天体のこと

天体のこと 前編

 この学校には、集まった変な人たちの影響なのか、というかそうとしか考えられないけれど、これまた奇妙な部やら活動やらがあった。

 各運動部、化学部、演劇部、文芸部、手芸部、といった世間一般にありふれた部活動だけでなく、オカルト同好会とかSF同好会とか、名前を見ただけで回れ右したほうが良さそうな集団もいた。だいたい騒動を巻き起こすのは後者のほうだ。

 学級委員をやっていると、彼らの奇天烈な活動内容は嫌でも知ることになるし、トラブルが起きれば後始末や仲裁に駆り出されるので、悲しいことに顔を覚えられることも多々ある。

 無論、真面目な部はあるし、そういう人たちは普段ひっそりと平和に活動をしていて、文化祭でもなければ「へーそんな部あったんだ」ぐらいの存在感しかない。

 もっとも、そんな平穏なところでも、鬱憤が溜まることはあるわけで……。

 これは僕が三年の時の話になる。


 天文部はそれなりに歴史のある部活なのだという。古くはアポロ十一号の月面着陸に触発されて勃興し、二十世紀末の獅子座流星群ブームで最盛期を迎え、その後も探査機はやぶさの帰還やいくつもの彗星の到来など、尽きぬ天体ショーの数々に励まされて、例年あぶなげなく部員も確保できているそうな。

「ところが、昨今は天体観測ではなく、うちを星占い部かなにかと勘違いしている新入生が多くて」

 そう不満をもらすのは、天文部部長の壮月くんだ。

「星占いはダメなの?」

「天文学と占星術に似通ったところがあるのは確かだ。古代においては学問としての地位もあった。だが、かのプトレマイオスも、占星術は経験則すぎ、天文学の自明性には劣る、と言っている。今から二千年以上も前の話だ。その頃から星占いと天文学は大きく違うと見なされていたのだ」

 僕は天文部の部室においてあった天文雑誌をパラパラとめくった。

「星占い載ってるけど」

「占星術は天文学に似通ったところがあるからな」

「僕、今月は水難か……。天文学に興味をもってもらうきっかけとして、別にいいんじゃないかな。あとから天文学がどんなものなのか教えればいいのに」

「新入部員勧誘の時期ならば、それも大歓迎だ。だが半年もたってまだ非科学的なことに傾倒するようでは困る。我が部は天体物理学を主軸に回転しているのであって、占星術という天動説じみたものはコペルニクス以来取り扱っていない」

 壮月くんはいまいましげに首をふった。

「それもこれも、オカルト同好会のせいだ」

「結局それが言いたかっただけなんだね……」


 数ある部活動、同好会活動のなかでもトップクラスにろくでもないことをしでかす集団として、常に首位(あるいはどん底)に腰を据えているのがオカルト同好会だ。

 生徒会という本当にろくでもない存在がいるおかげで相対的にマシなほうだと思われているけれど、全体から見れば絶対的にトラブルメイカーの常連になっている。

 黒魔術、サバト、闇鍋、UFO召喚、インスタント呪術サービス、その他いろいろ。特にハロウィンがある十月末は世紀末になるし、クリスマスシーズンもオカルト同好会だけはユールの日ユールの日とはしゃいで儀式をはじめるし、そもそも年中なにかしらの厄ネタを見つけては騒いでいる。卒業アルバム用の撮影は必ず心霊写真になるので毎年お祓いが必要で、今から頭が痛い。彼らが大人しくしているのは、女子も男子もおまじないを聞きに殺到して対応に忙殺されるバレンタインシーズンくらいだ。

「壮月くんの言いたいことはわかったよ」

 オカルト同好会の活動場所になっている予備教室前で、僕から話を聞いた会長の坂東さんはゆっくりと頷いた。

「つまり私たちが発行している『オカルト週報』から星占いのコーナーを削ってくれというんだね」

「いや違うと思うんだけど」

 そうなの? と坂東さんはよくわかってなさそうな顔でまばたきをした。

「話を聞くかぎり、壮月くんが悩んでいるのは星占いのことなんだよね? だけど私たちは別に天文部になんの恨みもないしライバル心もない。呪いも、ええと、今は、依頼されてなかったはず。だからトラブルがあるとしたら、直接的じゃなく間接的な影響が原因なんじゃ?」

「たぶんね。オカルト同好会が余計なことを吹き込んでるんじゃないなら、天文部の部員当人の問題なんじゃないかなぁ」

「私たちのいつもの行いも良いとは言えないけれど、言いがかりみたいな苦情も皆無じゃないんだよね。今回もそれじゃないかな」

「自業自得ってやつだね」

「徳井くんはさらりと毒舌を言う……」

 ふぅ、と坂東さんは息をもらし、それからあらためて僕を見た。

「まあいいや。そういうことなら一度天文学部の人と話をしよっか。べつに死人が出たとか死人が生き返ったってわけじゃなし、問題が平和的なうちに、話し合いで平和的に解決するのが一番だよね」

 オカルト同好会の人に一番言われたくない言葉じゃないかな。僕はそう思ったけれど、懸命にも口には出さなかった。


 天文部部長の壮月くんと、オカルト同好会会長の坂東さんは、二人並ぶと対照的だ。

 片や、独学で天体物理学をたしなむ俊英の壮月くん。背筋をピンと伸ばしてまっすぐに立つ姿は、まるで人間大の鉄塔のよう。運動部にはおよばないものの、天体観測のために重たい機材を運ぶからか、細身ながらも引き締まった身体をしている。

 片や、坂東さんはウェーブという言葉が似あう人だ。長くゆたかな髪は綺麗に波打って、なにを考えているんだかよくわからない表情は海のように泰然自若としている。あと、下世話な話になるから声を大にして言えないけれど、とてもグラマラスな身体もウェーブ感に拍車をかけている。大昔はこういう人のことをトランジスタグラマーと呼んだんだってさ。

 直線と曲線の二人は、僕が申請書を出して用意した空き教室の一つで会合におよんだ。ひと気のない場所で、もしなにかあっても周りに迷惑はかからない。

「まずは感謝するね。わざわざ徳井くんに仲介を頼んで、話し合いの場をもってくれたってことは、穏便に解決したいんだよね。いきなり殴りこんでくる人たちと比べたら、壮月くんは紳士だよ」

「おまえのところは、いつもそんななのか……」

 微妙に機先を制された壮月くんは、けれどすぐに表情をひきしめた。

「単刀直入に言おう。我が天文部はれっきとした科学の徒だ。しかるに、同じ校内で非科学的な占星術を扱われては、はなはだ迷惑である」

「はっきり言うねぇ」

「無論、そちらにも言い分はあるだろう。星占いを楽しむこと自体も問題ではない。だが、我が部の中にまでその影響が強く出ている現状、それを看過することはできんのだ」

「具体的には、どんな問題が起きてるの?」

 気になったので僕は壮月くんに質問してみた。

「そうだな、まず観測記録に火星の相だの木星の相だのといった占星術用語が書き込まれるようになった。試験前の観測結果から出題傾向や山当てを推測しようとしたり、流れ星が観測された時は何かの予兆じゃないかと騒がれたりした。挙句に、初歩の初歩である天動説と地動説について議論を繰り返し、黄道十二星座が十三星座になったのはおかしいなどと言い始める輩まで。最近じゃUFOを探すついでに未発見の小惑星まで見つける始末」

「最後のそれ大発見じゃないの?」

「惜しいことに一日遅れで米国の天文台に先を越されていた」

「うん、わかったよ」坂東さんは、口をむにゃむにゃしたあと言った。「つまり天文部の充実した機材を使ってやりたい放題やってるんだね」

「悔しいことに、なにも間違っていない」

「認めちゃうんだ」

「我が部の機材が充実しているのは確かだからな。先輩方から連綿と受け継いできた宝だ」

「認めたのはそこなんだ」

「でも」んー、と坂東さんは喉をならす。「それがうちの同好会の影響だっていう根拠はあるのかな? 皆無ではないだろうけど、何をどうするかは当人の問題でしょ? 私は、他の部の人までどうこうしようとは思ってないし、同好会の子にも『天文部に裏工作してね』なんて指示は出してないし」

 ふむ、と壮月くんは頷いた。

「確かに、表立ってそのような活動はしていないな」

「でしょう」

「ただうちの部員、何人かそちらにも所属しているのだが」

「明らかにそれが原因だよ!」

 僕は思わずツッコんでしまった。

 坂東さんも「あちゃ~」と、苦しい笑みを浮かべている。

「うちは来るもの拒まずだからね~。そっか~そこからか~……」

「ご理解いただけたかな?」

 壮月くんの皮肉げな言葉に、いただいたいただいた、と坂東さんは何度もゆっくり頷いた。

「というわけだ坂東。部員の自主性を重んじたいが、そうも言ってられない段階にきている。かくなる上は影響元であるオカルト同好会において、占星術の活動を停止することを、天文部部長として要請する」

「本音は?」

「占星術なんて非科学的なものがどうしても許せんから止めろ」

「自分に正直すぎるね壮月くん!」

「いいよ~、その己の欲求に素直なのいいよ~」

 坂東さんはふにゃふにゃ笑っていたけれど、その笑顔のまま目だけは真面目な色になった。

「でもね壮月くん。君が思うように、本当に占星術は科学じゃないのかな? 占いって、テキトーに考えられているわけじゃないよ。人類数千年の歴史のなかで蓄積されてきた、データの統計なの」

「因果関係は証明されていないだろう」

「今はね」坂東さんは、ふにゃりと笑う。「ケプラーの三法則だって、ニュートンが登場するまでは証明できない経験則だったでしょ?」

「天体の運動が人に影響をおよぼす、あるいは運命を反映するなど、ありえない」

「でも満月は人を狂わせるというじゃない? 生命は海で生まれた。月は潮の満ち引きに関係している。私たちが遺伝子レベルで月の周期に影響を受けていてもおかしくはない。なら、他の天体からだって」

「自然災害や宝くじの当選番号に遺伝子はないぞ」

「だったら、そこから先は目に見えないものの出番だね」

 壮月くんは「馬脚を現したな」と言いたげに鼻をならした。

「おまえらオカルトはいつもそうだ。科学で説明できないことを非科学で説明しようとする。だが、いいか、天体は科学の分野だ。魔法だの呪いだのが出てくる舞台じゃない」

「その科学が生まれてたったの数百年しか経っていないのに、どうしてそれが真に正しいと断言できるのかな? まだ見ぬ力や法則がこれから発見されてパラダイム・シフトが起きるかもしれないよ? そう、コペルニクスのように」

「悪魔の証明だな。そんなものが実在しないと証明されんかぎり、おまえの言い分は鉄壁というわけだ。気に食わん。まるで詐欺師のやり口だぞ坂東」

「わ~ヒドイ」あまり傷ついたようには見えないまま、坂東さんは茶化す。「壮月くんはどうしてそこまでオカルトを嫌うのかな? 天体の運行に物理法則以外のものが介在していたら蕁麻疹でも出るの?」

「おまえは宇宙のスケールをわかっていない、坂東」

 壮月くんは床をベタンと踏みしめ、仁王立ちするように胸をはった。

「人間は地球にとって肩についた埃ぐらいしかない。地球は太陽にとって足元の砂粒にすぎない。太陽はアルデバランの前では火の粉に等しく、アルデバランはベテルギウスの小指にも満たない。こうした比較を無限に続けていった先にあるのが宇宙だ。この宇宙が、なにゆえ原子核にも満たない人間というちっぽけな存在の運命を示すために、わざわざ動かねばならん。理屈以前に不条理というものだ」

「大いなる宇宙のパワーだからこそ、その余波が私たちに働きかけることだって考えられるよ?」

「もしそうだとしたら、それは天変地異として現れるだろう。人間の、個人ごときの金運や恋愛運程度に関わるような可愛いもので済むはずがない。星々に情愛や戦いの神の名がつけられていたからといって、それがなんだ。今は神話の時代じゃない。いつまでも夢やおまじないを信じるな、現実を見ろ。占星術はすでに廃れきったのだ」

「現実を見ていないのは、どっちかな?」

 坂東さんは、その顔に喜びが浮かぶのを隠し切れなかった。それは壮月くんが墓穴を掘ったことを意味していた。

「君は、この学校にいて、まだそんなことが言えるの?」

「…………」

「いくら君が科学の徒でも、知ってるでしょ。私のところには超能力者がいる。化学部には魔女がいる。演劇部には語り部がいて、写真部には空中散歩者がいる。先生には雪を降らせる人がいるし、ランダム教室はここではないどこかに通じている」

 壮月くんは答えない。彼は坂東さんを睨みつけるように黙って口を閉じているだけ。

「この学校はオカルトに満ち溢れている。魔法? 超科学? UMA? 現実改変? なんでもいいよ、それ全部ひっくるめてオカルトなんだから。でねぇ、壮月くん。君はこんな学校にいるのに、天体だけは純粋科学で動いているなんて、どうして断言できるのかな?」

 勝負あったな。僕は内心でそう独りごちた。

 壮月くんの敗因は、真面目すぎたことだ。この学校じゃ常識的な人ほど非常識に弱い。

 これは天文部の問題先送りになるかなー。などと結論を早々に出そうとしたけれど、二人の言い合いはまだ続いていった。どうやら決着がつくのはまだまだかかりそうだ。

「言ったはずだ、証明されていないからだ」

「ならUFOはどう? 宇宙人が存在するかどうかは確率の問題だから、いないって断言できないでしょ」

「いやUFOと宇宙人は別の問題だろう。宇宙人はいるが、UFOは眉唾すぎる」

「宇宙人は認めるんだ」

「正確に言おう、存在する可能性は否定しないが、地球に潜伏しているなどといった陰謀論は信じない」

「根拠は?」

「もし自分が他の星に降り立った時のことを考えてみろ。まずなにをする。一番乗りというアピールだろう。なぜ原住民からこそこそ隠れる必要がある」

「地球を征服するための下準備かも」

「何光年も離れたところからやってくる科学力があるくせに慎重すぎるわ」

「そもそも宇宙人が壮月くんと同じ考え方や欲求を持ってるとは限らないよぉ。もっと動物的だったり、あるいは高次元の思考存在かもしれないし」

「なにがしたいのかわからん高次存在など、はたから見ているとただの馬鹿だな」

「今どき幽体離脱してアストラル投射なんてのも古いしね~」

 どんどん話が脱線していってないかな。

「だいたい陰謀論というやつは、アポロの月面着陸がでっちあげだとか、ちゃんと調べればガセだとわかるようなことを」

「米軍がUFOの残骸からテクノロジー盗んだって話は、私好きなんだけどな~」

「あいや、待ちたまえ」

 と。

 そこに僕ら三人以外の闖入者がいた。

「長月くん?」

「どこから湧いて出た」

 壮月くんと坂東さんの間に現れたのは、SF同好会の会長を務める長月くんだ。

 彼はいつものようにティーカップを優雅な手つきでくゆらせ、あごに湯気をあててうっとりしている。この香りは、ほうじ茶だろう。

「いやなに、無線機械の点検をしていたらうっかり盗聴システムができあがってしまってね、ついでに校内に聞き耳をたてていたら、実に興味深い話をしているじゃないか、と」

「なにやってんの」

 面倒な人が増えてしまった……。

 僕の気持ちをよそに、お茶を一口飲んだ長月くんは、壮月くんと坂東さんを順に見た。

「話は聞かせてもらった。本来ならば口を出すようなことではないが、しかし、ことが宇宙のテクノロジー云々となれば、我がSF同好会の領分にも抵触するのでね」

「長月、宇宙戦艦がどうというのは俺も嫌いではないが、今は未来ではなく現代の話だ」

「オカルトはサイエンス・フィクション的にどうなの?」

「それは『少し、ふしぎ』の解釈を適用すればどうとでもなる」

「いい加減なやつだな……」

 今に始まったことじゃないけどね。

 いつでもマイペースの長月くんは、僕らの困惑なんかおかまいなしにカップの中身を無駄に優雅に飲み干して、そしてこう言った。

「さて、ご両人。ようは天体運動に非現代科学的作用があるかないか、というのが争論の核なのだろう? この場はひとつ、検証実験もかねて、我がSF同好会にあずけてくれまいか?」


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