3
真人は銃声に身を震わせた。
映画やドラマで聞くような派手なものではなく、空気を詰めた紙袋を両手で潰したような、パンッという音。
真人は瞬きした。
北澤の身体はやや後ろを向きながら斜めによじられていて、振り下ろした腕は、佳澄が構えていた拳銃の銃身を押さえ込んでいた。
拳銃は北澤の手によって銃身の向きを変えられ、斜め上を向き佳澄の身体に押し付けられていた。
「あ…」
佳澄が声を漏らす。
北澤がぐるりと佳澄の正面に振り向き、どん、とその胸を押した。
佳澄は後ろによろめき、自動ドアに倒れ込むようにふらつく。
センサーが反応して自動ドアがシュッと開き、外の大きな雨音を店内に招いた。
後ろを支えるものがなくなり、佳澄はそのまま後ろに崩れ、雨の屋外に仰向けに倒れた。入り口のマットに赤い滴が垂れていく。
「…え?」
真人は口をぽっかり空けたまま、その光景を呆然と見ていた。
「私達の反応速度なら、後ろさえ見えれば、どうということはない」
北澤は、入り口の横の壁にある大きな鏡を顎で示した。そこには北澤の姿がはっきりと映し出されている。
ほんの数刻前までは、北澤の背後にいた佳澄の姿も映っていたことだろう。
北澤はそれで佳澄との位置関係を把握して行動したのだ。
佳澄が北澤に対して持っていた確かな殺意。
それを逆手にとって、動きを見せることで佳澄に反応させ、自ら引き金を引かせた。
引き金が引かれてから弾丸が飛び出すまでの刹那に、銃身を真後ろに強引にねじ向けた結果、飛び出した弾丸は、佳澄自身へ牙を剥いた。
まるで静止したような一瞬の呪縛が解かれ、真人は自動ドアの向こうに倒れた佳澄に駆け寄ろうとした。しかし自動ドアの前には、北澤が表を向いて立っている。
センサーが反応したままなのか、ドアは閉まらずに開いたまま。
真人は立ちすくんだ。
「ボディが外に出てしまった。こうなると少しは演技が必要ですかね」
北澤は、真人を無視し、開け放たれたドアの外へ、つか、つかと進んだ。
強くなってきた雨の中、北澤は、濡れることも意に介さない様子で、地面に倒れ動かない佳澄の傍らに膝をつく。
ぐったりし雨に湿る佳澄を抱きかかえた。
「どうしました!? 怪我ですか? 大丈夫ですかっ!?」
佳澄に呼びかけながら、北澤はその身体を激しく揺する。じとじとと血が流れていく。
真人は突然気付いて血の気を失った。
北澤は、佳澄を介抱しているフリをして通行人にアピールしながら、その実は佳澄の傷を広げているだけだ。
「どこまでっ…!」
怪人への呪縛は解けた。怒髪天を衝き真人は突進した。
「…どこまでバカにしてるッ!!」
北澤は佳澄の身体を放り出し、殴りかかった真人の腕を掴んだ。そのままぐいと真人の身体は手繰り寄せられ、勢いのついたままの腹部に拳が飛んでくる。
激しいカウンターパンチに真人はくずおれた。口から何かが飛び散り、暗転しかける視界を執念で堪え、腹を押さえて顔を上げた。
静かに立ち上がった北澤が冷たく言う。
「無様ですよ。何一つ不自由ない人生を提供していたのに。わざわざそれを捨てるなんて」
「どこが…だ」
北澤は、傍らに横たわっている佳澄を無表情に見下ろした。
「こいつも…死んだ。見た目が醜いと死に様も醜くくなるもんですね。何も君らに危害を加えようなんてつもりはなかったんですよ。静かにしてもらいたかっただけなんです。自分から銃なんて持ち出して来なければ死ぬことはなかったでしょうに。無駄死にだ」
「佳澄を…バカに…するな…」
ただただ北澤が憎かった。
佳澄の様子を確かめたかった。立ち上がりたかったが、身体がついてこない。
真人は呪った。自分の無力を恨めしく思った。
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