家族があった

@ikeya_makoto

第1話



 部活を終え重い足を引きずりながらやっと家の近くまで帰ってきた頃、もう辺りはだいぶ暗くなっていた。

7月に入り日もだいぶ長くなっているとはいえ、長引いた部活のせいですっかり夜になってしまっている。

あと少しで家に着く。

動きたくないと駄々をこねる体に喝をいれるように大きく深呼吸すると、夏のにおいがした。



 昔から、夏の夜のにおいはなんだか独特で好きだった。

ずっと昔、パパに連れられて夏の夜に出かけたことが2,3度あった。

実際は昔と言えるほど前ではないのだけれど、私にはすごく昔のことのように思える。

私は小さい頃から早寝早起きだったから、眠い目をこすりながらパパに手を引かれ半分寝ているようなふわふわとした感覚の中で夏のにおいがとても心地よく感じたのを覚えている。


パパはその頃、私によく笑いかけてくれた。

私と同じで声の小さい人だったから、しゃがんで私の耳元に顔をよせ、色々なお話をしてくれた。

でも、いつもパパの顔を思い出そうとすると頭に霧がかかったようにどうも思い出せない。

至極平凡な男性の顔だった気もするし、そうでなかったような気もする。

パパは写真が嫌いだったから持っていない。


 そんなことを考えながら歩いていると、思い出せないモヤモヤがだんだん怒りに変わってきて考えるのをやめた。

夏の生暖かい夜の風が汗をかいた体にまとわりつくようで気持ちが悪い

一秒でも早く家に帰って汗を流そう。

母が美味しい晩御飯を作って私の帰りを待っていてくれているはずだ。



 そう思い足を速めた瞬間、右腕を誰かに掴まれ強く後ろに引かれた

そのまま後ろに引っぱられ、足がもつれる。

突然の出来事に頭がついていかない。

逃げなければいけないと理解した時には、頭に被せられた袋で私の視界は奪われてしまっていた。

私の腕を掴んでいる力は思ったより強くて、振りほどこうにも1ミリたりとも動いてくれない。

助けを呼びたくても緊張で口が乾いてうまく声が出ない。両腕を掴まれ、誰かの指がぎりぎりと食い込んで痛い。

頭部を覆っている袋を振り落とそうと頭を必死に振っていると、袋の上から首をつかまれあまりの怖さに動けなくなる。

恐怖でしゃがみこんでしまいたくなる気持ちを抑えて絞り出した叫びは、後頭部へのゴツンという鈍い衝撃によって声にならなかった

そのまま私は意識をゆっくりと手放した。




 頭部のズキズキとした痛みで私は目が覚めた。

目を開けると一面真っ暗で、まださきほどの袋を被ったままなのだと理解できた。

ここはどこなのか。

目をつむり、集中して辺りの状況を想像する。

体が激しく揺られるのはおそらく走っている車の中に寝かされているからなのであろう。

かなり飛ばしているようだ。

おかげでただでさえ痛い後頭部が刺激され余計に痛む。

本当に情けない。自分の間抜けさやのろまさは十分わかっているつもりだったが、ここまで馬鹿だとは思わなかった。

これだけ色々な事件がニュースで日々伝えられているのに自分が事件に巻き込まれるなんてこれっぽっちも思ったことはない。



この状況で1つ自分を褒めてやるとしたら

本当に無理矢理だが、目を覚ましてすぐに飛び起きなかったことだろうか。

だからいま車を運転しているであろう相手は私が起きたことに気づいていないし、私も状況を落ち着いて整理できる。

今のところ誰かの話し声は聞こえない。

もし相手が複数だったとしたら、私に勝ち目はないだろう。

1人だったら勝てると思っている時点でまだ懲りていないのだなともう一度自分に悪態をつく。


なにがあったのか、私を殴ったのは誰なのか、これからどうなるのか。

いくつもの疑問が痛みをよりひどいものにしている気がした。



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