第二十三章 コロニー
第二十三章「コロニー」1
真人は、車を村の中心部に向けた。
峠から降りていく道すがら、阿賀流の現状での全景を把握しようとした。
「どうしたのかな…火事でもあったのかな?」
しおりのつぶやきに対する答えはまだ持ち合わせていない。
よく見ると、すでに焼け落ちたと思える家もある。確かに、火事とおぼしきことが起きたようだ。しかも一件二件の家ではない。阿賀流のあちらこちらで。
「まだくすぶってるところもあるようだな。それにしちゃあ、消防車の一つもいない。なんなのか…。いったい、何が起きたんだろうな…?」
亀利谷にもこの村の様子は予想外だったようだ。
車は滑るように村の中心部へ降りていく。
次第に、雰囲気がさらによく分かるようになってきた。やはり、燃えた建物は一つ二つではない。しかも、ボヤというレベルではなく明らかに全焼に近い建物、周囲まで延焼した家も見えた。
中心地に向かうにつれてその数が増えているように真人には思えた。
それだけではない。
村は荒れていた。
「さっきから人影がない」
真人はつぶやいた。
「田舎の日中なんて、こんなものじゃないの?」
しおりが応えたが、その口調は自分でも自分の言葉を信じていないようだった。
「元から人影がない街だったけどな…。でも、なんだろう、この感じ…」
真人は車の速度を落とし、人っ子一人いない道を役場方面に進めた。運転していても、どうもおかしな感じがする。何か、普通ではないと感じるのだ。
外の様子を確かめたく、窓を半分ほど開けてみたが、人の声は何もしない。聞こえるのは冷たい風の音ばかり。
亀利谷が真人の言葉を引き取った。
「気配がないんだ。人影も、動いている車も…」
それで真人は気付いた。
「そうだ…! 対向車がいないんだ。どうなってるよ、まるでゴーストタウンだ」
「人も、車も、動いてるものを見かけないんだね。…私が見たのはカラスだけ」
広場で真人は車を停めた。走っている車はなく、路上駐車を気にするような次元の話ではない。
少し先に、縁石に乗り上げるように下手糞な停め方をしている軽自動車が一台だけ見えるが、その他には道に車の姿さえない。
「このへんが、村の中心なんだ。少し、外に出て様子をみたい」
「賛成だ。これは、普通じゃない」
真人に続いて、亀利谷としおりも車を降りた。
外に出ると寒さも手伝って、ますます寂しげな雰囲気が増した。
真人は静寂の広場を見回した。車のエンジンが止まっているとはっきり分かるが、生活音らしきものが何も聞こえない。
「観光案内所がこっちにある」
二人に先立ち、真人は案内所に向かった。
しかし、案内所のドアは閉ざされていた。
窓越しに中を覗いてみたが、誰かがいる様子はない。照明も点いていないようだ。
ふとそこに佳澄と真緒の幻影でも見えそうな気がして、胸がずきずきと痛んだ。
「ここにも、誰もいないな」
亀利谷が覗き込みながら言う。
「ねえ、駐在さんも、いないよー」
向こうからしおりの声がする。
真人はのろのろと顔をそちらに向けて声を返した。
「ああ。ここの駐在さんは、今、いないんだ…」
亀利谷が真人に声をかけた。
「駐在がいないとしても、この事態だ。火事も起きてるんだろ? 警察も、消防も。何も動いている気配がないとはどういうことだろうな。駐在は本署と定時連絡があるもんだ。正常な連絡が行われなければ、何か動きがあると思うんだが。いったい、どうなってるんだ。いくら田舎だからってなあ、のんびりし過ぎだろう…」
「それは、ひょっとしたら、黒澤のせいかもしれない。黒澤が何か政治的な行動をとるようなことは言っていたから…」
「また、黒澤か…。なかなか、面倒臭そうな相手だ…」
亀利谷は唸ると黙り込んだ。
「ま、真人っ!」
どこからか、しおりの上ずった悲鳴が聞こえた。
真人と亀利谷は、どちらが先ともなく、弾かれたように案内所を飛び出した。
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