考古学者は夢を見る
藤沢正文
第一章 魔女の末裔
第1話 プロローグ
見上げた空を赤い流れ星が引き裂いていた。
いつもは熱が出るといけないので、ベッドで横になっている事が多いのだが、今日は朝から調子が良かったのでお母さんに我儘をいってお使いを頼まれたのだ。
とは言うものの、家の近所にある野原で『花瓶に生ける花を摘んでくる』というお使いというには程遠いものである。勿論、もう既に花は積み終わっている。
今は森に入って行ったトール兄が戻って来るのをお花の冠や指輪を作って時間を潰している。上手く出来たので、仕事を頑張っているお父さんやテュール兄にあげる事にしよう。我ながら結構な自信作である。
しかし、もう結構な時間が経ったと思うけれど、まだトール兄は戻って来ない。どうせ何処かで道草を食っているんだろう。あんまり遅いと私までお母さんに怒られるので本当に勘弁して欲しい。
そんな事を考えながら、ぼんやりと空を見上げると『それ』は突然現れた。
それには見覚えがあった。以前、村からの帰り道でお父さんに背負われながら眺めていた夜空に、スーと星が夜空に線を描いていた。初めて見るその光景を『流れ星』だという事をお父さんが教えてくれた。
今見ている『それ』も『流れ星』なのだろう、以前見た流れ星は黄色か白色だったけれども、その『流れ星』は綺麗な赤色だった。
あの不思議な光景をもう一度見たいと思っていたのだが、こんな所でみれるとは思っていなかった。
そんな事を考えている間に『赤い流れ星』は瞬く間に私の頭上を越えて、更には山を越えて見えなくなってしまった。
昼間に星が見えるなんて不思議な事があるんだなと私は思った、この世界は私の知らない事ばかりである。まあ帰ったらお父さんに聞いてみれば良いかとそこで私は思考を停止させた。
だって私はまだ5年しか生きていない、知っている事よりも知らない事の方が断然多いのだ。
そういった事があり、早く家に帰りたいと思っていると、服を汚したトール兄が獣道から突然飛び出して来た。やっと戻ってきたと思ったが、興奮しながら何かを言っている。最初は何を言っているのか全然わからなかったのだが、要は何かを見つけから、ついて来いという事だった。
私は早く帰りたい。
これ以上帰りが遅くなると絶対にお母さんに怒られるし、下手をすれば暫くの間外出禁止になり兼ねない。それにお父さんにさっきの『赤い流れ星』の事も聞きたいし、お母さんにお使いのお花も渡さないといけない。
明日にしようと提案すると、納得できないのかトール兄は急に私の腕を掴んで、強引に引っ張った。力でトール兄に勝てる訳がない。少し抵抗したが、こうなったトール兄を私は止められた事がない。私は諦めてついて行く事にした。
帰ったら絶対叱られるよね……
トール兄と私は、森に入り獣道を登って行く。普段、家から出ない私にとってはかなり厳しい道だった。最初は手を繋いでくれていたトール兄だったが、足手纏いに感じたのだろう、私を置いてどんどん先に行ってしまう。
トール兄は平然と登っているから、実はそんなに厳しい道じゃないのかな?とは言っても、私の足では全然追いつけない。私は息を切らし額に前髪を貼りつけながら、それでも置いてかれまいと必死について行った。
しばらく進むと獣道の脇に見た事もない『大きな穴』があった。トール兄はその穴の前で私の到着を待っていた。大きい穴と言っても子供が入れる程の大きさの穴だ。お父さんだったら少し屈まないと入れないだろう。
さっき初めて見つけたと言う、『大きな穴』に入ってみようとトール兄は私を誘うのだが、もう私の身体は限界でこれ以上何かをするのは不可能だった。
もう限界だから早く帰ろうと急かしてみても、ここまで来たのだから少しだけ入ろうと、トール兄は一向に取り合ってくれない。気がつけば私の事は無視して、勝手に『穴』に入って行ってしまった。
ここまで来たら行くしかない。べ、別に、ここに1人でいる方が不安だからとか、帰り道がわからないからとかそういったのではない。
トール兄が心配だから……うん。
私は半べそになりながらも意を決して『大きな穴』にそっと足を踏み入た。
穴の中は外と比べると若干冷たく、ちょっと湿度が高かったが変な臭いなどはなかった。奥に進むごとに段々と薄暗くなっていく。トール兄はどこまで行ったんだろう?
これ以上は進むのが怖いな……
入り口からの明かりがギリギリ届く辺りで私は足を止めて戻ろうと思っていた矢先、トール兄が奥から戻って来た。奥は行き止まりだったらしい。奥の壁にタッチしてきた!などと訳の分からない事を興奮気味に話すトール兄を他所に、私は安堵していた。
やっと帰れる!
普段、家から出ない私にとって花摘みだけでも結構大変なのである。況してや森に入ったり、獣道を登ったり、薄暗い穴に入ったり、それは私にとって前代未聞の大冒険である。
トール兄の無茶振りが終わると思い安心したのか、ふと一瞬気が緩んだ。と同時に身体の力が抜ける。ああ、もう限界だったんだ。
「ユティーナ!」
トール兄が私を呼ぶ声が聞こえる。
私の視界は段々斜めになりながら、徐々にぼやけてゆく。薄暗い穴のなかで倒れた私は、意識を失っていった。
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