ウィスパー寄稿文店主の憂鬱 Ⅲ

畑々 端子

プロローグ


「あれ…?ネイマールはどこ行ったの……」


 机に突っ伏していたエマが重そうに顔をもたげて言った。


「とっくの昔に会社に行きましたよ……」


 床にうつ伏せに倒れていたヴェラが仰向けに寝相をかえながら唸るように言う。


「あぁ、もうそんな時間なの。レイチェルは……レイチェル?いないの……レイチェル?」


 手さぐりで眼鏡を見つけ、部屋を見てみると、床の上で寝苦しそうに表情を歪めるヴェラの隣。

レイチェルはソファの上で絶賛、爆睡中だった。


世間では華の金曜日の朝を迎え、動き出す街中は週末の休日へ向けて活気に満ちている。

そんな週末の朝。

同じ週末の朝だと言うのに、ウィスパー寄稿文店では地獄のような朝を迎えていた。

締め切りに間に合わせるために、夜通し原稿を仕上げていたことは言うまでもない。


「あれ……私って、何しにここに来たんでしたっけ……」


 背中の痛さに上体を起こしたヴェラは窓から差し込む陽光に「目が焼かれるー」とか言いながら、ふと原点に立ち返ってみたりしていた。


「そりゃ、原稿を手伝いに来てくれたんでしょー。いやー本当に助かったぁ。まさか、レイチェルがメモ紙破くとか思ってなくって、妄想力豊かなヴェラが来てくれて本当に助かりましたぁ~」


「いえ、そこは妄想ではなくて、創造力でしょう。喧嘩を売るなら買いますよ。あっ私、思い出しました。原稿手伝いに来たんじゃなくて、ネタを分けてもらおうと思って来たんですよ。何やってんだろ私……うがぁ……」


 ヴェラは首をコキコキ鳴らしてから、のっそりと寝息を立てているレイチェルの隣に潜り込んだ。  


「あ~開店準備しないと~その前に~シャワー浴びたい~朝ごはんもぉ~お母さん作ってくれないかなぁむにゃむにゃ……ZZzz」



ウィスパー寄稿文店の開店は遠い。




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