!!」
「あんた、隊長になんて事してんだぁぁああああっ⁉︎」
衛兵の悲鳴が朝靄に溶けた後、俺達は急いで路地裏に向かった。するとそこにはピクピクしながら口から泡を吹くアズラがいたので、ヒールアスをかけて急いで回復させる。
「うっ……こ、こは……俺は一体?」
「よかった! 無事だったんだね! 敵の親玉に不意打ちを食らってやられちゃったから心配してたんだよ! 痛い所は無い?」
(えっ? ねぇ、さっきと言ってた事が違いますよね⁉︎)
俺の真横にいた衛兵は目を見開いて驚いている。心の声が聞こえる様な表情だ。演技下手だな。
「そうだったのか……すまない姫。俺が不甲斐ないばかりにまた迷惑を掛けた。頭と何故か下半身が痛むな」
「い、今は深く考えずにゆっくり休むんだ! 二人もしっかり助けたからね!」
俺はキレてボッコボコにした事実など無いんだと己に言い聞かせ、アズラに女神の本領発揮だとばかりに優しく接する。
「ありがとう。こんなんじゃ騎士失格だな……泣けてくるぜ」
項垂れるアズラの落ち込みようを見て、俺は再び衛兵と目を合わせて静かに頷いた。
((この嘘はバレてはならない。絶対だ……))
その後、アズラの治療もあったので話は後日に城で行うと約束し、俺達は宿への帰路へ着いた。
だが、次第に辺りが喧騒に包まれていく。俺が何事かと首を傾げながら宿へ近づくと、目に飛び込んだ光景は、二部屋分半壊したカナリアの宿だった。
まるで巨岩でも降ってきたかのように崩れ落ちている。
「一体何があったんだ⁉︎」
「あっ、うん……何があったんだろうね……」
俺はやり過ぎた事を実感し、渇いた笑いをするしかなかった。だってこの事も忘れ去っていたんだもん。
宿を何人もの人が修理している。深夜に破壊された宿を少しでも早く直す為に、きっと徹夜なんだろうと予測出来た。
「すんませんでしたああああああああああああああっ!!」
俺は見事なスライディング土下座をかますと、怒るどころか少し涙ぐんだ女将さんに抱き締められる。
「無事でよかった! あんたの様子が普通じゃないし、仲間もいないからきっと何かあったんだって、みんな心配してたんだよ!」
「心配……してくれたんですか?」
「当たり前じゃないかい! あんたらが悪い奴らじゃないなんて一緒にいりゃわかるからねぇ! 壊れた宿はみんなが協力してくれてすぐ直るさね。反省として、費用はちゃんと払ってもらうよ? アハハッ!」
女将さんは快活に笑いながら、俺の肩を叩いて励ましてくれた。
人は温かいなと感動した瞬間、不意に涙が頬を伝う。自然に『女神の翼』が発動していて、朝陽を背にみんなへ微笑んだ。
「ありがとうね」
そんな演出を狙った訳でもない。ただ感動してお礼を言っただけなのだ。しかし、その場にいた人達は一斉に跪くと、胸の前に手を組んで俺に祈りを捧げ始める。
女神の奇跡だと感動に打ち震えて、みんなが笑顔のままに泣き始めた。
俺は多少驚きながらも、御礼だと言わんばかりに空中に飛び、金色の羽根を宙へ舞い散らせる。
アズラは無理矢理立ち上がると、胸に大剣を掲げた。
「我が女神に忠誠を!」
騎士として嬉しいのか、ダメージが辛いくせにみんなを煽っていた。
「わあぁ! 奇跡が舞い降りて来たんだ! 女神が祈りに応えてくれたぞ~!」
「女神様ぁ~~! 綺麗~!」
朝から起こる歓声を聞いて、老若男女問わず終いには辺りの人々まで集まり出して
後に語られる『真』女神教の始まりになるとは、この時は誰も知らずにいた。
その後、俺は調子に乗りすぎたと隠れる様に仲間を連れて宿に入る。壊れていない部屋を女将さんに用意して貰った。
とりあえず休ませて欲しいと簡単な事情を女将さんに話し、アズラと別れた後に三人で風呂に入って汚れた身体を洗い流し合う。
コヒナタはカナリアの宿に引っ越して来てから、最初は照れていたが仲間外れは嫌だと一緒に入る様になっていた。
なんとなくさっきから妙な気まずさがあり、顔を合わせると照れ合ってしまう。何故だか胸も熱い。
「どうしたの二人共? なんか変だよ?」
「……なんか妙に胸がドキドキするのじゃあ。発情期でもあるまいに」
「私はわかってますけど。自分からなんて言えませんよぉ……」
(これはまさか⁉︎)
俺は相棒を確認するが、『一部身体変化』を発動させていないから問題は無い。暴発もしない。
(アリアもいるんだ。今はいかんぞ〜〜!)
途端に冷静さを取り戻し、眠れる相棒と奪われた野性に強く言い聞かせる。
しかし、俺の予想が事実であるならば、この先一体どうしようか悩んでいた。風呂を出て宿のベッドに寝そべると、右にディーナが寄り添い、逆の左側へとコヒナタが潜り込んで来た。
「???」
一体どうしたのか不思議そうに俺が見つめていると、ディーナは朝陽を遮るように部屋のカーテンを閉めて、徐ろに着物を脱ぎ始める。隣ではコヒナタが小さな手で上着のボタンを外していた。
__________
「ここからは、
『天使』
(まずいまずいまずいまずいまずいぞ~! 敵は本気だ。このままでは我が軍は攻め落とされてしまうぞ! 気をしっかり持て! アリアはどうするのだ⁉︎)
『悪魔』
(据え膳食わねばなんとやらだろうが馬鹿野郎! 女がここまで覚悟してんのに、びびってるとかてめえ本当に男か⁉︎
『天使』
(そ、そうだ!
『悪魔』
(ばれなきゃいいんだそんなもんなぁっ! 気づかないか? 相棒は力を取り戻している。早く俺を使えと今も力を溜めているんだあああああああああっ!!)
『天使』
(ダメだって。中身が漢でも、女神の身体なんだからダメだってぇぇ〜〜! 絶対後から「DO! GE! ZA!」コースだってぇ!)
ーー脳内では機関銃を打ち合う戦争が起きていた。勿論決着はつかない。
__________
俺の思考がショート寸前に追い詰められている所へ、ディーナが上目遣いで擦り寄りながら耳元へ囁いてくる。逆の耳にはコヒナタが近づいていた。
「子作りしよう? あるじさまぁ……」
「抱いてくださいレイア様。愛しています……」
『一部身体変化』と『身体強化』のスキルがダブルで自動発動し、封印されし相棒が立ち上がる。
(理性? 何それ美味しいの?)
俺は二人を思いっきり抱き締めて吠えた。
「どうなってもしんないからね! 可愛すぎる君達が悪いんじゃい!!」
制限時間一時間の異世界初体験は、柔らかくてちっちゃかった。幸せでした。
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