一族の闇

 俺にも感じる事が出来るほど、浅間あさま篠子しょうこからは利伽りかへと挑発的好戦的視線が向けられてた。

 流石にそのをモロに受けてる利伽は居心地が悪そうや。

 俺やったら絶対文句言ーてる。

 けどそれを知ってんのか知らんのか、目の前に姿勢良く正座してる浅間良幸よしゆきは涼しい顔で爽やかスマイルやった。

 ただその微笑も徐々にかげって、真剣な表情へと移り変わった。


「……先程の……話の続きなんですが……」


 それはさっき廊下で話してた彼の兄、浅間宗一むねかずの事や。

 俺らはその男に、問答無用で襲われた。

 纏ってる雰囲気の禍々しさを思い出せば、放っとく事も知らんままでおる事も出来んかった。


「……兄は……彼は化身への憎しみと、己の強さを渇望する心に取り憑かれた、鬼神と化してしまったんです……」


「……鬼神……?」


 比喩とはいえ、実の兄を鬼扱いとは尋常や無い。

 利伽の呟きにも、疑問と共に畏怖が含まれてた。


「……はい……鬼……ですね……」


 良幸の顔には苦渋の表情が浮かんでる。

 宗一の事は良幸を少なからず悩ませてるみたいや。


 ―――ギリッ……。


 そして入り口の方からは、歯を食い縛る音が聞こえる。

 見るとさっきまで利伽に敵意剥き出しの視線を投げつけてた篠子が、今は両膝に置いた手を握りしめ、視線を落として肩を震わせてた。

 必死で何かに耐えてるんは一目瞭然や。


「……兄の……包帯を見ましたよね?」


 良幸は少し表情を緩めて俺達を見ながらそう聞いてきた。


「……あ……ああ……」


「……ええ……」


 俺と利伽は言葉少なく頷いた。


「……兄は10歳の時、初めて総代様ちちに連れられ化身の調伏ちょうぶくに向かいました……。そして帰って来た兄は全身に酷い“しゅ”を受けて重体でした……。直ぐ様祈祷を執り行い一命は取り止めたのですが……兄の全身には余す処無く醜い呪痕が残り、それは今も消えていません……」


 ―――ゴクッ……。


 俺の喉が鳴った。

 俺だけや無く、利伽も喉を鳴らして聞き入ってたかもしれん。

 苦し気に、絞り出す様な良幸の独白に、俺達は言葉を出されへんかった。


「……意識を取り戻し動けるようになった兄は、もうそれまでの兄では無くなっていました……化身に対する尋常ではない執着……そして怨恨……同時にその強さに対する渇望……兄は強い者を求め、それを調伏する事でしか己の満足を満たし、自身の存在意義を見出だせなくなったのです……」


 良幸の、宗一に対する説明が終わっても、誰も何も口を開かんかった。

 確かにあの時対峙した宗一は、狂気とも思える雰囲気を纏ってた。

 でも彼の話を聞いて、俺はどうしても府に落ちんことが浮かんできた。


「……なぁ、良幸さん。さっきの話やとあんたの兄貴は、強い者と戦って勝つ事を目的としてるって話やねんけど……」


 口を開いた俺に、その場におった全員の視線が向けられた。

 この雰囲気の中で注目の的っちゅーのは、どうにも居心地が悪い。


「なんであいつは、利伽を狙ったんや? こう言うんも何やけど、接続コネクトしてない俺らなんか取るに足らん存在やで? 最初っからビャクやよもぎを狙ったっちゅーんやったら解らん話やないけど……」


 奴の攻撃は間違いなく利伽を狙ってた。

 聞いた限り、奴の腕前で狙いを外すって事は考えられへん。


「ああ……」


 それを聞いて、良幸は若干和やかな顔になり、逆に篠子は再びピリピリとした雰囲気を纏い出した。

 そしてそれを見て俺達は更に怪訝な顔になった。

 どう考えても、ここは顔に笑顔を湛えるとこやない。

 良幸も自分の表情が場にそぐわへんと思ったんか、直ぐに引き締めた顔を作った。


「……すみません。その事については心当たりがあります」


 自分の顔が綻びかけとったんが解ったんか、良幸は一言謝りを入れてから話し出した。


「あなた達はご存じないのですね? 霊穴に携わる者達が、あなた達……いえ、不知火しらぬい家と八代やつしろ家をどの様な目で見ているのか……」


 そもそもそんな話を聞いた処か、考えたことさえ無かった俺達は無言で肯定した。

 っちゅーか、利伽が狙われたんと家の事は今関係無いんとちゃうか?


「不知火家と八代家の方々は代々、非常に強い封印師を排出していることで有名なんです。それに“特別な力を持った”接続師コネクターだと言うことも既成の事実として知られてるんですよ」


 そんな事は初耳やった。

 流石に俺も利伽も、呆気に取られるしかなかった。

 ゆっくりと首を回すと、ビャクはしたり顔でウンウン頷いてるし、蓬は妙に納得した顔でやっぱり頷いてる。

 で、部屋の入り口からはまたまた強い視線が発せられてきた。

 今度は歯軋りやら、握った手の音が聞こえてきそうな程強いもんや。


「……その……は……それと関係あるんですか?」


 利伽はいつの間にか再起動して、良幸にそう質問した。

 そらーそんだけ話題になってるんやったら、強さに異常な執着のあるっちゅー宗一やったら襲ってきてもおかしないやろ。


「……申し訳ない……恐らく兄は……噂に名高い八代家の血に興味を持ったのは間違いない……」


「いえ……」


 利伽の言葉に再び謝罪した良幸を、利伽は即座に切り返した。

 謝罪を受け入れんっちゅー訳や無くて、別の事が気に掛かってるみたいや。


「お兄様の事もそうですけど、私がゆーてるんは……お見合い話の方で……」


 ―――ガラッ! バタンッ!


 利伽がそう言った途端、凄まじく大きな音がして、入り口に座ってた篠子が出ていった。

 その余りな轟音爆音に、俺と利伽は互いに顔を見合わせたまま言葉を失ってもーた。

 そして目の前の良幸は掌で額を覆って、深い溜め息と共に大きく俯いた。

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