第26話 花冠と、理不尽な天使再び。

 

 レイアは腹を抱えて宿のベッドで悶えていた。 


「うぅ〜〜お腹がぁ……あっ、お花畑が見えるよ! 貴女は誰? お婆ちゃん? もしかしてお婆ちゃんなの?」

 横ではアリアにはアリアが控えており、まるで自分のお菓子のせいだとは微塵も反省していない様子でニコニコと微笑んでいる。レイアは漢たるもの、時には撤退する勇気も必要だと反省した。


 暫くすると体調は大分良くなったが、急いでセーブセーフを解除した。また朝に戻ったらお菓子がやってくる。

 全MPを無駄にしたがそれだけは避けたい。避けなければならない。


 それにアズラにもう一度説明するのも面倒だった。『セーブセーフ』の「自分の記憶」のみが戻るデメリットを思い知る。

 レイアは今日の特訓はもう無理だと諦め、隣にいる少女の頭を撫でた。


「でか、けませ、んか?」

 すると、アリアが突然レイアを誘う。

(どこかに行きたいのか? 正直遠出はキツイな……)


「いいけど、何処にいくの?」

「ちかく、にきれいな、ば、しょ、があるの」

 目的が決まっているならばいいかと、ベットから起き上がり服を着替えた。


 ロリ女神は膝下程の長さの淡いベージュ色のワンピースに、宵闇の宝剣のみを腰に下げる。一応剣は何か不測の事態が起こった時の対処の為に持っていたい。

 アズラは一人で稽古に出かけていたので、アリアと手を繋ぎながら村を歩いた。


「はあぁ! ありがたや女神様〜!」

 村長ハビルの話が広まり、老人達はレイアを女神として崇め奉る。そして、それとは別に離れた場所では村の若い男たちが、

「レイアちゃん発見。今日の服はワンピースだぞ! 急いで絵描きを呼べ! 時間が無いぞ! こんな機会逃してたまるか!」

(うん、丸聞こえだよ。気持ち悪いなぁ)

 ファンクラブ、「レイアちゃんを守る会」が村で結成されていたのだ。


 まだ数日しか経っていないビッポ村でこれだ。レイアは気持ちが悪いと目を細めるが、十歳で村人にそんな思いを抱かせる程の、自分の容姿が原因なのだと気づいていない。


 アリアは隣でニコニコと機嫌が良さそうにしていたが、村を出て暫く歩いた後、森の中に足を踏み入れると徐々に身体が震え出した。


「大丈夫? 辛いなら戻ろうか?」

 レイアが心配しながら問うと、首を横に大きく振って力強く前を向く。


「へ、いきです、みて、もらいたい、から」

「そっか……ここからもう近いのかな?」

 アリアは頷きつつ手を引いた。そこから五分程歩いた先には、一面に広がる黄色い花畑があったのだ。


「綺麗だ……」

 花に感動なんてするのかと、レイアは自分自身の口から零れたセリフに驚いている。それは作りものじゃない、自然が生み出した美しさ。小さめの花弁が隙間無く地面を埋め尽くしている。

 アリアは花畑の中心に座り、何やら茎の根元を折ると花を編み込みだした。


 幼女は一緒に横でふむふむと指の動きを確認しながら、真似をして花を編み込んでいく。一周させて両端を結びつけると、頭に乗せられる位の花冠ができた。


 まず、アリアがレイアの頭に花冠を乗せる。それに応える様にお返しだとアリアの頭に、出来の悪い花冠を乗せた。


「うふふっ」

 アリアが嬉しそうに笑っていてとても可愛い。レイアはロリコンでは無いが、可愛いものは可愛い。余りに幸せそうだったから、つい、つられて笑った。


 少し驚かしてあげようとスキル『女神の翼』を発動させると、金色の翼が広がり、輝いた羽根があたりに舞う。地面に広がる黄色い花畑が光に照らされて、二人のいる空間を煌輝が包んだ。


 アリアはその光景を目の当たりにして思わず手で口元を塞ぎ、涙を溢れさせていた。女神は優しく微笑んで手を差し伸べる。

 そんな中、美しい感動のシーンをぶち壊す存在がいた。ーー主人格ナナである。


「あの~いい雰囲気の所悪いんですけど、私正座させられてるんですよ〜」

 レイアは何も聞こえなかったことにして、微笑みながら少女の手を握り、スルーした。


「あっ、無視とかする? しちゃうんだ? 何いい歳したおっさんがお花畑で花冠作って、キャッキャ、ウフフしてんの? 普通にドン引きだよ。女神様の身体じゃなくて、アズラがそれやってるの想像してごらん? どう? フフッ、ねぇ? どうなのロリコンマスター?」


 レイアは額に青スジを浮かべながらも、スルーし続けた。

(もってくれ俺のグラスハート。アリアの思い出を壊してはいけない)


「いいから早く上司へのお願いを撤回してよ。もう何時間説教食らってると思ってるの~? いい加減飽きたのよ。マスターも私がいないと困るでしょ? ほら、いってごらんなさいよ。すみませんでしたナナしゃま~! って。素直になるのは大事な事だと思うの。今なら許してあげなくもないのよ?」


 怒りが天元突破しそうな天使の台詞を聞いて、ロリ女神は脳内で強く願った。

(ナナが全然反省していません。目の前でしょぼんとしていてもそれ演技ですよ。騙されないでください。その天使に更なる粛清を!!)


「ん? なんか身体が重くなった⁉︎ 何これ! 神力強まってるんですけど⁉︎ マスターもしやまたなんか余計な願いした⁉︎ アッ! だめだこれ痛いやつだ! いたたたっ! ああああああぁぁ〜! 無理無理無理だって裂けちゃううううううっ!!」

 何が裂けるのか気になるところではあるが、レイアは心の中で上司に深い感謝を述べた。いつか会えたら肩でも揉ませて頂きたい、と。


「そろそろ帰ろうか?」

 再び手を繋ぐと、二人で花冠をかぶったまま村へ帰った。

 それから数日間、アリアはいつもレイアの側で微笑みながら幸せな時間を過ごした。何故か気が付くといつも背後にいる存在に、いつしかレイアも気を使わなくなっていた。


 ーーお風呂も、ご飯も、寝るときも一緒だ。


「なんか幸せだなぁ……」

 幼女の何気ない呟き。朝からアズラと特訓してお互いの弱い箇所を教えあい、実践形式で改善していく。新しい技を一緒に考えたり、お互いをライバルと認めて高め合うのは面白かった。


 スキルは増えないが、双剣の技術はかなり上がっている。特訓が終わるとアリアと遊んだり、買い物したり昼寝したり、まったりと過ごしていた。

 そんな生活が続き、レイアは穏やかな幸せを感じていたのだ。


(この異世界に来て良かった!!)


 その頃、森には異変が起こっていた。レイアとアリアとアズラ。三人は否応なく、その事件に巻き込まれる事になる。

 まるで見えない誰かが、逃げ出すことなど許さないと嘲笑っているかのように。

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