第44話 8月1日後篇
その夜。結菜の部屋でおでんパーティーが開かれることになった。不幸なことに6人全員が揃っていた。テーブルが足りなかったので、佐藤の部屋からもう一つ持ってきていた。
「結菜、エプロン似合っているね。新婚さんって感じ」
「まだ結婚はしてないけどね。ありがとう。なんだか、『アツアツ』で働いていた時のこと思い出すね」
「俊の話だと、健ちゃんはお母さんから料理を習ったみたい。優しいお母さんだったそうよ」
「結菜と正の新婚旅行先は、『アツアツ』で決まりだね」
「ちょっと美樹、さっきから手が止まっているよ。ちゃんと手伝って」
「はーい」
「美樹はお疲れだろうから、休んでいてもいいわよ」
「もう、友里ったら、やめてよ」
女子たちはキッチンで楽しそうに料理をしていた。
八坂は一言も喋らない。ただひたすらスマホをいじっていた。しかも、つまらなさそうに。結菜の部屋に上がっていながら、何なんだこの態度は!
佐藤も一言も喋らない。俺が八坂に対して苛立っているのをおもしろがって、わざと喋らないようにしているのだ。たまに、笑いを堪えているのがわかった。
20歳になっていたら、俺は酒を飲まずにはいられなかったことだろう。
ノ―リアクションだった。女子が作ってくれた料理を食べても、八坂は一言も発しなかった。
「皆で食べるとおいしいね」
結菜は嬉しそうにそう言った。やっぱり、一人暮らしは寂しかったんだなあ。
「このたまねぎのおでん、最高に旨いよ!」
佐藤は良いリアクションをしてくれる。さすが友だ。『杉山見習い部』のメンバーだ。
「もう、佐藤がたまねぎばっかり食べるから、海太の分、残っていないじゃない!」
美樹が怒るが、八坂はやはりノ―リアクションだ。
「八坂君が自分で取らないから悪いのよ」
三上が言い返した。俺は心の中でガッツポーズをした。
「はいはい、友里は佐藤の味方だもんね」
「三上もたまねぎ、3つ食べてたぞ」
ようやく八坂が喋った。黙っていたかと思っていたら、そんなことを数えていたのか? 鼻に付く野郎だ。
「フフフッ。八坂君、佐藤と三上さんがおいしそうに食べているから、譲っていたんでしょ」
結菜が微笑ましそうに言った。
八坂は無視をした。これはこれでいい。結菜と喋られるより、無視してくれたほうが腹が立たない。
「海太、他に何食べる?」
空になった八坂の皿に、美樹がおでんをよそうおうとすると、八坂が急に立ち上がり、美樹の手を引っ張って、結菜の部屋から出て行った。
そして、すぐに八坂の部屋からドンドンと音が響いて来た。
テレビがついた。誰がつけたのかはわからなかったが、良い反応だった。
「こんなに音が響くもんなんだな。もし勉強中に聞こえてきたらどうしようっかなあ」
佐藤が俺と結菜を見てニタニタする。
「その心配はいらないわ。もし、襲われたりしたらこうしてやるんだから」
結菜は俺が股間の部分を焦がしてしまったパジャマを、佐藤と三上に見せる。
「怖っ!」
「確かに心配なさそうね」
佐藤と三上が納得した表情を見せた。
「今日は、二人は泊まっていくの?」
結菜が尋ねると、佐藤と三上は同時に首を横に振り、
「ここは勉強するために借りた部屋だから」
「私たちのほうも心配しないで、結菜」
と答えた。
「嬉しい! 三上さんに、下の名前で呼ばれたの初めて」
結菜は目をキラキラさせて喜んでいた。俺まで嬉しくなってきた。
「私のことも友里って呼んでね」
「うん。そうする」
最初は嫌だったが、おでんパーティーが開かれて良かったと思えた。
「オッケー、俺も友里って呼ぶな」
「それはダメ」
三上が冷たくそう答えると、佐藤が大声で笑う。結菜も笑っている。
「正、もう諦めろ。友里は、言い出したら聞かないから」
何よりショックだったのは、俺と八坂だけ三上と呼ぶことになったことだ。どうしてあんな奴と一緒にならないといけないのだ。八坂の部屋はまだ騒がしかった。
後片付けをしていると、美樹と八坂が戻って来た。八坂はノートと筆箱を持ってきていた。
よくのこのこと戻ってこれたものだ。でも、それは美樹も同じことか……。なぜ、俺は八坂にだけ腹が立つのだろう?
「友里、この問題教えてくれ」
八坂はノートを開くと、三上にそう尋ねていた。
「この問題はね……」
三上が八坂に数式の解き方を教える。
俺がきょとんとしていると、
「友里と八坂は1年の時に同じクラスだったんだよ」
と佐藤が教えてくれた。
ハハハッ……。友里と呼べないのは俺だけなのか……。まあいいさ、八坂と一緒になるくらいなら、俺一人だけ三上と呼ぶほうが特別感があるではないか。そう慰める。
食後は、美樹が星野さんからもらったコーヒーを飲みながら、佐藤と三上がおばさんと一緒に作って持ってきてくれたケーキを食べた。
八坂はノ―リアクションを貫き通した。イケメンでなければ許されない行為だ。イケメンだとなぜ許されるのだ? 八坂のノ―リアクションに誰もつっこまない。こいつはただイケメンなだけで、何の能力者でもない。ただのイケメン野郎だ。
「そういや、今度撮影がある映画だけどさ、合唱部の出演者だけじゃなくて、住人役のエキストラの人たちも歌んだって」
佐藤がそう言うと、美樹の目がキラッと光った。
「実はその映画なんだけどさ、海太も出るんだよ」
「えっ?」
しまった。声を出して驚いてしまった。
「準主役の合唱部のメンバーとして出演するんだよ。エヘヘッ」
美樹が誇らしげに言うが、八坂はやはりノ―リアクションだ。こんなことで驚いた俺をバカにしているように思えた。
「八坂君、俳優さんなんだ。凄いね」
結菜が八坂を褒めた。
「別に……」
八坂の奴、返事をしやがった。しかも、何だその偉そうな返事は! その映画は大コケしてしまえばいい!
「それでさ、俺、考えたんだけど、エキストラの人たちが歌うだけってつまんないじゃん。だから、渚町の人たちに呼び掛けて、皆で歌えるようにできないかなって! 合唱部だけじゃなくてさ、渚町の皆の歌声で、攻めて来る宇宙連合を追い返すんだよ!」
「いいね! それなら私も海太と一緒に映画に出られる!」
美樹がまた目をキラッとさせた。
「歌詞を載せたチラシを作って配りましょう」
三上もすっかりやる気になっている。
「あとさ、俺たちが歌っている動画も撮影してアップすれば、他の人も覚えやすいじゃん。そういうのも作ろうぜ。ゆいぴーは、やっぱり歌は嫌かな?」
「うん。悪いけど、私はチラシ作りを担当するね」
何事にも積極的な結菜が、こんなに歌うことを嫌がるとは……。いったいどれほど音痴なのか一度聞いてみたいなあ。そんな結菜もきっとかわいいのだろうなあ。
「それじゃ、ゆいぴーと正はチラシ作り担当な。俺と友里と美樹で、歌の動画作るからさ」
「わ、わかったよ」
クソッ。何で俺が、八坂の出る映画のために協力をしないといけないのだ? しかもこいつ、さっきから『ありがとう』の一言もなしだ。
「お前がどうして、そんなにイラついているのか、教えてやろうか?」
八坂が俺にそう言った。『お前』と呼ばれて、こんなにムカついたことはなかった。
「嫉妬だよ」
「はあ?」
「俺のことが羨ましくて仕方ないんだろ」
八坂はそう言うと、立ち上がって自分の部屋に戻って行くわけでもなく、平然とコーヒーを飲みやがった。
「ごめん、正。ごめん、結菜。帰るわよ、海太」
美樹が謝ると、八坂の腕を掴んで、結菜の部屋から出て行った。
「正、気にすんなよ。八坂に嫉妬しているのは、正だけじゃない。俺だってそうさ」
「異性の私だって同じよ」
佐藤と三上が慰めてくれる。
「それじゃ、俺たちもそろそろ帰るな。ゆいぴー、食事会開いてくれてありがとう。楽しかったよ」
「よかった。またやろうね」
「夏はこれからが本番だもんね。結菜、今度はカレーパーティーしよう!」
「それいいね! やろうやろう!」
佐藤と三上は俺にとっては恐ろしい置き土産をして帰って行った。八坂と一緒に食事会だなんて二度とごめんだ!
おでんパーティーがお開きとなってから、八坂の部屋は静かだった。美樹が気を遣って、今日は泊まらないで帰ったのかもしれない。
結菜は料理をたくさん作って疲れたのか、お風呂に入るとすぐに眠っていた。
どうして俺が八坂に嫉妬をしないといけないのだ? 俺は結菜と同棲して、こうやって結菜の寝顔を見ることができている。こんなに幸せな俺が、八坂に嫉妬する理由はない。
あいつのことを考えるだけ時間のムダだ。相手にしなければいいだけのことだ。
頭ではわかっているが、イラついて眠ることができない。
俺はキッチンで水を飲んで落ちつくことにした。だけど、2杯水を飲んでも、血がのぼった頭を冷やすことはできなかった。
「眠れないの?」
結菜が扉を開けて、立っていた。
「ごめん、起しちゃって……」
「一緒に暮らしているんだもん。それくらいで謝らないでよ。早く寝よう」
「う、うん」
俺は部屋に戻ると、眠れる気がしなかったが、布団に入った。結菜の睡眠を邪魔しないように、布団の中でじっとしていよう。
すると、結菜もベッドではなく布団の中に入ってきた。
「今日は、ここで寝かせて。おやすみなさい」
結菜はそう言うと、すぐに眠ってしまった。
俺も急に眠たくなってきた。おやすみなさい、結菜……。
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