「…え!?」

真人は絶句した。

渡辺駐在もそれは初耳だったのか、驚いた様子である。


美奈子と理沙子の親が、白琴会の老師?

ということは、真人も少しだけその老師と血がつながっているということでもある。


「老師のことは、私達ももう何年も姿を見たことがない。今は兄様クラスにならないと会うことも出来ないと言われている。現世での名前は、水谷史郎(みずたにしろう)。老師の奥さん、つまり美奈子と理沙子とそれから…本多さんの母親のさらに母親ね、その人は白琴会では大ばば様と呼ばれていて、やはり、もう長いこと誰も会ったことはないの。名前は水谷友里子(みずたにゆりこ)。この二人が、白琴会の頂点なのよね。兄様はそれに次ぐ地位になるの」


「お、俺の祖父祖母が白琴会だってことなのか…? じゃあ、理沙子というのはどうなる? 仙境開発の社長は、白琴会とどういう関係になるんだ?」

「理沙子さんは仙境開発の社長であると同時に、白琴会では導尼(どうに)、つまり男性の導師と同じ階級。白琴会では兄様と同じ位ということになる。まだ、青い目にはなっていないようだけど」


「やっぱり、表向きはどうであれ、仙境開発は白琴会の息がかかっている会社であることには間違いないわけだ」

「それに対して、仙境開発そのものに企業としての価値があると考えているのが、黒澤さんの一派ね。だから黒澤さんとしてはむしろ白琴会の影響力を仙境開発から取り除きたい。そのためにコールセンターを地方展開させたり、色々と仕掛けてきたのよ」


「オーケー。そういうことね。黒澤さんの思惑はうっすら分かった。まだ見えないのは俺や美奈子姉ちゃんのことだ。そういう勢力図の中に俺達はどう関係しているんだ?」


「美奈子ちゃんが出奔した話ね。大筋は以前に話した通りなんだけど。今から二十年ぐらい前よね。理沙子と美奈子はね、白琴会で行う儀式の中心人物だったのよ。でも儀式は失敗した。美奈子はその結果、逃げだしたのよ。マサ君を連れてね。そして真緒は私が預かった。佳澄を真緒のガード役に仕立てて」


「…」

真人は首をひねった。

「よけい分からなくなった気がするぞ。その儀式が失敗すると、どうして俺と真緒の話になるんだ? それに、俺の親だってその頃はまだ生きてたんだろ? いったいどこで何をしてた…?」


「マサ君のご両親はね、その儀式の失敗の頃に亡くなったのよ」

「俺の親が…!?」

「美奈子ちゃんが、ご両親のことをマサ君に何も教えなかったのは、彼女なりのマサ君への気遣いだったんでしょうねぇ」

「それは、本官が赴任する前のころなんでしょうかね。知らなかった話ですな。本多さんのご両親がねえ…」


「…」

真人は、数秒間だが、ぽかんとしていたようだった。


両親の死にまつわることを聞かされても、それが白琴会絡みと聞かされても、それほど感慨はなかった。ある程度予想はしていたことであるし、両親の記憶がないからだろうか。

むしろそれを知ったことで誘発され、新しい疑問が生じてきたともいえる。分校にいた頃まで健在だった両親のことさえもまるで記憶にないのだ。真人の記憶はいつ、なぜ失われたのか。


「そして、失敗した儀式の次回、つまり現在の対象は、マサ君と真緒なの」

真人は目を剥いた。真人の脳は猛スピードで回転する。

「俺達? それで、俺は美奈子姉ちゃんに連れ出されて阿賀流から離されたということなのか?」


「そうでしょうね」

「なぜ俺と真緒なんだ?」


「その儀式はパーソナリティが近ければ近いほどいいそうなの。美奈子ちゃんと理沙子さんの双子はベストだった」

「いやいや、そういう次元と比べたら、俺と真緒のパーソナリティが近いとは思えないが…」

「マサ君と真緒ちゃんが、前回の儀式の失敗に関わったということで決められたみたいね。儀式への親和性、ということでしょう」

「儀式の失敗に関わった?」


「儀式が失敗に終わった理由そのものにも、君達は関わっているのよ。それが、美奈子が決定的な行動をした理由でもある。それに今日、真緒が君を防空壕に連れて行ったのも、その場を見せたかったんでしょうね。あの子が…」

「つまり、真緒はそのときのことを覚えているのか。知らなかったのは俺だけ…?」


「実際に体験して知っているのは真緒だけね。私と佳澄は、当時の真緒の頼りない話から推測も重ねて、何が起きたのかだいたい見当を付けたけど。渡辺さんも初めて聞いた話が多いでしょう?」

「ですな。黒澤さんからもそこまで詳しく聞いたわけではありません」


「黒澤さんは、知っているのか?」

「私達が知っている範囲のことは知っている。私と佳澄は黒澤さんの力を借りて、真緒を守ってきたのよ」


「そうか。つまりおばさんは、白琴会に兄様という身内がいながら…いや、いるからこそ、黒澤さんのスパイみたいな役割をしていたのか?」

「そういうこと」

寛子は目を伏せて唇の端だけで笑った。そしてそのまま静かに黙り込んだ。

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