第8話 どうでも良いにゃん

「外で食べるお肉って、なんでこんなに美味しいのかしら……」

 頬に左手を添えながら、うっとりした様子ですばるが言うにゃん。

 ……無駄に色っぽいにゃん。


 そんなすばるを横目に、鰍はダッチオーブンで作られたパエリアをパクつくにゃん。

 すぐ食べられるようにと、米の代わりにマカロニを使ったパスタパエリアは、イカや海老、貝等の魚介系のだしが効いていて、香辛料のスパイシーさとレモンの酸味が後引くにゃん。


 海老は下ごしらえの時点で殻を剥いてあって、尻尾を持ってそのままかぶりつけば、香辛料の香りと海老の甘みが口の中に広がるにゃん。


「このパエリア、すっごく美味しいにゃん。魚介系のだしがたまらないにゃん」

 素直にそう話せばすばるが、これは一真さんが提案した料理だと教えてくれたにゃん。


「一真さんって、パスタ系の料理のレパートリーが無駄に多いですよね」

「時短できますし、結構受けも良いですからね。すばるさんも好きでしょう?」


 すばるもダッチオーブンからパエリアをよそいながら言えば、一真さんはすばるの顔を少し覗き込むようにして言ったにゃん。


「……うん、好き」

 すばるはしばらく一真さんと見つめあった後、一度恥らうようにを逸らして、また一真さんの目を見つめて答えるにゃん。


 その場になんとも言えない甘ったるい雰囲気が流れるにゃん。


 ……わかってるにゃん。


 これは啓介の自尊心を傷つけ、かつすばるに話しかける話題を奪った直後に二人のラブラブな姿を見せ付けるという、啓介への精神攻撃にゃん。


 現に啓介はものすごく不機嫌そうな顔で二人を睨み付けてるにゃん。

 当然二人は気付いた上で無視するんだけどにゃ。


 作戦は順調にゃん。

 これはあくまで演技であって、鰍は何も気にする必要は無いにゃん。


 無いにゃん。


 ……。


「二人共随分お熱いですにゃ~」

 二人が見つめあったまま中々動かないので、鰍は茶々を入れるにゃん。


 もしかしたらこの後どうしていいのかわからず、二人がツッコミ待ちである可能性を考慮した、鰍のサポートだにゃん。


 別に私情を挟んでる訳じゃないにゃん。


「えっ、やだ、これは別にそんなんじゃ……」

 すばるが頬を染めて慌てたように鰍の方を振り返るにゃん。

「おや、嫌なんですか?」

 対して一真さんはからかうように小首を傾げるにゃん。


「うぅ、一真さんのいじわる……」

 すばるは手に持っていた皿をテーブルに置いて、抗議するように一真さんの腕を軽く押すにゃん。

 でも、頬を染めて上目遣いで密着する様が、恐ろしくあざといにゃん。


「さて、なんの事だか」

 言いながら微笑む一真さんは、すばるの顔に少しかかった髪を払いのけるついでに指を通して軽くとかすにゃん。


「もうっ」

 すばるはくすぐったそうに身をよじると、照れ隠しのように両手で軽く一真さんの胸を叩いたにゃん。

 アレ、絶対痛くないやつだにゃん。


 ……すばると一真さんの一連のやりとりは、いかにも恋人な雰囲気だったけど、すばる、鰍といる時と全然違うにゃん。


 正直、ちょっと一真さんに代わって欲しいと思ってしまったのは内緒だにゃん。

 隣を見れば、啓介はもはや二人を見る事もせず、黙々とパエリアを食べてたにゃん。


「そうそう、箸休めにトマトのマリネも作って来たの」

 茶番がひと段落すると、思い出したようにすばるがクーラーバッグからタッパーを取り出したにゃん。

 クーラーバッグの中で冷やされていたトマトが美味しいにゃん。


「そうそう、チーズフォンデュ用にカマンベールチーズも持ってきたの。パンとか茹でた野菜だよ」

 と言いながら、すばるはクーラーバッグからカマンベールチーズを取り出すにゃん。

 カマンベールチーズのアルミ包装を上の部分だけ切って器にし、コンロでしばらく炙ると、中のチーズがトロトロに溶けてくるにゃん。


「チーズフォンデュって、一回やってみたかったんだ~」

 チーズをつける具材をテーブルに並べながら、ウキウキした様子ですばるが言うにゃん。

 可愛いにゃん。


 チーズフォンデュの後は、デザートで焼きバナナを作る事になったにゃん。

 バーベキューコンロでバナナが黒くなるまで炙ると、中がトロッとした感じになるらしいにゃん。


 一真さんがバナナを焼いている横で、すばるは上にかける用のキャラメルシュガーやシナモンを用意して目を輝かせているにゃん。

 

「焼きバナナも食べてみたかったの。シナモンやキャラメルシュガーをかけても美味しいっていうから、一応持ってきたんだけど、一気にスイーツっぽくなるね」

 焼きあがったバナナの熱さに一度口の中をやけどしつつ、はふはふと頬張りながらすばるが言うにゃん。


 なんか、普通にバーベキューをエンジョイしてるにゃん。

 でも、確かにどれも美味しいにゃん。

 そして啓介はさっきから一言もしゃべってないにゃん。


「私ちょっとお手洗い行ってきますね」

 すばるがそう言って席を立った直後だにゃん。


「あ、俺もトイレに行ってきます」

 と言って啓介がすばるの後を追ったにゃん。

 確実にすばると二人きりの状態で何かするつもりにゃん。


 鰍が啓介の後を追いかけようとすると、一真さんが右腕で鰍の行く手を遮ったにゃん。

「まあまあ、多分大丈夫ですよ」

 ニコニコしながら一真さんは鰍を止めるけど、何が大丈夫なのかわからないにゃん。


「恐らくもう少しすると完膚なきまでに玉砕して彼が戻ってくると思うので、対応はその時考えましょう」

 一真さんは焼きあがったバナナを皿に乗せながらのん気に言うにゃん。


「そんな事言って、すばるに何かあったらどうするにゃん!」

「このバーベキュー場は週末になると、どこもこの場所みたいに人で溢れていて完全に二人きりになれる場所なんてまずありませんし、大声で騒げば嫌でも注目の的になるので、大した事はできませんよ」


 鰍が抗議すれば、一真さんは辺りを見回しながら答えるにゃん。

 ここには家族連れや友人同士らしいグループが沢山いるし、トイレ周辺なら人も集まるだろうから、確かに完全に二人きりになる事なんて、まずありえないにゃん。


「でも、心配にゃん」

「すばるさんはあれで結構逞しいところもあるので、そこまで心配しなくても良いと思いますけどね」

 鰍が呟けば、一真さんが笑うにゃん。

 笑い事じゃないにゃん。


 とか、なんとか一真さんと言い合っているうちに、啓介が走りながら戻って来たにゃん。

「す、すいません、俺、用事思い出したので、帰ります」

 そして、妙に萎縮した様子でそう言い残すと、自分の荷物を持ってまた走ってどっか行っちゃったにゃん。


「どうやら上手くいったようですね」

「一体、何があったんだにゃん……?」

 しばし鰍が呆然としてると、少しして将晴が帰ってきたにゃん。


 こちらに歩いてくる姿を見るだけでわかる位、るんるんにご機嫌だにゃん。

「あら、西浦君はもう帰っちゃったのかしら?」

 すばるは鰍達のところまでやってくると、そう尋ねてきたにゃん。


「ええ、ついさっき用事を思い出したといって」

「そっか~それは残念だわ~」

 一真さんが答えると、全く残念に思って無さそうな笑顔で言うにゃん。

「白々しいにゃん」


「多分もうあの人はちょっかい出してこないだろうなって思うと、とっても晴れやかな気分だなって」

「一体何をしたにゃん?」

 なおも上機嫌で答えるすばるに、一体何があったのか鰍は気になるにゃん。


「この前、二人に悪女っぽい演技は向いてないって言われたから、開き直って自分らしく、自分の言葉で、自分の気持ちを伝えたら、諦めてくれたよ」

「なんて言ったにゃん?」

「単純に、もし私の事好きなら、興味ないから諦めて。みたいな感じかな」


 可愛らしくすばるは微笑むにゃん。

 つまり、いつもの状態のすばるに啓介は、普通にふられた、ということなのかにゃん?

 思ったよりもあっけない幕引きに、鰍は首を傾げるにゃん。


 今までの啓介の様子だったらもっと食い下がると思ってたにゃん。

「私も少し感情的になってしまったけれど、私が西浦さんを好きになる事はありえないし、恋人との時間を邪魔しないで欲しい、みたいな事を言ったら納得してくれたの」


 恥ずかしそうにすばるが言うにゃん。

 ……態度は丁寧だとしても、普通に内容は辛辣しんらつそうにゃん。


 啓介は一体どんな事を言われてあんなに動揺していたのか、なんて考えたけど、今までの啓介の言動を思い出すと、逆に一度こっぴどくふられた方が本人のためになるんじゃないかとも思えたので、もうどうでも良いにゃん。

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