「マサ君、そもそも日本ってなんだと思う?」

寛子が訊ねてきた。


「え? 何って…国でしょう」

「じゃあ日本という国が出来たのはいつ?」

「そりゃあ…今の日本は太平洋戦争の後で、今の形がだいたい決まったんじゃない? 憲法が国の支柱になると考えれば。領土的にも日本列島が日本になったわけで」


「それも正しい解釈といえるでしょう。でもその源流は? 沖縄は元は琉球王国であって、日本ではなかったし、北海道だってアイヌモシリよね。もともと日本とは文化も言語も違う異民族の土地を制圧して日本にしていった歴史があって。そういう考え方でどんどんさかのぼっていけば、いったい何が日本かな?」


「建国記念日は神話の世界だからおいとくとしても、大和朝廷が出来たり大化の改新だの大宝律令がみたいな、そういう時代にはもう日本の原形が出来ていたようには思えますね。それより昔だと邪馬台国とかなんとか、日本が統一国家という感じではなくなって来ませんか」


「その頃じゃ北海道沖縄どころか東北地方だって統一されてないのよ」

「でも、政治的にはともかく、漠然とした日本文化圏のようなものは、昔から脈々とありますよね。日本人らしさというか。お米を食べるとか木造建築とか、そういうことは」


「国ではなくて文化が日本の定義になるのでは、という考え方? 華僑やユダヤ人がまさにそうではないかしら。国がなくてもアイデンティティーは失われることがない」

「ふうむ。あ、小松左京の『日本沈没』でその問題はすでに提起されていたのかもなあ。日本人とは何か、だな」


真人が少し考え込んで黙る格好になると、静かにしていた真緒がおずおず口を挟んだ。

「すいません。なんだか難しい話で」


「難しくしなくてもいい話を難しく考えているだけだと思うから、真緒ちゃんは気にしなくていいの」

佳澄が皮肉っぽい口調で言い、肩をすくめる。

「つまり、同じ日本とは言っても、阿賀流には阿賀流の文化があって、今もそれは白琴会を中心にして続いている。そんな感じかな?」


寛子がうなずく。

「さすが。まとめありがとう。…マサ君、というわけなのよ。白琴会はただの組織というだけではなく、阿賀流そのものだと言ってもいいかもしれないのよね」


真人は仕事柄か自分の興味の延長か、そういったカルトや文明史も多少かじっている。


フリーメーソンリーは世界規模で都市伝説となっているが、陰謀論を除いて言えば、組織として存在していることは事実だ。


秘密結社と表現すると俗っぽい誤解を受けるが、そういった、起源になっている職能あるいは出身地のつながりを維持するための互助組織は世界中どこにでもある。


特にその中でも神秘主義的な組織は、宗教との関わりも深いものが多い。

異端や分派が、主流派を離れて地下組織になる。そしていつしか本来の目的が失われ、神秘性と組織の維持だけが存在目的にとって変わられる。


日本の場合も神秘主義的な地下組織は決して例外ではない。江戸時代のキリシタン弾圧、神仏習合という独自の文化、明治以降の廃仏毀釈と、原理主義的な非主流派が地下に潜る要素には事欠かなかった。


白琴会も由来はそういった秘密主義的な組織だろうか。


もしそうならば、神様なり信仰の対象があるはずだが、それは何か。

あるいはもっと民俗的な、本当にただの土着の団体なのか。


いずれにしても。

白琴会あるいは仙境開発と、あの青服集団にどんな関係があるのか、それともないのか。

それがひとつの糸口になりそうだと、真人は考える。


「白琴会でも仙境開発でも、何かがつながってるなら同じようなものだとしておくとして。青い道着の男達に俺は襲われかけた。格好だけならそれは白琴会らしいと、駐在がそう言ってました。そういうことをやり得る組織ですか?」


これには寛子が答えた。

「あえて否定はしない。だから私達はマサ君の味方でいたいのよ」


「味方…」

真人はつぶやき、真緒の様子を伺った。真緒の表情は不安げだ。

「今はもう君らを疑うつもりはないけど、俺は案内所で紹介された宿で襲われたんだ。この謎をどう解く?」


真緒が何か言う前に、佳澄が制した。

「私達は何も仕組んでないですよ 。ただ、遅かったんです」

「遅かった? 何が?」


佳澄と真緒が顔を見合わせる。

「逆かな。早かったのよね、本多さんが来るのが。本当なら案内所からここを紹介しておけば、昨日みたいに危ないことは起きなかったはずで」


難しい顔をする真人を見てか、寛子が再び話を引き取った。


「つまりね。私としてはマサ君が阿賀流に戻って来るなら、そういう手筈にしたかったんだけど、それをこの子達に伝える前に、マサ君が現れたというわけ」


「予期しない来訪だった、と?」

「そ」

「ふふ。俺は行動力の人だからな」


古本の栞を見付けた翌日にはすでに阿賀流だ。真人自身、ずいぶんひさかたの瞬発力だったように思う。


「その行動力を生んだ要因は何かしら?」

そう訊ねる寛子の目に笑みはない。


真人は、そんな寛子の視線に含まれた意図を汲みとった。

ここから確信に触れていきましょうと、そう語っている。


どことなく気を抜いていたそれまでの会話調子を止め、一転して真剣モードに態度を改め、寛子の問いに答えた。


「十年前の美奈子姉さんに始まって、昨日の夜に至るまで。俺の周りで起きていることがいったいなんなのか。それを突き止めるため」


そうして真人は、怪電話のこと、宿の襲撃のことから遡り、古本屋の出来事をかいつまんで話し出した。


最近のことを話終えると、今度は、十年前から今までのこと。

そして、真人の記憶にある限りで、十年前のこと。

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