第32話 狙われたアリア。
「ちくしょう! やっぱりこいつ知能が高い! さっきの『天獄』と『滅火』を見て対策を立ててやがる!」
俺は『女神の翼』をはためかせながら空中を飛び回り、黒竜のブレスを避け続ける。『黒炎球』を出そうにも執拗にブレスを吐かれ、レーダーによるロックを掛ける隙がなかった。
赤竜との合体技も考えたのはこいつだろう。だから決して舐めちゃ駄目だ。前回の反省から集中を切らさずに、黒竜の一挙手一投足を警戒し続けていた。
アズラは下方の森で襲いかかる五匹の地竜を相手にしてて、こっちには向かって来られない。
「しょうがない、隙が出来るまで地道にHPを削っていくしかないか!」
『剣王の覇気』を発動させ、双剣に気を流し込み強化する。同時に『神速』と『身体強化』を肉体に施して黒竜へ突撃した。
出来る事なら『天獄』で一気に決着をつけたかったが、それが出来ない以上、接近戦に持ち込むしかない。
ブレスと爪を避けながら鱗を削る様に胴体を切り裂くと、遂に『ソレ』は起こった。
ーーパキィィィィィンッ!!
音を立てて、鉄剣の刃が欠ける。
「チッ! やっぱり脆い!」
俺は舌打ちしつつ迫る尻尾を避けながら、付け根に常闇の宝剣を突き刺した。そのまま黒竜の背中へと回り込み、『風神閃華』を放って鱗をごっそり削り取る。
だが、欠けた鉄剣の所為で、威力の弱体は免れないみたいだ。
「グルウウウゥ……」
次の瞬間、黒竜が呻き声を上げながら尻尾を振り上げると、不意に胸部を激しく叩きつけられた。木々の中を吹き飛ばされ、右足に枝が突き刺さり負傷する。
「〜〜ッ!! まだまだぁ!」
黒竜の高速で襲い掛かる爪と斬り結ぶと、常闇の宝剣の袈裟斬りで前脚を切断し、態勢を崩した状態へと持ち込んだ。
俺はその隙に舞い上がり、脳内レーダーを起動させて黒竜をロックする事に成功する。
させるものかと言わんばかりに、空中に飛び立ちブレスを放とうとする黒竜へ、俺は静かに呟いた。それは死の宣告にも等しく、様々な感情が入り混じった言葉。
「……消えろ。『天獄』」
必死に翼を翻して『天獄』を避けようと足掻く黒竜へ、無慈悲なる赤光が降り注ぐ。
「やったか……」
断末魔を上げる間も、堪える間も無く消滅していく様子を見ながら、俺は小さくガッツポーズを取った。
同時に気が緩んだのか、全身の力が抜けてそのまま意識を失う。
それでもやり遂げたという、確かな充足感を得ていたんだ。
__________
時は遡る。ビッポ村の直ぐ近くの林道を『そいつ』は息を潜め進んでいた。他のドラゴン達とは違い、つい最近人間の肉を喰らい、味を占めていたのだ。
あの柔らかい肉の感触、滴る血、軟骨の美味さを忘れられない。
前は邪魔が入り、思う存分食べられなかったからか、日常よりも遥かに飢えていた。
少しずつ、少しずつ人間達に気付かれない様に村へ近づいて行くと、其奴は思わず駆け出したくなる衝動を抑えるのに必死だ。すると、この前食べた肉の匂いがする。
(あの美味かった肉がまだあるのか?)
生きていたのかと確信した瞬間、舌舐めずりをして我慢は限界に達した。一気に『そいつ』は村へ駆け出して行く。
『アリアの肉を食った地竜』
そいつは匂いを辿り、一直線に村人が集まっている広場に向かった。
地響きから自警団がその存在に気付き、悲鳴を上げつつ地竜を必死に攻撃するが、ダメージを殆ど与えられない。
元々まともに相対した状態でも、撃退する事で精一杯だという力の差があるのに、奇襲を仕掛けられ動揺した状態では、混乱から連携を取ることさえ出来ずにいたのだ。
ハビルは何事かと悲鳴の方向へ馬を走らせるが、通りの角を曲がった直後、目の前に現れた地竜に爪で弾き飛ばされる。
民家の壁に勢い良く叩き付けられ、ズルズルと崩れ落ちて意識を失った。
自警団の長は必至に弓を構え、鉄の鏃のついた矢を放ちながらも鱗に弾かれ続ける。自分達ではこの地竜は抑えきれないと、レイア達に向けて伝令役を走らせようと指示を出した。
「女神様が戻るまで足留めするんだ! 決して無理をするんじゃない! 村人を守る事を優先しろ!」
地竜から離れて気付かれない様に馬小屋へと回り込んだ伝令役は、馬に飛び乗ると必死にレイアの元へと駆け出した。
残った者は一心不乱に何処かを目指して走る地竜を追いかけるが、動きが早過ぎて人の足では追い付けずに引き離されていく。焦りから余計に統率も乱れていた。
その時、自警団の長は不思議な違和感を覚える。これだけ攻撃されても地竜の攻撃の矛先は、こちらへと向かない。
(一体あの竜は何を考えているのか……)
その答えが解るまでに、然程の時間は掛からなかった。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
広場に向かった地竜に追いついた自警団の面々は、そこに映る光景に絶句する。
一瞬の出来事だった。広場に着いた地竜は他の村人に目を掛ける事なく、一直線にアリアの元へ襲い掛かったのだ。
ーーゴクリッ!!
そして少女は抵抗する間も無く、地竜に肉体を丸呑みにされた。
自警団は吐き出させようと槍や剣で腹を突くが、地竜は前脚の爪を振り回し、次々と男達を吹き飛ばしていく。ある者は足を切断され、ある者は腹へ爪が突き刺さり、血を吐き出しながらその命を散らせた。
「ギャ、ギャ、ギャ〜〜ッ!!」
満足そうに嗤い声を響かせながら、地竜は走り出す。村の建物を破壊しながら森へと向かい、暫く離れた所で獲物を吐き出してゆっくり肉を味わおうと考えていたのだ。
足りなければ先程の奴らも食えばいいと歓喜に震える地竜の口元は、魔獣らしく裂けるような笑みを浮かべていた。
当初の目的は果たしたのだから、取り敢えずは邪魔が入らない内に食事にしようと森の内部で座り込む。
ーーゾクリッ!
地竜の背筋に恐ろしい程のプレッシャーが襲い掛かった。まるで己が捕食される側に回った様な恐るべき感覚。
一体これは何だと、キョロキョロと辺りを見渡して警戒心を最大にした。そこへ、突如上空より黒い斬撃が放たれ、足と尻尾を切り裂かれる。地竜は驚きと苦痛から絶叫した。
「ギャギァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜⁉︎」
追撃を避けようと身体を転がし回るが、切断された尻尾の付け根辺りに輝く大剣が突き刺さる。
あまりの激痛に思わず大きく首を上げた瞬間、反応する間も無く幼女に一瞬で首を斬り落とされ、地竜は絶命した。
「アリア! 返事を、返事をしてくれぇ!」
竜の死体へ呼び掛けつつ慎重に胴体を斬り裂き、腹の中にいるアリアを引きずり出す。
だが、血に塗れた少女は竜の酸で肌を溶かされ瀕死だった。レイアが再生させた美しい肌は見る影もない。
「ああぁ、ひどい……何でこうなるんだ。今度こそって、上手くいってたのに……何で……」
レイアはひたすらに焦っていた。『セーブセーフ』によるやり直しはもう出来ず、『女神の腕』は再使用期間が足りなくて使えない。
アズラも二人の元へ駆け寄ると、少女の状態を見て顔を背けた。
騎士として、作戦の打ち合わせの際に予めアリアに使った治癒能力の再使用期間が長いデメリットを聞いていたので、主人の混乱と焦燥の理由は痛い程に理解出来る。
「ヒール! ヒール! ヒール! 治れ、治れよおおおおおっ!!」
レイアは縋るようにヒールを唱えるが、皮膚へのダメージが大き過ぎて効果を発揮しない。女神や騎士と違い、この子はただの少女なのだと痛感させられる。
所詮ヒールは回復系魔術の初歩だ。一定以上のダメージは回復出来ないと頭では分かっている。
だが、諦めない。諦める事など出来無いと泣きながら唱え続ける頬に、そっとアリアの手が触れた。
ーー少女の微笑みは、慈愛に満ちていた。
嫌だと泣き続けるレイアを見て、眉をクシャッと顰めて困ったような顔をする。痛みに悶える姿などちっとも見せず、アリアは最後の言葉を紡ぎ始めた。
(命の灯火が消えていく……アリアの体温が冷えていく……どうしたら、どうしたらいいんだ……)
「なかないでわたし、のちいさな、めが、みさま。ゴホッ! な、なんども、めいわくか、けてごめん、ね? だいすき、だ……よ? あい、してる……出会えて、よかった」
その言葉を最後に、だらりとアリアの身体が弛緩して、握っていた掌は地面へと零れ落ちた。
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!」
女神は痛哭に呻きながら声を漏らし、脱力した身体を全力で抱き締める。
(なんで? どうして? アリアがなにをした? だれのせいだ? どうしておれのたいせつなものをうばう? なぜうばわれなきゃいけない? なぜ? なぜ? どらごんのせいか? もうやりなおせないんだぞ? だれだ? もうもどれないんだぞ? 「また」うばわれるのか? 「また」うばわれるのをみていなければいけないのか?)
思考が黒く染まる。憎悪と悲哀に呼応するかの如く、肉体を闇が纏い始めた。
__________
竜ノセイダ。
アリアヲ、奪ワセテタマルモノカ。
滅ボシテヤル。
喰ライ尽クシテヤルゾ、貴様ラ。
__________
『いけない!』
どこからか、焦燥に満ちた声が場に響く。
ーードグンッ! ドグンッ、ドグン! ドグンッ! ドグンッ! ドグンッ!!
女神の身体が中から突き破るような不自然な音を立てて、宙へと跳ね続けた。
「姫! 一体どうしたんだ⁉︎」
アズラが駆け寄るが、突如見えない壁に大きく弾き飛ばされた。すると、またどこからか声が聞こえる。
『封印が四柱まで強制解除された! 女神の権限を持って天使ナナを強制召喚! 外から神力を注いで封印を強化して! 急いで! また、ーー世界が壊される!』
上空から光が降り注ぎ、現れた天使はすぐさまレイアに駆け寄った。自らの手を翳して封印を強化しようと神力を流し込む。
「マスターしっかりして! 自分を見失わないで! 『ソレ』は絶対発動させちゃ駄目な力だよ! 戻れなくなる!」
ナナが必死に叫びながら力を注ぎ続けるが、レイアの肉体から黒いオーラが漏れ出し、『ソレ』はアリアを飲み込むと、周囲に別の空間を形成するかの如く、景色を変貌させてゆく。
『拙い!
アズラは抑えきれない恐怖から諤々と、恐々と、心底震えていた。
今迄の人生でこれ程の衝撃を受けたことは無い。許されるなら亀の様に身体を丸めて怯えていたいが、自らの主人の前でそんな真似は出来ない。
目の前で一体何が起こっているのか。最早理解出来る範疇を超えてしまっていたが、一つだけ確かだと確信を持てる事があった。
「アレ」はこの世にあってはいけないものだと、本能が死に捉われまいと絶叫している。
闇に呑み込まれた女神は、黒い放電現象を起こした球体へと変貌を遂げた。
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