第9話 守り人


 翌朝。『南かぜ風』に寄ってみると、丁度、結菜と美樹が楽しそうにお喋りしながら、店内から出てきた。

「お、おはよう。結菜、昨日は……」

「はいこれ」

 結菜が袋からポテトサラダドッグを出して、俺に差し出した。

「おごってあげるって、約束したでしょ。これ食べて、元気だしなよ」

「あ、ありがとう」

 俺は無抵抗に結菜からポテトサラダドッグを受け取った。

「良かったね。落合君」

 美樹が、ニコッと笑う。どうやら、結菜から昨日の件を、聞いているようだ。

 ちょっと恥ずかしかったが、結菜と美樹と一緒に学校へ向かう。

「うーん、こんなに楽な登校って久しぶり」

 美樹が背伸びをしながらそう言う。

「フフフッ」

と結菜が愉快そうに笑う。

「毎日、薫と綾と一緒に学校に行くの、本当に疲れていたから」

「わかる。わかる」

 結菜が共感する。

 俺にはまったくわからない。薫と綾と美樹は仲良し3人組ではなかったのか?

「ねえ、明日からも結菜と落合君と一緒に登校していい? 薫にはさ、結菜が佐藤君に接近しないように見張っててあげるとか言っておくから」

「オッケー。一緒に行こう」

「やったー! 肩こりがひどくなってヤバかったんだから」

「頑張った。頑張った」

 結菜が美樹の肩を揉んでやる。

「それならさ、line交換しておこうぜ。遅れるときとかの連絡に必要だろ」

「そうだね」

 結菜が鞄からスマホを取り出す。

「落合君、ごめん。私は無理」

「えっ?」

「美樹、彼氏がいるから。嫉妬しちゃうのよ」

「えへへっ」

 知らなかった。美樹に彼氏がいたなんて。転入してからまだ1週間ちょっとの結菜が知っているのに。

「で、相手は誰なの? 俺の知っている奴?」

「教えないよ。どの高校かも、何年生かも」

「どうして?」

「落合、女子には女子のドロドロとした世界があるんだよ。そこでは、男関係は知られないほうがいいの。まあ、美樹に彼氏がいるって教えてもらっただけ感謝しなさいよ。それから、誰かに言ったら、家に帰れないようにしてやるからね」

「わ、わかってるよ」

 この『わかっているよ』は、どちらかというと秘密を喋らないというより、もし喋ったら結菜は本当に俺を家に辿り着けないくらいに痛めつけるだろう、ということに対しての返事だった。

「でも、美樹、どうして落合も一緒がいいの?」

「ボディガードには最適でしょ」

「確かにそうね」

 結菜と美樹が声を出して笑う。ちょっとムッとしたが、

「落合君、結菜とline交換しなくていいの?」

と美樹が言ってくれた。

「そうだった。また忘れるところだった」

 俺はスマホを取り出し、美樹のおかげで遂に結菜とline交換することができた。これで、いつでも、結菜に連絡することができる!


 登校すると、美樹は薫と綾と、今まで通りに接していた。とても、嫌々付き合っているようには見えない。

 そして、佐藤が『ゆいぴー、ゆいぴー』と結菜に接近してくると、美樹は佐藤の話を遮って、結菜に喋りかけていた。

 こうして見てみると、美樹こそ薫から、クラスの女子から結菜を守っている、ボディガードではないか。言われてからようやく気付いたが、クラスの女子の視線が、佐藤と結菜に集まろうとするのを、ごく自然に防いでいる。

 美樹は“調和を保つ能力者”だったのだ。きっと、素敵なお嫁さんになるのだろうな。


 この日の杉山はパンツコーデだった。また彼氏さんとケンカしたのかな? でも、杉山は急にスカートをはくようになって、他の女の教師たちから妬まれたりしないのか? 結菜が言う“ドロドロとした世界”が怖くないのだろうか? 俺はいったい何歳になったら女心がわかるようになるのだろう? 『誰でもすぐに女心を理解できる魔法のセミナー』的なやつに、今のうちから通っていたほうがいいのかもしれない。


「オッチーには無駄じゃない?」

「そうだな。そんなセミナー、オッチーにはムダだ。女心なんてわかりっこない」

 バイト先の『渚四川飯店』で、川上さんと貴子さんに、まかないを食べながら女心について相談したのだが、一刀両断された。『渚四川飯店』で再登用してもらってから、なぜか俺は『オッチー』と呼ばれるようになっていた。なんとなくだが、無断欠勤した件をディスられているような気がする。

「そんなの行ってみないとわからないじゃないですか」

「うわっ。俺は今までそういう広告を見て、いったいどんな奴が高い金を払って参加しているのかと思っていたけど、こういう奴だったんだな」

 川上さんが俺の顔をまじまじと見る。『こういう奴』とはどういう奴だ。川上さんと貴子さんからは、俺はどんな風に見えているのだ?

「うちのお給料をそういうところでは使ってほしくないですね」

 野村店長もボソッとそう言った。


 もちろん、女心がわかるようになってモテたいとか、そんな不純な動機でここで働いているわけではない。沖縄への引越し資金と、食事付きマンションの家賃を貯めているのだ。

 茜さんなら、こんな俺にでも、女心を教えてくれそうな気がする。実際に、茜さんと文通してから、男子よりも女子のほうがクラスメイトのスカートが短くなったことに敏感であることや、彼氏はブランドバッグのようなもので、見せびらかすことができなくなったら捨てられることを教えられた。

 でも、もう茜さんから女心を教えてもらうことはできない。仕方ない、自分でそうしてしまったのだ……。でも、待てよ、どうして2人の女性を同時に好きになってはいけないのだ?

 俺は、貴子さんと野村店長が自然に喋っている様子を見ながらそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る