対価いただきました。

ァノレト【ʌnÓlet】

対価

 僕が異変に触れたのは、月末の給料振り込みを確認した時だ。

 友人といえる存在もいない僕は、給料を確認するのだけが趣味になっている。


 ××会社   190,500

 ●●●●     500


 給料の後に知らない名前で振り込まれていた。

 しかも、少ない。

 誰かが間違って振り込んだとしても、コレでは喜びようもなかった上に、銀行に言って相手を探す気にもなれなかったので、そのまま僕は通帳をパタンと閉じた。


 後日、読み返そうとしたマンガが家中を探しても見つからなかった。


 次の月末。

 

 ××会社   190,500

 ●●●●     500

 ××会社   190,500

 ■■■■   600,000


 また給料の後に知らない名前で振り込まれていた。

 しかも、給料の3ヶ月分を超える金額だ。

 誰かが間違って振り込んだとしても、コレを手放すには惜しかったから、銀行に言って相手を探す気にはなれなかったので、そのまま僕は通帳をATMに入れ直して金をおろした。


 後日、駐車場に停めていたはずの車がなくなった。鍵も探しても見つからなかった。

 警察に盗難届は出したが、音沙汰もなく、盗難保険に入っていたわけでもないので、泣き寝入りするしかなかった。


 次の月末。


 ××会社   190,500

 ●●●●     500

 ××会社   190,500

 ■■■■   600,000

 ××会社   190,500

 ---- 100,000,000


 またまた給料の後に知らない名前で振り込まれていた。

 しかも、到底僕が一生懸命になって働いても手に入れられることができそうもない金額だ。

 いつもの僕ではいられなかった。

 銀行に連絡してから、少し考えて給料分だけお金をおろした。


 後日、銀行の担当者から「問題はありません」という電話をもらった。

 僕は知らない相手から振り込まれていると一から説明したが、担当者は聞いていないかのように言いたいことだけ伝えてきた。

 振込してきた相手曰く、「対価いただきました」とのこと。

 その相手は誰なのか。連絡は取れないのか。何の対価なのか。

 僕の質問には触れずに電話は切られてしまった。


 そして、僕の街は消えた。

 僕だけが残った。



 次の月末。


 ××会社   190,500

 ●●●●     500

 ××会社   190,500

 ■■■■   600,000

 ××会社   190,500

 ---- 100,000,000

 ====      0


 知らない名前はまたもやあった。

 しかし、金額がおかしい。

 街が消えてからこの日が来ることを恐れていた。同時に時間だけはあった。

 それまでの人生の全てを失った僕ができることは考えることだけだった。

 今までの不思議な事態を対価だったとすれば、僕が失ったモノに対して誰かが先払いをしていたのだと結論付けた。


 金額が振り込まれてから、何かがなくなる。

 なぜ僕なのか。

 どうしてこんなことをするのか。

 考えた結果おかしなことでも事実は変わらない。

 ただし、振り込まれたお金を使わなくても対価をもっていかれてしまう。

 僕はどうすればいいのだろう。


 恐れていた日までは簡単に過ぎた。

 金額によっては失うモノを予想できるかもしれないとも思っていた。

 その額が今回は0円。そもそも振り込めないんじゃないのか。

 0円の対価。

 僕が払えるモノ。

 前回以上に空気を冷たく感じた。

 僕はどうすればいいのだろう。

 僕はどうすればいいのだろう。


 僕は数日後に訪れるであろう『対価の取り立て』に抗うことにした。

 振り込まれていたお金を含め全て引き出した。

 自身に降りかかった境遇を曝け出して語った。

 街の復興に使い、警察に協力をあおぎ、探偵にも謎に対しての依頼をした。

 ネットワークを通じて、寝ずに様々な意見に耳を傾けた。

 結果は決して芳しくはなく、解決にはほど遠いものだった。

 僕はどうすればいいのだろう。

 僕はどうすればいいのだろう。

 僕はどうすればいいのだろう。


 後日、僕はこれまでの人生以上に大きなモノを得た状態になっていた。

 数日の内に地位はともかく、世界でも一躍『時の人』となった。

 貯金はなくなったものの、人との繋がりでお金には困らない状態になった。

 僕は忙しく、あちらこちらへ顔を出す。

 そして、そんな僕への0円に対する『対価の取り立て』は、そのままなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

対価いただきました。 ァノレト【ʌnÓlet】 @anolet

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ