第七章 吹雪の国

美しい山脈

 吹雪の国は、人が住める場所ではない。荒れる天候、死んだ大地、潰えた命。

 それでもなお、そこが「国」と呼ばれているのは、消え果てた生態系の上でのみ生きることを許されない者たちが集まるからだろう。

 国を追われた者、故郷のない者、流れ着いた者、怪物。

 世界からはみ出してしまったモノが最後に辿り着く凍て付いた大地。

 そこを「国」と呼ぶのは、集まったモノたちが帰る場所を求め呼んだのか。世界が彼らを指差し呼んだのか、旅人は知らない。


「吊橋渡ったら後は山を一つ越えれば吹雪の国よ」

 ブラッドは伸びをして歩き出した。疲弊した三人は顔を見合わせてゆっくりと後を付いていく。

 勇者は一息付くと、辺りを見回した。連なる岩山が目に付く、生物の気配の無さも相まって壮大な景色だった。美術品を売る商人の絵に、同じようなものがあった気がした。

「まだ山に登っていないのに少し寒くなってきましたね」

 リリーが呟いた。彼女の言う通り、森林浴をしていた先ほどと比べて肌寒さを感じる。

「雪が降り出せば吹雪の国に入ったようなもんだろう、吹雪の国って言うくらいだしよ」

 ハヤブサが言うとブラッドが頷いた。

「間違ってないわ。この先の岩山の洞窟を抜けると一気に吹雪だから」

「どーくつ? ねえ、今なんて言った」

「長いの?」

「そんなに長くない。ただ入り組んでるから注意が必要ね」

「なるほどね。まあ、ブラちゃんがいるから大丈夫かな」

「ねえ、洞窟?」

「今はぼんやりだけど、中に入れば多分大丈夫」

 まだ寒い程ではないにも関わらず、ハヤブサは青ざめていた。

「聞けよ! 洞窟だぞ!」

「いや、逆に聞くけど、置いてって良いわけ?」

 勇者が聞き返すとハヤブサの目は宙を泳いだ。

「親御さんに啖呵切って、洞窟が無理でしたって帰るのか? そもそも、あの谷を一人で越えられるのか。ああ、さっきはぐったりしてたけど今はピィィってできるもんな」

「無理だよ、あの吊橋あたりですら生き物の気配を感じなかった。恐らく谷底に生き物の嫌がる何かがある」

「わかった。じゃあ、俺たちは洞窟を抜けるから、ハヤブサは谷底から攻める感じで行こう」

「聞いてたか?」

 騒ぎ出したハヤブサを見て、ブラッドが指を鳴らした。

「名案があるわ」

「迷う方だろ、絶対」

「私がピィちゃんの首を、こう、キュッと締める。落ちたピィちゃんを勇者が背負って洞窟を抜ける」

「殺人案じゃねぇか!」

 ハヤブサは大声を上げた。しかし、他の誰も異論を唱えなかったので謎の沈黙が四人を襲った。

「すみません、私が睡眠魔法を扱えないばっかりに……」

 沈黙に耐えきれなかったのか、リリーが唇を噛み締めて言った。

「大丈夫。本当に悪いのは一人しかいないから……」

 勇者はハヤブサを一瞥し、リリーの頭をぽんと叩いた。

「なんで毎回この空気になんだよ、いい加減受け入れてくれよ……」

 ハヤブサの喉からは切ない声が漏れていた。

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