十月には、俺達八人は四人に減っていた。密林は方向感覚を狂わせる。一列での山狩り計画などとっくに破綻していて、何度も同じところを彷徨っていた。

それでも、島のほとんどは踏破したと確信していたが、強硬派に追いつくことはなかった。どこかで死んだのか、それとも島の別の場所にすでに移動したのか、あるいは島を脱出したのか。出会ったのは、強硬派に取り残された連中の死体ばかりだった。腐って蛆と虫の寝床になっていた。


この頃には、肉眼でもはっきり敵機や敵艦が見えることがあった。俺達がイツア島にやってきたような小舟で海に出ては自殺行為だということは明らかだ。

俺達の存在は誰にも知られていない。イツア島は、皇軍からも連合軍からも無視されている。撃沈の危険を冒して海に逃げるよりは、一縷の希望にすがってアガルタを探すほうがまだましに思えた。

実際、あとで俺が調べてみた限りでは、強硬派の誰一人、内地に生還していなかった。皆、あの島で死んだんだ。


水谷は恢復していたが、おかしくなっていたな。光る人がジャングルに消えていくのを見た、と言い張った。あのうなされていたときに見たというのだな。全島踏破してなお手掛かりの一つもなかったというのに、なお執念で歩き続けた。夢で見たものと同じ風景を探すと言っていた。

俺達は生きていたが、あれを生きていたといってよいのかは分からんな。英雄精神も飢えには勝てない。食えるものは食った。土も食った。アガルタを探すために生きているのか、戦うために生きているのか。生きるために生きているのか。生きるために食っているのか。食うために生きているのか。


俺は自律というものをなくしていた。水谷が果たしてアガルタに導いてくれるとは思っていなかったが、迷いなく執着する水谷の歩みは、それだけでついていく価値があった。他には目的がなくなっていたからな。このまま戦果もないまま、故郷に帰ることもなく野垂れ死にすることを考えると頭がおかしくなりそうでな。無心に放浪することだけが救いだった。


水谷は島の中心、最高峰に戻ると言い出した。そこから螺旋状に再び調査すると。

その行き掛けで俺達はまた地獄を見た。強硬派の一派だったと思うがな。何人か、また死んでいた。こいつらはやっつけ仕事で埋葬されていたが、その跡を見ると、人間に許されないことが起きた証が見えた。本人達の合意の元なのか、あるいは生き残った奴が食うために最後の選択をしたのか、それはどちらでもよかった。その選択があることが俺達の頭にも染み込んできた。

だが、それを見たためだな。最後の四人のうち大熊がその夜、高い樹に登って身投げした。


山頂から緩慢に探索を再開した。十一月になっていた。もう数えてもいなかったが、各所で他にも遺体を見た。俺達の他には生き残りはいないと確信していた。水谷と俺、そして鈴木。俺達が知る限り、これがイツア島に残された最後の三人だった。


頭上からは爆音が響くことが増えた。俺達は見えざる部隊だ。爆撃を受けるはずはない。そう何度言い聞かせていても、その度に怖ろしくて歩みが止まった。

この頃には俺と鈴木が限界に近付いていた。俺は銃剣を杖にして歩きながらもほとんどいつも意識朦朧としていたし、鈴木は何かにもたれながらでなければ進めなくなっていた。俺達をかろうじて前に進めていたのは水谷の執念だけだった。


俺達は南洋の日本軍の運命を先取りしていたんだよ。ソロモン諸島もニューギニアも、この冬から壊滅の道をたどったんだからな。いや、俺達はあれでさえマシだったのかもしれない。敵兵にいつ出会うことか、そんな恐怖を覚えずに済んだだけな。ただ孤立、孤独、俺達はここで何をしているのか、そればかりだった。アガルタを見付けなければ仲間達のためにも死にきれるものではない。


いつのことだったか。俺は倒れた。熱にやられたようだった。ふっと気が遠くなって気持ちよくなった。俺の番が来たか、と思ったよ。怖いとは思わなかったな。あのときは俺も鈴木もそうだった。周りがバタバタ倒れ、少し前まで同じ隊だった奴らが、蛆まみれの腐乱死体になって朽ちているのを見ると、何も特別なことは思わない。誰が先で後かとな、ただそれだけになるんだよ。


抑えられない眠気がやってきて。

俺はな、そのとき、見たんだ。ああ、これがあの世かと。

はっと起き上がると水谷も鈴木もいない。

俺がいる場所はジャングルの中でさえない。俺は剥き出しの山の中腹にいた。


地面は堅かった。堅いわけだ。石で出来ていた。大きな四角い石…寺の参道を俺は連想した。石は輝いていて、光を反射して眩しかった。

見下ろすと眩暈がした。いったいどれだけの高さがあるのか。石の段は下に行くにつれて広がっていて、何百段とある先に、どうやら今俺がいるはずのジャングルらしき緑の絨毯が見えた。明らかにイツア島の山頂から海面までの高さよりも遥か下まで続いている。怖ろしい大きさの石の山だ。


上を仰ぐと山の頂が見えた。四角い石が規則的に積み上げられて先細りになっていた。頂の少し手前に、入り口が見えた。石を組み合わされて作られた四角いトンネルの口。

それが探し求めていたアガルタへの入り口なのだということはすぐに分かった。そう認識したとき、はっと俺は足元に自分の身体が横たわっていることに気付いてな。俺は俺自身を見下ろしていた。


するとすべてが突然に意識に染み込んできた。ここは巨大な階段状のピラミッドなのだ。エジプトの大ピラミッドは当時の俺も知識では知っていたが、それと比べてもこれは有り得ない大きさだった。どこまでも巨大な構造物が左右にも上下にも続いていた。俺はそのピラミッドの半ばにいる。頂点の手前には内部への入り口。

それと同時に俺はイツア島から動いていないとも言えた。つまりイツア島とは、海底からそびえる巨大なピラミッド構造物で、俺達がイツア島として認識しているのは、そのうち海より上に突き出している中腹から上の部分だけだ。その巨大な遺構に、熱帯のジャングルが植生して今のイツア島の姿になっている。


とすれば、あの入り口の場所も見当がつく。

俺は見たのだ。アガルタの入り口を。

これを水谷に伝えなければならない。

そう望むと、ふうっとまた俺は倒れて、横たわっている俺自身とまた一つになっていた。


そうして俺は目を覚ました。

水谷が俺の傍らでうつらうつらとしていた。

鈴木の姿はなかった。


俺が興奮して起きると、水谷も目を開けた。

俺は自分が見たものを水谷に伝えた。俺が見たものが過去のアガルタそのもののイツア島の姿であり、水谷が見た光る人影のまぼろしはその入り口の現在の姿に違いない、俺達はそう確信した。


気力の回復もあってか、俺は少しだけ体力を取り戻していた。

俺は実際には丸二日倒れていたと水谷は言った。その間に鈴木も死んでいたが、死体は見当たらなかった。鈴木の最期について水谷は語りたがらなかった。

俺には察することがあったが、そのときの俺には水谷をどうこう言うことは出来なかった。俺自身、その水谷の選択によって生き延びたのだからな。


水谷と俺は翌朝、異様な興奮のままに歩き出した。

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