怪談のこと
怪談のこと ひとつめ
僕らの通っている学校というのは、それはもう常識が暴風の前の傘と同じぐらい役に立たない場所だった。
それは在籍している生徒や教員といった人的意味だけでなく、お手軽に異世界へ行ったっきり戻れなくなるランダム教室のような、校舎そのものを指す文字通り場所的意味も含まれている。
通ってる人たちは慣れたもので、そういうのに近づかなければ案外普通の高校生活が送れることを知っていたし、実際に近づこうとはしなかった。近づくのは決まって超能力者とかSF同好会とか、変な人たちに分類される人だけだったから、類は友を呼ぶというか、なんというか。
ただまあ。日ごろからどんなに注意していても、抜き打ちテストを回避できないのと同じように、校舎のほうから近づいてこられたら避けようがないわけで……。
これは僕が二年生の時の話になる。
校舎が寝返りをうったせいで、僕を含めた四人の学級委員は、学校に閉じ込められてしまった。日が暮れるまで仕事をしていて、さあ帰ろうか、という矢先のことだった。
上下があべこべになった教室の中、僕たちは床……ではなく、天井の上で途方に暮れた。
「どうしよう?」
ひとまず、天井に落ちた机と椅子を並べて、各々なんとなく席に座る。床と違って、蛍光灯の光が足元にあり、自分たちの影が頭上に伸びるのは不思議な光景だった。
閉じ込められたのは、僕と相方の東森さん、それから三年と一年の学級委員がそれぞれ一人ずつ。
「徳井先輩。これは、よくある事なのですか」
「うーん、前にも一度あったかなぁ」僕は藤京さんの質問に記憶を辿る。「あの時は結局、寝返りなおすまで帰れなかったっけ。校舎の半分ぐらいが捩れて上下逆さまになってるから、迂闊に外に出ようとすると、一階から屋上へ飛び上がり自殺することになるらしいよ」
「伝聞推定ですね」
「実際に確かめるわけにはいかないし」
「そうですか」
藤京さんは、まだ一年生なのに、非常識に巻き込まれても平然としている。ように見える。彼女は学級委員として前途有望だなぁ、できれば来年度も続投してもらいたいや。と、僕は呑気なことを思った。現状がどうしようもなさすぎて、思考能力が一部麻痺しているのだ。
「隈原先輩、今回もこのまま待ちます?」
僕の問いかけに、隈原先輩は黙ったまま首を縦に振った。
三年の隈原先輩は去年も学級委員を務めていたベテランだ。極端に無口で、石膏像の古代ローマ人みたいにがっしりとした身体つきをしているから、ちょっと怖い印象を受ける。けれど色々と面倒見が良くて頼りになる先輩だ。
「(…………)」
ボソボソと、隈原先輩は小声で何かを喋る。僕らは顔を近づけて聞き取ろうとした。
「……怖い話をしよう?」
隈原先輩はコクンと頷いた。
「先輩ほんと好きですね」
「どういうことです」
「先輩は怪談話が好きなんだ。肝試しとかも率先して参加するし」
「意外です」
真面目な人に見えるからね。オカルト趣味があると知ったら誰だって驚くだろう。
どっちみち外に出られるようになるまで時間がかかりそうだったし、その間の暇つぶし、もとい、会話の種は必要だ。それが怪談である必要は無いけれど、怪談ではいけない理由も無い。
机四つと椅子四つ。僕らはお弁当を食べる友達よろしく、座席をくっつけて集まった。帰りが遅くなる旨を自宅にメールで送って、最悪朝まで解決しない場合への対処も済ませる。
こういうお泊りみたいな事態は色々と不便だけど、同時に何だかワクワクしてくる。怪談話をしようという先輩の意見に対し(特に意外だったのは藤京さんの)反対意見が出なかったのも、みんな内心でこの状況を楽しんでいたからだろう。
折りしも、外の景色が夜の闇に沈んで、程良い雰囲気が出ている頃合だった。
「じゃあトップバッターは誰?」
す、と隈原先輩が手を上げる。
「言いだしっぺから、ですね」
「拝聴しましょう」
「お手柔らかに、お願いします」
隈原先輩は頷くと、椅子ごと蛍光灯の近くまで移動し、下からの光が顔に当たる位置で着席した。先輩、光源を下にして怖い顔を演出するのは古典的すぎます。
「(…………)」
ボソボソと相変わらず小さな声で語りだしたので、僕らも近くに寄らなければならなかった。
先輩が語ったのはこんな話だ。
百物語という有名な怪談がある。夜中に怖い話を語り合って、その数が百に達すると何かが起こるというやつだ。一話語り終える毎に蝋燭を吹き消していくとか、語るのは幽霊や妖怪だけでなく単に不思議な話、今でいえばミステリーとか未解決事件などでも良いとか、そういった細かいルールも一般的に知られている。
ところで冷静になって考えてみると、どうにも計算が合わないのだという。
一話あたり五分で語ったとしても、百話語り終えるまでに擁する時間は五〇〇分。一時間が六〇分だから、だいたい八時間と二〇分。もし仮に、夜九時から百物語を始めたのであれば、百話語り終える頃には朝の五時を回っていることになる。その頃には空も白んできているはずだ。恐怖も眠りこけているだろう。
深夜にピークとなる九九話目を語り終えるためには、丑三つ時の二時ぐらいから逆算すると、遅くとも夜七時前後から怪談を始めなければいけないことになる。これなら、まあ、まだ何とか百物語の雰囲気を壊さずに進められるだろう。
「しかし」そこで藤京さんが疑問を挟んできた。「そう都合よく全ての話を五分以内に語り終えられるでしょうか。現に今、この話をしている間にも、既に数分が経過しています。蝋燭を吹き消すことや、怪談を語る人間の交代でも、タイムロスが重なっていくと思いますが」
確かに、五分という時間制限は中々に厳しい。かなり駆け足で語るか、短い怪談でなければ時間内に終わらせられない。そしてそんな怪談では、怖さも削がれてしまうだろう。
「(…………)」
先輩が言うには、大事なのは個々の怪談の質ではなく、あくまで数なのだそうだ。
怪談は、今でこそテレビや小説において、恐怖を演出するために長くてストーリーのあるものが一般的だけれど、昔は「誰々から聞いた話」のような噂話レベルのものだった。だから語るのに演出を考える必要はなく、すっと言って、さっと次の人に交代する、そんなものでも百物語には充分だったのだという。
それこそ「そういえば隣町でUFOが目撃されたんだって」の一言だけでも蝋燭を吹き消して良いらしい。予想以上にハードルが低いんだな、百物語って。意外だ。
「つまり、現代の怪談は長すぎて百物語に向かない、と」
「じゃあ、今日このまま怖い話をしていっても、怖いことは起きないんですね」
「どうかなぁ」安堵した東森さんに僕は言う。「だってこの学校だよ。なんか変なサービス精神で『今なら八〇パーセントオフ、二十話目で何か起こすね』とかありそう」
「洒落になりません」
「洒落にならないよ……」
「(…………)」
隈原先輩もボソボソと同じことを言ってきた。
「(…………)」
ただ、と先輩は付け加える。
もし仮に、時間のかかる怪談を語り続けていって、朝になる前に百話に達してしまったら。
それは、もうそのこと自体が、何かの怪談なのではないか、と。
……うーん、流石は先輩。一番最初の怖い話としては、良い感じに怖くないし、けれども「もしかしたら……」と思わせてくる内容だ。それに何より、今の僕らの状況が、まさに百物語の始まりになっている、と気づかされる。
それから、これは狙ったことなのだろうか。短いものでも単純なものでも、何でもいいから気楽に話していけば良いよ、というアドバイスも兼ねている。
みんなすっかり雰囲気に飲まれたようだし、今夜は面白い怪談会になりそうだ。
意外なことに、二番手は藤京さんだった。
「それでは、以前聞かされた話を」
律儀に挙手をしながら名乗り出た藤京さんは、僕らの会釈を受けて語りだした。
「私が学級委員になった頃に、先輩方から聞いたのですが。全学級委員のうち、実際に現場に駆りだされるのは極僅かで、常に少人数だとか」
「確かに、場数を踏んだ人は少ないからね。大部分の人は慣れるまで時間がかかるし」
「あ、でも。書類整理とか、座り仕事だと結構見かけるよ? こっちは比較的楽だから、初心者の人でも安心だし」
東森さんの言葉に、隈原先輩も黙ってコクコク頷く。
「はい。それに、学級委員全員が必要とされるのは、体育祭や文化祭など行事の時ぐらいで、普段は何も仕事が回ってこない日も珍しくない、と」
「僕らも一年の頃はそんな感じだったね」
「うん」
「(…………)」
それで、と隈原先輩は無言で先を促した。
「先輩方からこの説明をされた時、その後に『だからと言って、サボったりしないように』と言われました。ちなみに皆さん、ペーパードライバーは知っていますね」
「えっと、車の?」
「運転免許を持ってるけど、全然車の運転をしない人だっけ?」
僕らの返答に、隈原先輩と藤京さんが同時に首肯する。
「はい。仕事をしない学級委員のことを、ペーパードライバーにかけて、ペーパー学級委員と呼ぶそうです」
「安直だ……」
「それで、ここまでは普通なのですが」藤京さんは一呼吸置く。「なんでも、ペーパー学級委員になった生徒は、生徒会によって本当にペーパー、つまり紙にされてしまうのだとか。話によると、そうして紙になった生徒が、たまに書類に紛れ込むという」
「…………」
「…………」
「…………」
「以上です」
「えっ!?」
滑ったとか気恥ずかしいとか、そんな気配を微塵も見せず、藤京さんは真顔で語り終えた。恐るべき鉄面皮だった。あるいは素なのかもしれない。
「怖いね……」
そこの君、無理してフォローしなくても良いよ。逆に追い討ちになるよ。
とはいえ、ここは適当に相槌を打ったほうが良いのかもしれない。
「そ、そうだね……」
「うん……本人にそのつもりがなくて、でも事故や怪我で仕事を休まなくちゃいけなくなっても、紙にされちゃうのかな」
「東森先輩は紙にされたことがあるのですか」
「う、ううん。無いけど……」
「では大丈夫でしょう」藤京さんはきっぱり言い切った。「この話はあくまで、やる気がない生徒に対する警告のようなものです。先輩のように休みがちでも、結局一年間無事だったのですから。本人にやる気があるのなら、紙にしたりしないでしょう」
今、自分から怪談話であることを全否定した気がする。
「藤京さんは、怖くないの?」
「やるべきことをきちんと行っていれば、怖がる必要は無い。そういう話です」
「……あの生徒会なら、理不尽な理由で紙にしてきても不思議じゃないけどね」
「それこそ」藤京さんは堂々と言う。「恐れることはありません。正統な理由もなしに処罰を与える者など、誰がどう見ても間違っています。どうして、規律正しく過ごすことに、不安を覚えなければならないのでしょうか」
いや、あの生徒会はルールがどうとか関係なしに邪悪な行いをするから困るんだよ。
藤京さん、根が真面目なんだろうけれど、盲目的に正義を信じすぎて、将来痛い目を見ないか心配だなぁ……。
そんな風に、なんとなく始まった怪談大会は、他にすることが無いのも相まって、次々と語り役を交代しながら続いていった。
隈原先輩は基本無口だし、藤京さんは終始真面目だから、ぞわりと恐怖するような雰囲気にはならなかった。けれど、皆の話を続けて聞いているうちに、段々と常識が変容していくような感じがした。それは、いわゆる「怪談話を続けると霊が寄ってくる」というものだろうか。
何度目かの僕の番に、そんなことを話してみると、隈原先輩が説明してくれた。
「(…………)」
曰く。常識や道徳というものは、人間の脳が判断しているものにすぎない。僕らは毎日毎日、同じ社会の下に暮らしているから、脳がそれを普通のことだと認識する。この認識が、すなわち(僕らにとっての)常識と呼ばれるものだ。
ところが、ある特定の環境下にずーっと居続けると、脳がその状態を普通であると再認識してしまうらしい。身近な例だと、ゲームのやりすぎでこれが起こりやすい。たとえばポーカーを延々やり続けた人がババ抜きをすると、ババ、つまりジョーカーを引いた時に「やった」と思わず喜んでしまうように。
それと同じことが、百物語や怪談会では起こりやすい。不思議な話を聞き続けるうちに、世の中がそうした不思議に満ち溢れているように感じてくる。もしかしたら本当に幽霊や妖怪、UFOや宇宙人はいるのかもしれない。僕らの身近でもそんなことが起きるのかもしれない。そう脳が錯覚、再認識してしまうのだ。
そして、いわゆる「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の言葉の通り、何でもないものに恐怖や怪異を見出すようになる。それが、怪談をすると寄ってくる幽霊の正体なのだ、と。
すると、僕らの脳は今、怪談の世界に足を踏み入れているのだろうか。僕は先輩の説明を聞いた後、そんなことを思った。
時計の長針がぐるんぐるんと何周かする頃になっても、怪談話は途切れることなく続いていた。今が一体、何話目になっているのかは分からないけれど、もしかしたら藤京さんが律儀に数えているかもしれなかった。
「えっと、これはタニアさんから聞いた話なんだけど」
「留学生の、レミシェスキア先輩ですか」
「うん。藤京ちゃん、よく苗字のほうをスラスラ言えるね」
タニアさんか。外国の怪談話なのかな。
「こんな話を知ってるかな。蝶になった夢を見ていた人が、目が覚めた後、こう考えるの。自分は蝶の夢を見ていたのか、それとも今、蝶が人間の夢を見ているのか、どっちだろうって」
「古寺くんから聞いたことがあるよ。胡蝶の夢だよね、それ」
「うん、そう、そんな名前のお話。元々は、自分が人間でも蝶でも、どっちなのかは大事なことじゃない。大事なのは、自分自信であることだ、っていう話なんだって」
「蝶であることと、人間であることは、かなり大きく違うと思うのですが」
「えっと、自分がもし蝶なら、羽ばたくことを頑張れば良いし、人間だったら人生を頑張れば良い。自分が何であるかよりも、どう生きるか。そういうことを伝えたいみたいだよ」
「なんとも難解な話です」
「そうだね。それで、タニアさんが言ってたんだ。私達は今、目覚めの世界にいるのか、それとも夢の世界にいるのか。それを正しく確かめることはできないんだって」
「(…………)」
水槽の中の脳、と隈原先輩は呟いた。
その名前を僕は、SF同好会の長月くんから聞いたことがあった。
「仮想現実の実験でしたっけ。ええと、水槽の中に浮かんでる脳に、直接信号を送ることで、日常生活を送っているように錯覚させる、っていう」
「随分と非人道的な実験ですね」
「(…………)」
思考実験だから実際には行われていない、と隈原先輩は補足した。
「私、それは知らなかったなぁ」
「ああごめん、話の腰を折っちゃって。続けて」
「うん。でも多分、似たような話だと思うよ。今、私がこうして皆と怖い話をしているのも、もしかしたら現実じゃないのかもしれない。本当の私は、夢をみているのかもしれない。そして、本当の私は、人間じゃないのかもしれない。そう考えると、ね、少し怖くないかな?」
「本当の先輩が蝶だとすると、随分と可愛らしいですね」
藤京さんの間髪入れない感想が、雰囲気を完全にぶち壊してしまった。
「もぅ。私が聞いた時は、怖いな、って思ったのに」
「先ほど先輩が言った、胡蝶の夢の通りです。仮に今が夢だとしても、少なくとも、ここでは人間なのですから。それなら、人間として生きることを考えれば良いだけでは」
「藤京ちゃん、さっきは難解だって言ったじゃない」
「納得し難かっただけです」
そのやりとりを見て、ははは、と僕は笑い、隈原先輩も無言で笑っていた。
校舎が元に戻る気配が無いまま、壁時計の短針はいつしか真下を指しそうになっていた。教室が上下逆さまだから、時間を読み取るのも一苦労だ。
この時間帯になってくると、困ったことが一つ。
「寒いね」
なにしろ広い教室に四人だけしかいないのだ。他に暖房器具も無いし、着ているものも制服のみ。夜の冷え込みが押し寄せるままに、どんどん寒気が纏わりついてくる。
夕飯のほうは、自販機のパンや固形栄養食でなんとか飢えを凌いでいた(女子二人はダイエットになるとポジティブに捉えていた)から良いとしても、暖をとる方法は自販機のあたたか~い飲み物だけでは効果が薄かった。あと、トイレが近くなるのが地味に厄介だった。何しろ一人でトイレに行けなくなる怪談話をしているのだから。
「毛布か何か欲しいところです」
「うん、そうだね」
よく知らないけれど、女の子は身体を冷やさないほうが良いんだっけ。
「先輩、学校に毛布なんて置いてありましたっけ」
「(…………)」
隈原先輩は、しばらく考えた後、ボソボソとした声で、シャワー室なら大きなバスタオルがあるかもしれない、毛布代わりになるだろう、と言った。
「シャワー室かぁ……体育館の近くだっけ?」
「一階の更衣室の横です。男女それぞれに別れています」
「あ、じゃあ私が行って、見て来るね」
そう言って東森さんが立ち上がろうとするのを、隈原先輩が無言で止めた。
「(…………)」
「え、良いんですか?」
「(…………)」
「はい、それじゃ、お願いします」
「先輩、僕も行きましょうか?」
僕の申し出にも、隈原先輩は首を横に振って断り、そのまま教室の外へと出て行った。
先輩がいなくなったことで、教室の中は三人になった。
「テレビや映画だと、こういう時って一人で出て行った先輩が酷いことになりそうだよね」
「お約束だね」
「ところで少し気になったのですが」藤京さんが小首を傾げながら言った。「更衣室のあたりも、ここと同じように上下逆なんでしょうか」
「ああ、そういえばそうだね。どうなんだろう」
僕らが今いる上下逆さまな範囲と、天地がそのままな範囲が、どこで分かれているかを確認し忘れていたことに、今になって気がついた。もっとも、それを把握しておく必要はなかったのだけれど。
「もし更衣室へ行く途中で捩れてるのなら、先輩はそのまま帰ってくると思うよ」
あるいは、それを確かめるために先輩は出て行ったのかもしれなかった。口には出さないけれど、そういうところはしっかりやってくれる人だ。
「捩れている所から先へ行けるのなら、元に戻るまでこうして待つ必要もありませんね」
「あはは、そうだね」
それならそれで、今夜はお開きということになるだろう。
何はともあれ、全ては先輩が帰ってきてからだ。
「それじゃ次は、僕の番だっけ。もうレパートリー尽きかけだけど」
「けっこう長いこと話してきたからね」
「えーと、あ、そうだ。怖い話じゃないけれど、藤京さんは知らないか」
「なんです?」
「去年の卒業生、つまり藤京さん達と入れ違いになった学年なんだけど。そこに幽霊の先輩がいたんだ」
「幽霊の」
「うん。僕らの二つ上の。その先輩っていうのがね――」
それからしばらく三人で順番を回していたけれど、隈原先輩は一向に帰ってこなかった。
「ねぇ、先輩、遅くないかな……」
「流石にこれは、遅いね……」
「遅いですね」
いくら夜の、それも寝返っている校舎とはいえ、廊下の電気は点くし、ここから体育館までそう遠くはないし、こんなに時間がかかるとは思えなかった。
「バスタオル探すのに手間取ってるのかな」
「シャワー室に置いてなかったから、他の場所を探している。ということも考えられますが」
「先輩のドッキリ、なんてことは無いよなぁ。こういう悪戯をするような人じゃないし……」
怪談が好きなこと以外では、真面目な先輩だ。それに、僕らを驚かすにしても、いなくなってから時間があまりにも経ちすぎていた。
「まさか本当にホラー映画みたいな状況になるなんて……」
「大丈夫、かな?」
「うーん……。やっぱりさっき、僕も一緒についていけば良かったかなぁ」
何かトラブルが起きたのなら、同伴していた僕が手助けしたり、あるいは二人を呼びに戻ったりできたかもしれない。今となっては盆から零れた水だけれど。
「もしかしたら、自販機で何か買っているのかもしれません」
「そうだね、寄り道してるってこともあるよね」
それでも一抹の不安が残る。
いつもだったら、もう少し様子を見よう、とすんなり思ったに違いない。けれど、延々怪談話をしていたものだから、もしや先輩の身に何かが起きたのでは、とついつい考えてしまう。これが、先輩の言っていた『再認識』というやつなのだろうか。
「ま、隈原先輩のことだから、きっと大丈夫だよ。幽霊とか妖怪が出たぐらいなら、喜んで追いかけていくだろうしね」
「幽霊とか妖怪以外だったら?」
「宇宙人あたりは許容範囲なのかな。どうなんだろう」
「逆に連れて行かれそうですね」
「キャトルミューティレイションだっけ。結局あれって、死んだ牛を野犬が食べた時に、血を舐め取った、ってのが真相なんだっけ?」
「あれ、それってチュパカブラの方じゃないの?」
「チュパカブラも家畜の血が云々の話だったような……。それじゃどっちも同じなのかな」
「あ」
唐突に、藤京さんが呟いた。
「どうしたの?」
「はい。今ので百話に達しました」
「……え?」
「ですから。今夜の怪談は、今の先輩たちのお話で、丁度百話目です」
「…………」
「…………」
本当に数えてたんだ。律儀な子だ。
そして教室の明かりが消えた。
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