第33話 漆黒の女神と白竜姫。
「おい、天使! 『アレ』は一体どんな存在なんだ! 姫に一体何が起こっているんだ? 頼むから説明してくれ!」
今にも哭き叫びながら逃げ出したいと思わせる程の圧倒的なプレッシャーをその身に浴びながら、アズラは叫んだ。
「この現象こそが、マスターの本来のリミットスキル『
「あんなもんどうしろってんだ⁉︎ それに俺は忠誠を誓った姫に対して剣は向けられん!」
「そんな事言ってたら世界が喰われて終わっちゃうってば! ーーまぁ、私も止められる自信なんて全くないんですけど。寧ろ怖いから帰りたいんですけど。よりにもよって、女神様の強制召喚だから自我も保ててるし……タイミング最悪だよ!」
アズラは久しぶりに再会した天使の台詞に愕然としていた。何とかしなきゃと言いつつも、立ち向かう意志は皆無だ。
しかも帰りたいどと文句を垂れている。こいつに頼っては駄目だという確固たる決意のみが騎士に宿った。
「と、とにかく! 翼とか身体に直接関係ない箇所へ攻撃して! 峰打ちでも構わないから再封印を施す為の隙を作るの! ……多分無駄だと思うけどね! アズラは雑魚なんだから、もしかして死んじゃうかもよ?」
「この馬鹿天使! 無駄ならやらすんじゃねぇ! あと、いちいち余計な一言を挟まなきゃ会話も出来ないのかお前は⁉︎」
そんな作戦とも言えない罵り合いがヒートアップする頃、レイアの作った黒い球体が徐々に割れ始めた。
ーーピシッ!
卵が割れるような音を立て、中から出て来たのは『黒い透明な柩』。その中には瞼を閉じたまま、眠るように両手を組んだアリアが横たわっている。
「ゔぅぅぅぁぁあああああっ……」
呻きながら球体が上空に浮かび上がると、一気に殻が弾けて女神が姿を現わし、割れた黒い球体の欠片は形を変え、羽衣のように肉体の周囲へと展開した。
透き通った銀髪、金色に輝いた女神の瞳と翼は、全てが黒に染め上げられている。
何よりも大きな変化は身体の成長だった。百六十センチ半ばまで伸びた身長に、十七、八歳の顔付きに変わっている。また、胸も強調されて体に妖艶な色気を帯びていた。
「あれが、本当に姫だというのか……?」
アズラは己の目を疑った。恐ろしいのに身体ごと引き寄せられそうな魅力を感じる。今まで見たどの様な存在よりも美し過ぎる、と。
「これはやばいなぁ。女神様の力まで取り込まれちゃってる……封印された状態でこれって、反則過ぎるよマスター」
ナナは真剣な瞳でレイアを見つめ、聖弓を構えて攻撃態勢に入った。
「やるしかないよアズラ! ごめんねマスターッ! 『ホーリーレイン』!」
「姫を元に戻す為ならしょうがないのか。だが天使! 俺は翼しか狙わんぞ! 『真・白虎雷刃』!」
聖なる矢が無数に降り注ぎ、白虎は翼を爪で斬り裂くように襲い掛かった。
だが、二人が技を放った直後、アズラの両腕を闇のオーラから伸びた黒手が掴む。
ーーズドオォンッ!!
抵抗する間も無く、圧倒的な力で地面へと叩き付けられた。
「ガハァッ! ほ、解けない、何だこの力の強さは……」
アズラは限界まで『身体強化』を高めても抗う事の出来ない力と、大地に叩きつけられる強烈な衝撃に何度も意識を飛ばしそうになるが、歯を食いしばって耐えていた。
(ぐうぅ。どうしたらいい……こ、こりゃあ確かに俺じゃあ無理かもしれないな……そういえば天使はどうした?)
上空を見上げると、先程放った白虎は闇に纏わりつかれ、今、まさに食われて消失する瞬間だった。
ナナの放った無数の矢は漆黒の女神から伸びた黒手に軽々と折られ、放り捨てられている。
「い、いやああああああああああああああああぁっ!!」
ーーブチッ、ブチブチィッ!!
ナナもアズラと同じように上空を舞っていた所を黒手に捕まり、大地に引き摺り落とさた。
片翼を無理矢理引き千切られ、未知の恐怖と激痛に苛まれて絶叫する。
「このままじゃ拙い……絶対姫に味方を殺させる訳にはいかん!」
アズラは両腕を掴む黒手を護神の大剣で自分の腕ごと真っ二つに斬り裂き、血を吹き出しながらも脱出した。
すぐさま失禁しながら痙攣し、気絶している天使に駆け寄っていくと、傍に抱えて撤退を開始する。
同時に漆黒の女神はふわりと上空に舞い上がった。
『もう、お前達はどうでもいい』
興味を無くした玩具に向ける様な冷酷な視線を流すと、そのまま竜の山の方角へふらっと飛び去って行く。
「喰ライ尽クシテヤル、竜ハ、全テ滅ボス……」
呟きに応えて無数の黒手が次々に森へと伸びていく。それはまるで、黒い津波が森を飲み込んでいくかの如き異様な光景だった。
「グァ? ーーガアァァ?」
ドラゴン達は己に迫るものの正体が分からず、牙や爪を突き立てながらブレスを吐いて焼き尽くそうと暴れる。だが、徐々に肉体の感覚を襲う異変に気付いて困惑し始めた。
闇を斬り裂いた爪は黒く染まり、ブレスを吐く為に開いた口内へは異物が侵入した。気持ち悪さから吐き出そうとゴロゴロ地面を転げ回る。
しかし、次の瞬間視界に飛び込んだ光景は、いつの間にか消失した自分の爪や牙だ。身体が闇に削りとられ失われていく。
生涯感じた事の無い魔獣としての恐怖が本能を支配し、全力で逃走しようとした時にはもう既に遅い。下半身は内部に侵入した黒い異物に文字通り喰われていた。
ーー爪も。
ーー牙も。
ーー手も。
ーー足も。
ーー翼も。
ーー尻尾も。
ーー体も。
ーー最後に頭部も、闇に喰われていく。
とっくに死を迎えてもおかしく無い程のダメージを受けている筈なのに、意識を閉じる事は無い。生きたままに殺されていくのだ。
虚空に向かい哭き叫び続けるも、魔獣を襲った現実は何も変わらなかった。
竜達は必死に逃げるが、一度捕まれば闇が覆い尽くして骨も塵も残さない。世界から存在を消失させられていく様な不思議な感覚を抱く竜もいた。
こうして森に侵攻していた『竜の宴』を開催したドラゴン達は、一匹残らず闇に食い尽くされたのだ。
__________
レイアは森の様子を眺めつつ目線を上げると、山の麓から中腹を目指してゆっくりと羽ばたいていく。
「マダ、生キテル……感ジル……」
闇のオーラを放ちながら、合図を送るかの様に右手を竜の山へ翳すと、無数の黒手を伸ばし続けた。
竜は森の中にいる『竜の宴』で村を襲おうとした地竜だけではない。餌を手に入れて山へ帰った竜や、何も知らずにただ穏やかに暮らす竜もまた、竜の山にいるのだ。
中腹辺りから痛哭が山全体へと伝播する。地竜が混乱すると、闇を擦りつけ合うかの様に仲間割れを始めていた。闇に飲まれていく。飲まれ続けていく。
ドラゴン達は自分達が絶対に手を出してはいけない禁忌に触れてしまったのだと、己の生の終焉を覚悟していた。
絶望が闇と混じり合い拡散し続ける中、突如山頂から十五メートルを超えた美しい白竜が、眩い銀光を放ちつつ、山頂より舞い降りる。
それは竜達の王とも言える存在。生涯目にすることは叶わない天上の白竜が降りて来たのだ。
未だに食われ続けるドラゴン達は助けてくれと叫び続けるが、白竜は全く動かない。だが、レイアの方に少しずつ近づくと、穏やかな口調で語りかけた。
「初めまして黒き者よ。妾は白竜姫ディーナという。この山を統べる存在じゃ。仲良うしておくれ?」
漆黒の女神は何も答えずに、黒手を白竜へ伸ばした。ドラゴンは敵であり、どんな奴だろうが殺す、と。
しかし『
「無駄なことじゃ。妾のリミットスキル『聖絶』を発動させている間は、この世のありとあらゆるモノを通さぬし、逆に繋がりを絶つ事もできる。お主の力もなんとか防げたみたいだのぅ? とりあえず戦闘を停止し、落ち着いて交渉をせんかぇ?」
レイアは白竜の問いに答えず、無表情のままひたすら攻撃を続ける。常闇の宝剣を抜き、『聖絶』の結界を破ろうと斬りつけた。
それは剣術などとは到底呼ぶ事の出来ない力任せの斬撃。常闇の宝剣が悲鳴をあげるように、甲高い金属音が鳴り響いている。
「お主の怒りと嘆きは聞こえておったよ。妾の同胞がお主の闇に喰われたのも、致し方がないことであろうな……しかし、この山にはそんな事を何も知らず、穏やかに暮らす竜もおるのじゃ。産まれたばかりの幼竜までも食らう気かぇ?」
一瞬ピクリとレイアの瞼が反応したが、その瞳は変わらず黒に染められている。
「竜ハ、全テ死ネ……コレ以上奪ワセナイ……」
「はぁっ……頑固な奴じゃなぁ。これはしょうがないかのう?」
白竜はもう一度大きく上空に飛び立つと、とてつもない声量で山のドラゴン達へ咆哮を放った。
「聞けぇ! 同胞達よ! 貴様らの仕出かした事は黒き者の逆鱗に触れた! このままでは我らは全滅じゃ! 避ける術はない! よって、この者の我ら竜族への怒りと嘆きは、妾が全て引き受けよう! 今後、人里を狙う事を固く禁ずる! 掟を破りし時、まず敵となるのは妾だと知れ!」
竜の山から命令に呼応するかの様に、ドラゴン達の咆哮が反響した。
「ふむっ。これでよいな。あとはこちらかのう……」
白竜は振り返ると再びレイアの方に近づいていく。今も斬撃は止んでおらず、先程からずっと『闇夜一世』による黒手を繰り出し続けていた。
「お主の感情は妾が受け止めよう。同胞の代わりに妾はそなたの所有物となる。人間で言う奴隷じゃよ。それで許してくれんかのう? 妾も命が大事でな。殺される以外なら、何でも好きにしてくれて構わんよ?」
ピクピクッと、先程より分かり易くレイアの頬が反応した。
「そうか! この姿では現実味が無いから分かり辛いのう? どれ、久しぶりにやってみるのじゃ」
直後、白竜の身体が光輝いてみるみる小さくなっていく。
白光が収まった先には、白い着物を着崩した美姫が立っていた。長い白髪をサイドに束ね、大きすぎる胸が着物から溢れんばかりに主張している。
「どれどれ? おぉ、うまくいったようだのう。気に入ってくれたかぇ?」
降り注いでいた無数の攻撃が、明らかに一瞬止まった。
「マスター……もしかして……嘘だよね? そんな訳ないよね?」
ナナは戸惑いながらも、漆黒の女神に侮蔑の視線を向けている。
「人族は誓いに口づけをするのじゃろう? 妾は初めてだから胸が高鳴るのう!」
攻撃を『聖絶』でひたすらに弾いて、まるで何も起こっていないかの様に白竜姫は少しずつ近づいていくと、女神の顔を両手で抑え、一気に唇を重ね合わせる。
白竜は初めてなんて嘘かのように、激しく舌を絡め続けていた。甘噛みを混ぜながら吸い付いてくるテクニックが三分以上レイアを離さない。
「んむ⁉︎ んむうううううううぅっ⁉︎」
(何⁉︎ なんで俺めっちゃキスされてるの? この人誰⁉︎ でもやわらか〜い〜幸せぇ〜)
「プハァ! 上手くできたかぇ、主様よ?」
レイアの自我が表層に出た瞬間、抑えられていた女神の封印が再発動し、黒いオーラを沈めていった。
『今ですっ!』
「今だあぁ! このエロマスター!」
ナナが千切られて残った三枚の羽根をぎこちなく動かし空中へ飛んだ。背後から抱き着いて神力を流し込み、外側から封印を強化する。
髪が黒から銀へ波打つ様に戻っていき、黒い翼は羽根をまき散らしながら、光粒を放って消失していった。瞳はいつもの金色に輝いている。
「よかったマスター! 何とか無事だったね! 封印が強まった理由がちょっと最低だったけど。全身の骨がばっきばきに折れればいいのに」
ナナは穏やかに微笑んでいた。しかし目は決して笑っていない。口元も三日月を描いている。
「こ、こは? 俺は一体どうなって……? あ、アリアはどこに?」
女神は意識を覚醒させると、眠り姫の様に黒い棺の中で横たわるアリアを見た。
「ナナ、これは一体なんだ?」
その問いに対して、天使が教えていいものか逡巡しながらも答える。
「マスターが作った特殊な結界だよ。アリアはこの中で時間を止める事でかろうじて生きてる。だけど目を覚ますのも、この結界が解けるのが何時になるのかもわからない。天界に連れて行って少しずつ治癒しながら結界を解いていくしか、今は方法が無いんだよ」
「死んではいないんだな? 『女神の腕』の再使用時間が過ぎてから、完全治癒を使って回復させるんじゃ駄目なのか?」
ナナは悲痛な表情を浮かべながら、頭を横に振った。
「それじゃ結界は解けないんだ。焦っちゃだめだよマスター? きっとまた会える。信じていれば、必ず会えるんだよ?」
「……そうか」
レイアは暫く無言のまま考えこんだ後、ゆっくりとアリアの元へ近づいた。悔しさと無力さに打ち震えている。
「……ごめんねアリア。俺、次会える時までに絶対もっと強くなっておくから。旅の途中に結界を解けるスキルも探して、必ず迎えに行くから。命に賭けて誓うから。だから今は……バイバイ……」
頬へ涙を伝わせながら、懸命にアリアへ微笑みかけた。
(きっと彼女が見たい顔は、泣き顔や怒った顔じゃ無い筈だから)
ナナはその様子を見て頷くと、アリアの棺を浮かせて神界へ繋がる陣へと消えていった。その姿を見送り終わった後、レイアは意識を失って崩れ落ちる。
側に控えていたアズラは急いで駆け出して、倒れる主人を支えながら両腕で抱き抱えた。
「無事で良かった。しかし、これは大丈夫なのか? 治るのか?」
アズラは首を傾げた。身体の大きさが戻っていないが、己の主は大丈夫なのか、と。
そう、レイアは幼女から色気ある年頃へと成長したままだった。
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