5-2

「なんで教えてくれなかったの?引っ越しをするなんて聞いてない!」


 駅から徒歩三十分、僕たちを引き離した古い公園は四年前と変わらずそこにあった。


 あの日、僕が学校から走ってきて発した第一声を、あの人同じ場所で叫ぶ。


 夏休みにも関わらず人っ子一人いない公園の中心で、男子校生が何か叫んでいるのは怪しいとは思うものの、紫苑に思い出してもらうにはあの日を再現するほか、僕は思いつかなかった。


「何を言っているの?私引っ越しなんてしないけれど……」変質者をみるような冷たい目で僕を見てくる。「四年前は、引っ越ししたんだ」

「なんであなたがそれを知っているの?」

「よく思い出してくれ、四年前ここで君と僕が何をしたのか」


 彼女は僕の真剣さを酌んでか「私が何をしたか……」と考えてくれている。その前で僕は。僕自身が見たあの日の情景を説明していく。


「橙色の夕日が差し込んだ公園で僕たち二人、泣きわめく僕の頬に優しく手を当てて、つられて涙を流す君……」


 そこまで話した時、彼女に異変が起こる。「んん」と声にならない声を上げながら頭を押さえて辛そうに俯く。「大丈夫?」僕は彼女に駆け寄る。


「私は大丈夫、続けてそのまま……。私は何か思い出せそうな気がするの、私の一番強く、大きく。大切な記憶……」


 僕は彼女を心配しながらも、そのまま続けた。


「僕は何も言わずに、言えずにを眺めていた。そんな僕に君は「私のために泣いてくれるのはあなただけね」って流れる僕の涙を親指で優しく拭った」


 一語一句、間違えずに言えてはいないけど、僕が憶えているすべてを彼女に身振り手振り語っていく。


 四年前とは逆になったように、僕は彼女の頬に手を当てて「君がこうしてくれたんだ」と苦しむ彼女を見つめる。


――タイミングを計っていたかのように「夕焼け小焼け」の音色が鳴り響く。


 日照時間が長い夏は、あの時とは違って、この時間もまだまだ明るく公園を照らす。


「このメロディが鳴り響き、僕たちにいよいよ別れが訪れたんだ」


 引っ越しの支度のため、帰らないといけないと、紫苑が嗚咽の合唱に区切りをつけたのも丁度この頃だった。


「君は最後の挨拶を済ませていく。『ありがとう一人ぼっちの私に声をかけてくれて。私の友人になってくれて……』て、それは僕の科白なのに、声が出ない僕は情けなく聞いていたよ。君の瞳にどう映ったか、ずっと気になっていたよ……」


 相変わらず頭を押さえて、紫苑は僕の話を聞いてくれていた「思い出せそうなの」と。涙を流しながら。


「そして君は最後にこう言ったんだ」僕はこの言葉を何度頭の中でリピートしただろうか。他は違えどこれだけは、一語一句、一片の狂いなく言える。


「次会えた時、お互いを憶えていて、今みたいに想い合えたなら……」


 その時、最後の「記憶の欠片」はまり、それが『鍵』となり、閉ざされた紫苑の中の『僕』が扉を開いた。


「「私と結婚してくれませんか?」」


 僕と僕以外の声が二つに重なる。


 声の主は――紫苑。


 紫苑が僕と同時に、あの日の言葉を口ずさんでいた。


 そして、顔を上げ溢れんばかりの涙を流し……


――「全部、思い出した」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る