再び動き出す。

マフユフミ

第1話

ぐつぐつ煮えたぎる思いにフタをした。7年前。

私にはそれしか方法がなかった。

不器用で要領も悪く体力もない自分にできた最善の方法。

その中で、思いはブスブス鎮火した。

そこからは思い切ってフタを外してみる勇気や気力はなかった。

日常は忙しくドタバタで、朝起きてくるくるまわって力尽きて眠る、ただその繰り返し。

それでも時々はその存在を思い出し、そっと鍋肌に手を触れてみたりもした。

冷えて黒く固まった思いはもう動かない。

これまでの人生で、初めて私は夢を失った。

そして、それはそれで仕方ない、と初めて私は夢を諦めた。

でもこの前から、何か不穏な気配がする。

胸の奥のざわざわ。いつも通りの音楽が胸をえぐる痛み。

何かがおかしい。

常に揺らがないはずの私の醒めたメンタルでも、心のどこかが変に歪んでいく気がする。

そこで久しぶりに、私は重いフタに手をかける用意をする。

ゆっくり息を吐いて、息苦しさに気づかないフリして。

全身の気力を振り絞ってフタをずらす。

冷えて黒く固まった夢の残骸。

なんだ、これじゃなかった。

そう思いながら、再びフタをのせようとしたとき。

かすかに下のほうから、ふつふつと沸き上がる何かを見た。

驚きと喜び、そして混乱。

そして、やっぱりまだ死んではいなかったのだという当然のようにしっくりした感情。

私の夢は、まだ終わっていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

再び動き出す。 マフユフミ @winterday

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る