天命の書板 あれこれ
佐伯庸介
第1話 1年後¥19800(税抜)
「ありあとっしたー」
制服に帽子の男性が玄関を辞す。受け取った荷物をえっちらおっちら持って、蒼髪の少女――ティアが居間へ姿を現した。
「何か届いたぞー」
休日午後の八坂邸である。住人の中ではイムルと韻之介は訓練に出かけており、家にはティアと朱馬二人だけだ。仲良く昼食を作って食べて片づけて、さて午後はどうしよう……そんな折であった。
「あっティアちゃんありがと……何かしらこれ」
朱馬がティアの持ってきた荷物――30cm四方程度の箱を見てつぶやく。机に置かれたそれには、
「送付元はー、セッシャー深水……理事長?」
朱馬も所属する国連学校『霧の学舎』理事長の名である。
「あの者か……」
ティアはやや悩ましげな表情だ。誰にでも好意的(母性的)な彼女ではあるが、深水理事長に対してはやや難しい顔をする。「子の一人には違いないがの」とは言うものの、理由は朱馬には知る由もない。
「ま、それはそれとして、中身はなにかのー」
びりびりと包みを破ると、一通の封筒が目に入った。朱馬が手に取る。
「んー、ああ、こないだの襲撃のお詫びの一つだって。試作品ですがご笑納を、修繕費とは別に考えてくださいって」
「ふむん。しかしこれなんじゃろ……」
箱から出てきたモノは、正方形の機械である。キーボードらしきものがあるが、ぱっと見には変な形の音楽プレイヤーにも見える。
「あ、まってマニュアル付いてる……えーと、『音声シミュレート試作機』……?」
「ふむ?」
ひょいとティアがのぞき込む。
「えーと、どうもあれじゃな『欠片』の力を再現する試作品? とか書いてあるのう。声真似出来る機械、と言ったところか?」
マニュアルを読み進めれば、どうやら学舎が研究を進めているキングーが持つことにより使える道具の一つらしい。『欠片』の機能を限定的に再現できる機械ということだ。
「うーむ、あの者は中々危ない研究しとるの……」
汗をにじませるティア。『天命の書板』の真似事が可能な機構、というものに驚異を感じているようである。
「えーと、それよりティアちゃんほら、使い方書いてあるよ。声を設定してテキスト入力すると読み上げます……抑揚も簡単に調整可能……へー結構すごい」
ただ、朱馬にそれは伝わらないようであった。やれやれとティアも再びのぞき込み、
「「…………!」」
両者、同じところで目を止めた。プリインストール欄。
【八坂 韻之介】
〇
「で、ではいくぞ……」
「ど、どうぞ」
ジャンケンで勝ったティアがスイッチに手を伸ばす。
さー、と読み込み音。ごくりと二人でのどを鳴らす。
『――母さん』
……声が響いた。慣れ親しんだ少年の声。しかし普段からは想像できぬ甘さを含んだ声が。
「おふうっ」
のけぞるティア。コアヒットである。びくびくとそのまま震えている。
「おおお……すごーい。不自然さゼロだわ」
朱馬が目を丸くする。
「や、やばいのこれ。ここまでとは。あの者も中々のブツを作りおる」
ようやっと立ち直ったティアがヨダレを垂らしつつ興奮気味にこぼす。
「つ、次私ね」
いそいそと朱馬がテキストを打ち込む。
「う、うむ、どんどんゆくのじゃ!」
ややあって、
「では、いきます」
再び息をのみ、スイッチ。読み込み。
『――今日は、ずっと一緒にいような』
耳元で囁くような韻之介の声である。本物はまず発すまい。
「うはー……」
ばしばし! と朱馬の平手が机をたたく。休日にも特訓漬けの彼に対し色々あるようだ。隣でティアもにやけながら激しく頷いている。
「ううむ、中々やるのう朱馬ちゃん。では妾はこうじゃ!」
「あっすごい……。ならこうよこう!」
「甘酸っぱい! 甘酸っぱいのう! ではこれをくらえい!」
「やーばーいー! ティアちゃんやばいってそれは! 世にお出しできないわ! でも保存!」
ブレーキは壊れた。二人は機械の前に仲良く座りながら、休み無く操作する……。
「ただいまー」「今戻りました」
夕刻。特訓を終えた韻之介とイムルが八坂邸へ帰り着く。しかし、いつも必ず出迎えに出てくるティアの姿は無く、二人は顔を見合わせた。
「何かしてんのかな」
「ふむ、そういえば居間が騒がしいな」
玄関をあがり、漏れ出る声を聞く。朱馬とティア、二人のかしましい歓声に混じって、何やら他の声がする。
「客か? しかしはしゃいでんなあいつら」
「いや、しかしこの声……?」
不審げな顔をするイムルを連れ、居間の戸を開ける。韻之介の目と耳に入ったのは――
『母さん……今日は一緒に寝てくれる?』
「うはははははは! いい! いいのう! もうちょい泣いてるっぽくしてみるかの! 怖い夢見たっぽく!」
「次、次これ! これ自信作だから!」
朱馬は取り出した手帳を見せる。ティアが会心の気持ち悪い笑みを浮かべた。
「おいおいおいのうのう朱馬ちゃん、これええのか? 本人には聞かせられんぞこれ!」
「ギリギリに踏み込んでみたわ……。抑揚の微調整は任せて」
顔を紅潮させ、にやけている二人。そんな表情の朱馬が機械のツマミを操作する。
「ここをこのくらいで、これをこうーー」
その背後に、てくてくと歩く。気付く気配すらない。見事な熱中ぶりであった。
「ふむ。……」
見えた紙に書かれた言葉を、朱馬とティアの間で囁いてやる。とんでもない台詞で、言い切るのにかなりの労力を必要としたが。
「うーん、もうちょ……はっ、殺気!?」
朱馬が気付く。彼女の指は再生ボタンを押していない。
「いやさ妾に任せ……ん?」
やや遅れて気づく、ティア。
「本物はいまいちで悪かったな? 楽しそうだね、お前ら」
二人の振り返る先には、ひくひくと笑う韻之介(本物)。イムルはその向こうで、崇拝する太母の醜態を必死に見ない振りをしている。
「何か言うことあるか。ていうか、なんなんだよソレ」
「え? えーとえーと」
「これはじゃのー……」
真っ赤でにやけた顔のままあたふたと言い訳を始める二人。韻之介は打ち切るように機械を持ち上げる。
「まあどの道こいつは回収するが」
「ぎゃー! ちょっと待ちなさい!」
「いやじゃー! 取っちゃやなのじゃー!」
「やかましい! これ以上あんな音声響かされてたまるか!」
「こっそり! これからはこっそりやるから!」
「後生じゃー後生じゃー! ご主人様ー!」
「黙れこの女郎ども! 自分がやってない自分の艶声なんざ聞いた日にゃ死にたくなるわ! ええい離れなさい!」
3人で組み合う。その風景を一度見やってから、イムルは色々諦めて風呂の用意に向かった。30分もすれば収まるだろうか。収まればいいな。などと思いながら。
後日。全く逆の風景をイムルは目にすることになるが、それはまあ別の話である。
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