第三話 〈箱庭の王〉

1 来訪者

 積もっていた雪はすっかり溶け、吹き渡る風も温み、ラプラスの街はうららかな春。

 あまりにもいい天気なので、たまには軽食屋のオープンテラスでお昼ご飯もいいかなと思い、店を閉めてフィオリスと二人で出かけていった。席につくと、ウェイターが水とメニューを持ってくる。

「いらっしゃいませ。

 注文が決まったら呼べ」

「そんなウェイターがいるかぁっ!!」

 思わず私は絶叫した。

「リディからは、客には『いらっしゃいませ』と言えと習ったぞ」

 ウェイター姿のアープは、平然と答える。

「そっちじゃない! 問題はそのあと!」

 振り返って、店内にいるリディさんにも叫ぶ。「いいんですか、こんなんで!?」

 軽食屋〈ローズ〉の店長リディ・ローズさんが、満面の笑みを浮かべながら中から出てきた。

「いーのよ、いーの。アープくんが接客してくれるってだけで、ウチはお客さんがどーんと増えるんだから」

「……そりゃまあそうでしょうけど……」

 〈郵便配達アーリィ&アープ〉の仕事もそう頻繁にあるわけではない。フィオリスも店番ができるようになったことだし、アープは店にいても本を読んでいるだけだし、というわけで、この春からアープが〈ローズ〉でアルバイトをすることになったのだ。

 確かに、それ以来〈ローズ〉はいつも大盛況である。

「アープさま、こっちのテーブル注文おねがーい!」

「こっち来て、あぁぷー」

「この婆の注文も聞いてくれんかね、アープさんや」

 ……非常に客が女性に偏っている感は否めないが。ただし、年齢層は広いらしい。

「三つ同時に行くことは不可能だ。少し待て」

「だからそれ、客に対する言葉じゃないってば!」

 私の声には耳を貸すことなく、アープは注文を取りにいってしまった。

「……何か、頭痛くなりそう……」

「アープさん、がんばってますね」

 フィオリスはにこにこしている。この子もある種、世間知らずだからなー。

 注文する際にまた言葉遣いでいろいろあったが、まあとにかく私もフィオリスもサンドイッチを頼んだ。私は卵サンド、フィオリスはフルーツサンド。二人で他愛ないことを話しながら、料理が運ばれてくるのを待っていたときだった。

 ラプラスの街の表通りを、普段見かけない人物が歩いてくるのが見えた。

 普段見かけない、というだけじゃなくて、すごく人目を引く人物だ。燃えるような赤い、長い髪をした女性。三つ編みで一つにまとめた髪が、腰ほどもある。

 ナビオン(ラプラスより南の一地方)風の装束をなびかせて、ただ通りを歩いているだけなのに、街中の人々の目が自然に吸い寄せられてしまう。まるで、そこに色鮮やかな華がぱっと咲いたようだ。

 彼女が〈ローズ〉のすぐそばまで来て、ふと立ち止まった。何かに気づいたような感じだ。それから周囲を見回した彼女と、私の目が偶然合ってしまった。

 ――間近で見てわかったが、恐ろしいほどの美人だ。

 歳は多分、二十代後半から三十に手が届くくらい。ちょっとキツい印象の顔立ちだが、翡翠のような緑色の瞳が何とも魅惑的だ。彼女の視線だけで、ラプラス中の男の大半がクラッとくるだろう。

「少々、ものを尋ねたいのだが」

 やはりナビオンなまりの入った東方語で話しかけてくる。このハスキーな声だけでもかなりの人数クラッとくるだろうな、とか余計なことを考えてしまった。

「は、はい。何でしょう」

「ここは、何をするところだ?」

「ここって……このオープンテラスのこと?」

 私も周囲を見回す。通りの三分の一くらいの空間に並べられたたくさんのテーブルに、下は五歳児から上は七十代まで老若バラエティに富んだ女性が大勢集まっている。確かに、いきなり見た人には何の場所だかわからないかもしれない。

「サンドイッチみたいな軽食とか、あとデザートとか食べるところよ。あの〈ローズ〉ってお店がやってるわ」

 店を指さして教えると、彼女は納得したようにうなずいた。

「飲食店の一部か」

 どこかの誰かに似たような喋り方をする女性だ。もしかしたら西方語圏の出身で、東方語が不得手なのかもしれないが。

「すると、あれは店の注文取りだな」

 そう言って彼女が指さしたのは――アープだった。思わず私は硬直する。

「そ、そうですけど……」

「ここに座ってもよいか」

 私たちのテーブルの、空いている席を示す。私が硬直している間にフィオリスが「どうぞ」と勧めて、彼女がそこに座ってしまった。

「アープさん、もういちどメニューおねがいします」

 フィオリスが声をかけると、遠くでそれを聞きつけたアープが「わかった」というように手を上げる。

 こ、こんな美人に見つめられたらアープだって、いやアープには人間の外見の美醜の感覚はないんだけど、それにしたって……とか内心私が焦っているうちに、メニューと水を持ったアープが私たちのテーブルに来てしまった。

 彼女が、艶然と微笑して、言った。

「久しいな、アープフォルド」

「……ハズリードット?」

 珍しく、アープが驚いたような表情をしている。しかし、それに負けず私も驚いて、慌てて尋ねた。

「知り合いなの、アープ!?」

「ああ」

 うなずいて、アープは答えた。

「こいつの名はハズリードット。俺と同じく〈竜人〉だ」

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