許嫁
―――ドダダダダ……。
凄まじい足音を立てて、
一目散に駆けていく彼女には、恐らく厳しいやろうこの家の作法なんか今は浮かんでないやろう。
「……あの……彼女は……一体……」
恐らく、多分、きっとここに来てから一番の奇行は彼女が取ってる。
俺には全く理解不能やし、こう聞いた
「……実は彼女、篠子は……少し前まで……僕の許嫁だったんです……」
「えっ!?」
「なっ!?」
流石にこの事実には、俺も利伽も絶句した。
それがほんまやったら、利伽との縁組のせいで婚約が破談になったんは間違いない。
此方に非がないゆーても、当事者としては良い気分にはならん。
けど横におるビャクは妙にワクワクした雰囲気を醸し出してる。
こいつ……化身の癖に、色恋沙汰には興味津々ってとこやな……。
因みに俺の右斜め後ろ、利伽の左斜め後ろに座る
人間の情事には興味ないんかも知れんな。
「……この話は兄の事とも、婚約話とも繋がります。
つい最近まで普通に暮らしてきた俺 (たぶん利伽も)にしてみれば、何とも時代錯誤な話や。
これで地脈だ化身だ封印だ……なんて目の当たりにせんかったら、絶対鼻で笑ってたとこや。
けど知ってしまった今となっては、それも笑い話にはよーせん。
接続師、封印師としてそれほど知名度があって、事実力があるんやったら喉から手が出るほど欲しいって輩はごまんとおるやろ。
「……それで……篠子さんのあの眼……」
篠子の射竦める様な視線にも合点がいく。
彼女にしてみれば、利伽は良幸との婚約を台無しにした張本人や。
「篠子にも話はしています。本人も納得したと聞きました。ただ、どうしても利伽さんを一目見ておきたいと言って……でもまさかあんな……」
そこで良幸は困った様な、居心地の悪そうな様子を見せた。
浅間家の人間やない俺らに、何かを言う資格なんかない。
これはあくまでも身内の問題やろう。
「……篠子さんは……納得してないんとちゃいますか?」
しかし当事者として、同じ女性として利伽は黙っとくっちゅー選択肢は取らんかったみたいや。
「いえ、そんな事は……」
「貴方はどないなんですか!?」
利伽が畳み掛ける。
良幸は満足に言い返せん。
「正直に言います。私はもし婚約が成立しても、あなたと結婚するなんて考えてません。少なくとも今は」
立て続けに放たれる利伽の口撃。
けど不思議と良幸にダメージを負った様子はない。
俺やったら今の一言でグロッキーやで……。
「……利伽さん……あなたがどう考えていようと、僕は家の決定に従うだけです……。あなたが例え僕を嫌おうと、家の決定なら僕はあなたと結婚します」
「あなたはそれで良ーのん!?」
想像通りお決まりの常套句に、利伽の声も少し荒れる。普段から感情に素直な利伽やけど、ここまで苛立ったとこは久しぶりに見た。
多分女性側の視点で、篠子の気持ちが解らんでもないんやろな。
「……良いも悪いもありませんよ……。僕には何も、決める資格はありませんから……」
そう答えた良幸の顔は、どこか達観した、諦めを含んだ顔やった。
彼は彼なりに思う処があるみたいやな。
利伽もこう言われては、後に続ける言葉はない。
「……もう暫くお待ち下さい。準備が出来たら呼びに越させます」
まだ何か言おうとした利伽の言葉を遮るように、立ち上がった良幸はそう告げて部屋から出ていった。
何とも言えん雰囲気の部屋に残された俺達は、次の言葉を発せずにおった。
「……けど、宗一って奴が俺達を襲ってくる理由はハッキリしたな」
兎に角空気を変えたくて、俺は宗一の話題を持ち出した。
利伽の婚約云々は、出来れば口にしたくなかったからこの話題しか持ち出せん。
「今も昔も、人の恨み辛みが向かう先は同じニャねー」
言葉を返してくれたんはビャク。
利伽は何か考えてるんか、フリーズしたままや。
「……人の呪詛を纏った怨念は……非常に強力ですから……」
その言葉に蓬も続く。
彼女達も俺らより長く生きてる分、人の世の明暗を目の当たりにして来たんやろな。
「……ってゆーか、今の話やと標的になるんはお前らの確率高いんやぞ? 良ー平気な顔でおれんな?」
どこか他人事な彼女達の口振りに、俺は思わずツッコんでもーた。
強さだけで言ーたら、現状彼女達の方が遥かに上や。
「べっつにー。あんなん、大したことニャいしー」
「……特に杞憂する事はないかと……」
何とも頼もしい話や。
一目みただけでも、宗一は異常な力を纏ってた。
けど彼女達にしてみれば、それは驚くに値せん事みたいや。
「……失礼します」
その時部屋の外から女性の声がした。
勿論、篠子とは別の女性や。
「浅間家総代様より、準備の整った旨承って参りました。八代様も御準備が整いましたなら御案内させて頂きます」
準備もなにも、俺らに用意する事なんかない。
事前に聞いてる話では、正式に「見合い」をするんは明日や。
俺と利伽は顔を併せた。
「直ぐに参ります」
頷いた利伽は、立ち上がりながら迎えに来た女中さんにそう答えた。
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