オトコの姫とヒゲデブの騎士
あしき わろし
第1話 旧道の小いくさ
ヤゴナ王国を網羅する街道も、山林を縫うようにはしる旧道ともなれば、商業都市エカサから隣国オラスマにむけて、往来が絶えなかった頃の賑わいはない。
まして全盛期をすぎ、斜陽のときを迎えつつある王国に、旧道の整備にまわす余力などはなく、雑草が生え、敷石が浮いて、
「馬車を走らすこともできゃーせんわ」
という有りさまになっていた。
近頃、このへんぴな旧道とゆく者といえば、密使、亡命者、お尋ね者といった、人目をはばかる者たちばかりである。
その旧道で、時ならぬ騒ぎが起こっていた。
新道と旧道が分岐するエカサから一日半。
鬱蒼とした森林が途切れて、どうにか一陣が展開できるほどの場所に、敵味方あわせて、ざっと百から百五十人。
急峻な山合いのせいか、竜騎士はおろか騎馬も見えない。
通常は補助部隊をつとめる亜人種兵すらおらず、両陣営とも歩兵ばかりである。
すでに戦端は開かれていた。
剣がぶつかる金属音に、怒号、悲鳴、断末魔が入りまじり、旧道を見おろす小高い丘まで、風にのって聞こえてくる。
「おー、やっとんのー」
倒木に腰かけている男が言った。
ひょろりと長い胴体に、これまた面長の顔がのって、山羊のような顎髭を風に揺らしながら、だらしなく大刀にもたれかかっている。
「小規模のいくさじゃね。片方で百人くらいかのう、スキピオ」
「いや、峠にいるほうはそのくらいだが、麓から攻めあがってるほうは、もうちっと少ねェだろ。ヘタすりゃ五十人くらいじゃねェか?」
スキピオと呼ばれた、もうひとりの男が応えた。
「にしては、少ないほうが押しよんのー」
「いくさってのはそんなもんさ。カトー、お前だって知ってんだろ?背水の陣ってやつだ。不利な状況で必死こく奴らは侮れねェのさ」
こちらは小柄で丸々とした体躯に丸い顔。ぎょろりと剥いた丸い目を、せわしなく動かしている。
「けど、おかしいな。こんなへんぴな界隈で、いくさがおっ始まるなんて噂は聞いてねェぜ」
「峠側にいる人数の多いほうは、ほとんど戦わずに逃げとりゃせんか。隊商が野臥せりにでも襲われとるんかの」
「にしちゃあ頭数が多すぎらァ。砂海のキャラバンじゃあるまいし、百人からの隊商は組まねェだろう、こんなへんぴな旧道じゃ」
「とりあえず行ってみんとの」
「だな。ボヤボヤしてっと、このへんの住民に、ぜんぶ持ってかれちまう。まったく、戦場荒らし稼業にゃ世知辛ェご時世だぜ」
そうボヤきながら、戦場荒らしを生業とするふたりの男、カトーとスキピオは、いくさの終わりかけた旧道に降りていった。
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