07 落陽・秋のにおい

【落陽】


 十月、めっきり秋らしい気候になりました。

 五月家の庭では、金木犀きんもくせいの鮮やかなオレンジ色が一際ひときわえています。

 夜長の始まり、夕方です。


「今日はちょっと寒いですし、陽が落ちるのが早くなりました。ね、五月様」

「ああ。まだ六時前なのに、もう辺りは真っ暗だ」

「雨戸閉めましょ」

 日一日、こうして冬に向かうのです。


「今度はホントに、綿入り半纏はんてん用意いたしましょうか?」

「いや、十月に入ったばかりだし、また暖かくなる!」

 五月先生、先日のことを気にしていたようです。


「そうですかねぇ……」

「ん、まだいい! きっとまた暖かい日もある」

 五月先生、若干じゃっかん意固地に。


「そうですね。誰かさんと同じてつは踏まないようにいたしましょう」

 メイドさん、それを言っちゃあ……。


「廊下に脱ぎっぱなしは困ります」

「どうか忘れてくれ……」

 ほらぁ、五月先生落ち込んでしまいました。




【秋のにおい】


 秋の空が高く感じるのは、空気が澄んでいるからです。

 澄んだ風に乗って、いろんな香りも漂ってきます。


「す〜、秋のにおいでございます」

 窓を開けていると、部屋の中まで香りが入ってきます。

「さすがお前の鼻は敏感。何のにおいだ?」


「す〜、これは銀杏いちょうの葉のにおいです」

「んー、なるほど。ここまで漂ってくるんだな」

 三百メートルほど先の街道が、銀杏並木です。


「す〜、金木犀のにおい」

「ん、それは私にもわかる。甘くていいにおいだ」

「はい、わたくしの一番好きなにおいです」

「私もだ」

 日に日に香りが強くなっていきます。


「あ、これも秋のにおいでございます」

「そんなにいくつも感じるのか?」

「これは……秋刀魚さんまを焼くにおいです」

「・・・」


 ご近所さん、今夜は秋刀魚ですか。

「じゅる……」

 メイドさんは、食欲の秋です。

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