第7話 バスケットボール
フォトグラフ学科の夏合宿に参加してくれた関口先生の誘いを受けて栞と県内の大塚にあるアリーナに来ていた。
それも観客席にではなく選手達と同じ場所に。
目の前のアリーナのコートではバスケットボールをドリブルする音が響いていて色んなユニフォームを着た選手が思い思いに練習していて2面あるバスケットコートでもう直ぐ試合が始まる。
関口先生の話では地区予選の前哨戦みたいなものだと教えてくれて他のチームの試合が始まる。
選手がコート内を動きまわり乾いた音と共にボールがゴールに吸い込まれた。
バスケットボールには5つの基本的なポジションがあると関口先生が解説してくれる。
ポイントガードはボールを運び指示を出す司令塔。
シューテイングガードはスリーポイントシュートを決めたりするポジション。
スモールフォワードは柔軟性が求められる万能ポジション。
パワーフォワードが長身でゴール付近での攻守を務める。
最後のセンターはチームの大黒柱で高い身長とパワーが要求されるポジションらしい。
「最近ではユティリティープレーヤーも増えてきているからね」
「えーと、ユーリンチー?」
「バスケットボールでは野球やサッカーと違いポジションは流動的なんだよ。一つのポジションを熟すよりも色々なポジションを熟せた方が有利になるでしょ。ポイントガードとシューテイングガードをするコンボガード。ガードとフォワードを兼任するスイングマン。フォワードとセンターのセンターフォワード。フォワードの位置でポイントガードの仕事をするポイントフォワードが主流かな」
「私達がやっているのがバスケットボールじゃない気がしてきた」
栞の言うとおり守るのも攻めるのも皆でドタバタして、有るとすればマンツーマンと言うことだけだ。
因みに栞が言い間違えた油淋鶏は唐揚げに刻んだネギを乗せて甘めの酢醤油をかけて食べる中国料理だけど食いしん坊の栞らしいというか。
関口先生がバスケットボールに付いて色々と教えてくれる。
でも森山先生の姿はアリーナにない。撮影に行っていて到着が遅れているらしい。
試合終了の合図がなりコートではお互いの健闘を称えて対戦相手とハイタッチを交わしている。
1ピリオド10分の試合が4ピリオド行われ第1と第2・第3と第4の間に2分間、第2と第3の間に10分間のインターバルがあるのに今の試合がとても短く感じてしまう。
次の試合が関口先生や森山先生のチーム・K・イーグルスの試合なのに森山先生はまだ現れない。
K・イーグルスの試合が始まる。
白いユニフォームで側面に金と黒で鳥の羽がデザインされ同じ色で胸にチーム名と背番号が背中には羽根の間に背番号が見える。
対戦相手のユニフォームはバイオレットカラーで黄色と黒を使ったユニフォームを着ていた。
ティップオフと言うジャンプボールで試合が始まった。
K・イーグルスの選手にボールが渡り速攻でスリーポイントシュートを決めてしまう。
不思議な事に試合が始まっているのに関口先生は私と栞の横にいて試合を見ていた。
「関口先生は出ないんですか?」
「ん、少し前までは出ていたんだけどね。突き指なんかの怪我をすると大変だからね。今は医師としてサポートに回っているんだ」
「あっ、そうか。関口先生は心臓の先生だもんね」
私が不思議に思って関口先生に聞くと栞が感心している。突き指などしてしまうと手術などが出来なくなってしまうからだろう。
どんな仕事も大変だけどお医者さんはすごく大変だと再認識してしまった。
試合は均衡を保っているように見えるけれど相手の出方をお互いに牽制しているのだろうか。
「スピード感が無いように見えるのはお互いの力が拮抗しているからだよ」
「でも少しだけ余裕が有るような」
「それが分かるだけで汐音ちゃんは凄いと思うよ」
イーグルスの選手の中に明らかに動きが違う2人の選手が居て持ってきたカメラで追ってしまう。
「栞ちゃんも合宿に居たからフォトグラフ学科だよね」
「あはは、私にはまだ動きがある写真は無理かなって」
「へぇ、そうなんだ。私はてっきり忘れてきただけかと思った」
栞が挙動不審になって俯いてしまった。やっぱり忘れてきただけみたい、森山先生が参戦する試合なのに。
授業でカメラに慣れて自分の物にしなさいって教わったばかりでしょう。
第1ピリオドが終わり14―21で押されている。
だけどバスケットの得点は3桁になることも珍しくなく試合は始まったばかりだ。 次のピリオドが始まり一進一退を続けている。
「やっと主役のご登場かな。松田! 野沢! 待たせたな」
関口先生の言葉でコートの入り口を見るとユニフォーム姿で黒いバッグを担いでいる森山先生が歩いてきた。
森山先生に気付いたコートにいる選手たちが拳を突き合わせている。
「おっ、瑞樹は感心なことに撮影で。若菜が見学か」
「け、見学じゃなくって応援に……」
栞の言葉が尻すぼみになっていき関口先生が声を出して笑っている。
森山先生がスコアラーに申請しボールがコートから外れてチームメイトとハイタッチしてコートに入る。
試合が再開されると観客の盛り上がり方が全く違うことに気付いた。
パスを受けた森山先生がドリブルで切り込みあっという間に得点してしまう。
その早さに栞も私も驚きを隠せない。
「凄い!」
「あれって森山先生なの?」
思わずファインダー越しに森山先生を必死になって追ってしまう。
パスを受けた森山先生が切り込みゴール下に入りジャンプするとブロックされてしまう。
しかし森山先生はシュート体勢から一度ボールを下げて相手の脇を掻い潜るようにしてシュートしてボールはゴールに吸い込まれた。
「凄いでしょ。森山先生のダブルクラッチは」
「空を飛んでいるみたい」
「そうだね。だからバードなんて呼ばれているんだよ」
慌ててカメラを連写モードにして森山先生を追いかける。
再び森山先生がボールを受けドリブルをしてジャンプする。するとディフェンスの選手を見据えたままボールを背中側に回してパスを出した。
そのパスを受け取ったプレーヤーがスリーポイントを決める。
「あんなに早い連携プレーを相手を見ないで出来るんだ」
「汐音ちゃんが動きをカメラで追っていた松田君と野沢君がいるだけでこのチームは強いけれど森山先生が加わることで2人の力が更に発揮できるチームになるんだよ」
「それじゃ上位入賞も」
「それが難しんだよ。僕等みたいなクラブチームじゃ練習場所の確保も大変で各々がそれぞれ仕事をしているからね。大会があるからってベストメンバーで戦えることは少ないからね」
実業団チームでも休廃部や整理統合が行われているのだからクラブチームはそれ以上に運営が大変なんだと思う。
森山先生がシュートする姿を追いかけていて気付いたことがある。
連写モードで撮影しているのに躓く時とスムーズに流れる時がある事に。
「汐音ちゃんは気付いたみたいだね。森山先生が飛べる秘密を」
「ジャンプするタイミングのような気がします」
「そうだね。相手にすれば見分けが付かないかもしれない。だけどその僅かなタイミングのずれが飛んでいるように見える秘密だよ」
確かに同じ高さでジャンプできるのならほんの僅かの差で最高到達点までの時間がわずかに変わってくる。
でも、それは同じ身長という条件でないと成り立たない。
「森山先生は家の事情で幼い頃に藤倉に移ってきて毎日のように砂浜で走り回っていたので強靭な足腰になったんだと思う。その強靭な足腰があのジャンプのもう一つの秘密かな」
「森山先生って藤倉に住んでいるんですか?」
「あれ、知らなかったのかい。藤倉の少し外れにある古民家に住んでいるんだけど」
「先生が小さい頃から藤倉に……」
「ああ、汐音はまた天使の男の子の事を考えているんでしょ」
栞に茶々を入れられて顔が赤くなるのを感じる。それでも私の記憶に残っている男の子は身長からして私と同い年くらいだと思う。
審判の合図が聞こえ第2ピリオドが終わったようだ。
10分のハーフタイムで選手が戻ってきた。あれだけ動きまわって汗だくになっているのに皆は笑顔で凄く楽しそうだ。
思わずシャッターを切ってしまう。
「おお、K・イーグルスの専属カメラマンとマネジャーかな?」
「彼女たちは森山先生の知り合いでね」
「もしかしてモデルさんかな?」
モデルなんて言われて水族館での写真が浮かんできて恥ずかしくなってしまう。
栞に至ってはマネジャーと言われて照れているけれど悪い気はしていないみたい。
「森山先生の教え子の瑞樹汐音さんと若菜 栞さんだよ」
「って事は。高校生?」
「はい、高校一年です」
関口先生に紹介してもらって聞かれたことに普通に答えたのに何故だか森山先生がチームメイトに誂われてヘッドロックをかけられている。
「へぇ、それで森山はキレっキレっなプレーをしているんだ」
「まぁ、教え子に無様な姿は見せられないよな」
「そんなんじゃないって」
「私達、応援してますので頑張ってください」
栞の言葉で皆が雄叫びを上げて盛り上がっているのに森山先生はなんだか恥ずかしそうだ。
その後の試合は気合が入りまくった選手の為に一方的な戦いになってしまった。
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