第十六章 残された疑問

第十六章「残された疑問」1

次の日。

真人はそう遅くなく自然に目を覚ますことが出来た。

今までのように、ベッドから起きる気力が湧かないというようなこともない。


もう一度、前に向かうのだ。

どん底なんかではない、と言った佳澄の言葉は真実だった。

昨日、時間をかけて人の動きを整理をした結果、はっきりしてきたこともある。

少なくとも、何がまだ分からないことなのかは、見えてきたではないか。


午前中のうちに起きることが出来た。佳澄とは三時の約束だ。

すぐに連絡をしてもいいのだが、佳澄はメモリーを調べると言っていただけに、少し時間をとったおいたほうがいいように思える。邪魔はしないほうがいいだろう。


真人は、数時間を使って、阿賀流と白琴洞の原稿を整理した。

書き始めてみると、原稿のためというよりは、ほとんど今回のことを紀行とも小説ともつかない形で書きつけていく形式になっていた。


いずれ、きちんとした原稿が必要になるようなことがあるのなら、ここから抜粋して改変していけばいいいだろう。そう思い、あの古本の栞のことから、まずは第一章として書き、自分へのおさらいも兼ねて美奈子との想い出をすでに記していた。


今日も書き始めると一心不乱になり、仙開訪問まで書き終えた頃に時計を見ると、すでに三時が近付いていた。


慌てて隣の佳澄の部屋のチャイムを鳴らす。


佳澄は待っていたのか、すぐにドアを開けた。

「おはようございます、本多さん」

「おはよう」


「あ…」

「ん…?」

「少し、昨日より元気そうです」

「…そう?」

「顔色が。よくなりましたよ。自分の顔色って、意外と分からないものですから」

「まあ、言われてみればそうか。男なんか、朝に鏡見るの一分ぐらいじゃないか?」

とそこまで言ってから、真人はまた失言をしたと悟ってはっとした。佳澄の前で容姿のことをほいほい口に出すとはまた軽率な。


だが、佳澄はアルカイックとも見える笑みを浮かべたままだった。

「そうかもしれませんね。でも、本当によかった。本多さんが回復してきて」

「あ、ああ」


中に進んだ真人に、佳澄が例のUSBメモリーを指でつまんで突き出して見せた。

「あれから、改めてじっくりと調べました。人物の相関図も書き足して、完成させましたよ。見てください」


佳澄はノートを広げた。昨日のメモ書きの段階から、清書された相関図に書き換わっていた。


「これは、力作だな」

「昨日、二人で話したことをまとめただけですよ」

「いやいや、なかなかどうして。しかしこうしてみると実に複雑だな。入り組んだ人間関係だ」

「そうですね…」

「それがなんか、気になるんだよな」

「どういうことですか?」


「事故死もそうだし、複雑すぎるって気が、ね。いや、ちょっと気になっただけだ。複雑すぎることにどうもね、作為を感じるんだ。事実はもっとシンプルだったりすることもある。よく言うだろ、たった一つの小さな真実を隠すために、どんどん周りを嘘で固めなければいけなくなるって」


「何か、偽りが隠されていると?」

「いや、そこまで断言はできないけどね。ただ、どうもこの図を見ていると、ね…」

「いいですよ。その点も含めて、今日は、私達がまだ分かっていないこと、疑問点を整理してみましょうか。そうすれば、次に私達がとるべき行動も見えてくるはずです」


佳澄が、昨日のノートを新しいページで開いた。


「よし。まずは…。他のことはさておき、とにかくモヤモヤしているのは、あの儀式だよ」

「儀式のこと、ですね」

復唱しながら、佳澄がノートに見出しを書く。

「『その1.儀式と装置のこと』と」


「あの儀式と、棺桶らしきヤツの正体に近付いてみようじゃないか」

「まずは頭で推理できる範囲でということですね」


真人はうなずいた。

「あれは…。儀式というのは名ばかりで、実際は何かの科学実験なんだよな。いや、科学という名前で呼んでいいのかどうかも怪しいけどね。あの棺桶みたいな装置が何なのか」


「お母さんが、儀式のことを整理していました。メモリーの内容を昨日、読み返してまとめてみたんですよ。あの白琴洞での兄様の言葉も併せて考えてみると…こういうことじゃないかと思うんです。白琴会は、人間の能力を超人化することを目標にしていたようです」

「シャンバラを作るため、か? 超人…。そんなことが、可能なのか?」


「信じるか信じないかは別として。実際に本多さんが見たあの青い人達はどうなんでしょう。確かにあれは超人としかいいようがないような、そういう存在です」

「超人というと人間より優れたもの、みたいで引っかかるなあ。あれはむしろモンスター、怪人だと俺は思う。にじみ出る強さみたいなものは、立ち居振る舞いその他もろもろでなんとなく伝わるけど、でも肉体的なものしか感じなかったぞ。あの兄様は、むしろ子どもの火遊びのような振る舞いだったな」


「もともと白琴会は、肉体的な超人を増やそうとしていた。青い目の人達のことですね。それに対して、あの棺桶の儀式は、二つの精神を統合する儀式のようです。統合された精神によって、認知能力を人外のレベルに拡張する」

「認知能力…?」

「はい…。青い目の人が肉体的なものなのに対して、あの儀式では精神的な超人を産もうとしていた。どうもそういうことのようです」


「じゃあ、あの青い目の怪人達と、儀式そのものとは無関係なんだろうか。超人、とひとことで言っても同じ意味合いとは限らないんだな」

「そうですね。あの棺桶を使う儀式のことに絞ってまずは考えましょう」

「ああ。あの装置は、結論としては黒澤さんではなくて、白琴会が開発した装置なんだよな?」

「そうですね。黒澤さんが何らかの原案は出したものの、実際には白琴会が自ら」

「白琴会というのはただの宗教集団的なものじゃないのか? あれは…素人目でも、けっこうなテクノロジーのものだよな。だいたいからして、人間の統合なんて、今の科学でやれるような代物じゃないよな」


「白琴会は、昔から定期的に、目的をもって優秀な人を大学や専門学校、そんな必要な場所に送り込んでいたそうです。あるいは日本全国、外部からも取り込んで。そういう人達の技術力だと思うのですが…」

「そうか…兄様や姉ちゃんが東京に行ってたというのも、そういうことなのかな」

「おそらく」


「それにしてもトンデモ発明だよ。大学やそこらの研究機関からノウハウを持ってこられたとしても。資金だって。宗教や村全体が絡んでいるなら、どうにかなるのかもしれないとしても。それでも、それだけのことで出来た装置だと? 現物は見たとはいっても、しかしなあ。人を消したり、人の記憶を飛ばしたり。それはどんな原理で動くんだ? 今の科学でそんなことが出来るはずがないじゃないか。それに、どうして黒澤さんのアイディアなんだろう。黒澤さんが、そんなことを知っていたのか?」

「黒澤さんの経歴には謎がありますね。お母さんはそこには目をつぶっていたようですが。敵の敵は味方というんでしょうか」


「黒澤さんか…。阿賀流に来る前には何をしていたのか。どうして会長は黒澤さんを招へいしたのか。色々、あの人にも疑問があるな。

「かといって、黒澤さんをそうそう疑っていても、身動きが取れませんよ。本当に、孤立無援になってしまいます」

「今は、そこで立ち止まらずに、考えを先に進めてみるしかない、か」

「はい」

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