悪いもの

「驚くだろう。私も同じ反応だったよ」

 バニーは倒れたまま、渇いた笑いを見せる。

 勇者は話を聞きながら、その青年が魔王と関わっているのだろうと考えていた。

「しかもそれだけじゃない。十年もの間、彼は誰とも接することはなかったそうだ。投げつけられる石以外にはね。食事もなく……魔法が使えたとしても十年は無理だね。とんでもない拾いものをしたよ」

「じゃあ、それが魔王の力を?」

「さあ、わからない。彼とは一ヶ月ほど旅をした。まあ、旅といっても仕事の移動に過ぎなかったがね。するとどうだ? いく先々で彼は歓迎されなかった。あの男が来てから悪いことが起きた、嵐が来た、なんてね。馬鹿なことを言う奴等だと私は笑ってたが、彼はそうは思わなかったらしい。ある時、『俺の呪いはもう解けない。あんたらにこれ以上迷惑は掛けられない』そう言っていなくなったよ」

 バニーは寂しそうに言った。勇者はそれを見て、その感情をもっと早く知っていれば、こんな仕事に就くことはなかったのではないか。と思った。

「彼がいなくなって一ヶ月くらいかな。世界は暗雲に包まれた」

 バニーの言葉にハヤブサが反応する。

「なら、その青年が魔王になったってことかよ」

「見たわけじゃないからね。わからないさ。ただ、彼はたしかにタチの悪い何かに憑かれていたよ」

「本当に呪いが?」

 リリーの言葉にバニーは首を振る。

「呪いなんて可愛いものじゃない。あれは、悪そのものだよ。彼が、じゃない。彼を包むナニカが、だ」

 バニーは「後から聞いた話だが」と続ける。

「彼の噂を聞きつけて、あの村だけではなく周辺の村からも人が来て彼に石を投げたそうだ。ご利益を得にね。こんな馬鹿な話があるか? 自分の村の災難を呪って、他所の村の男に石をぶつけるんだ。中にはかなり遠方からの馬鹿もいたらしい。だがおかしいのはそいつらだけじゃない。石を投げて帰ると、災いがなくなるらしい。人の不幸を吸い取る体質なのかもしれない。だが、吐き出すことを許されなかった彼はどんどん溜まって言ったわけ。私がさらった時にはすでに完成されてたようね」

 バニーは息を吐く。

「あちこちから来た小さな不幸とか、悪いものを食わされ過ぎてどうにかなっちまったんだ。世界が暗雲に包まれて少しすると、馬鹿みたいな量の金品が届いて、謎の魔力供給が始まった。心当たりは彼しかないの。おとぎ話みたいだろう?」

 バニーは含み笑いを見せた。まるで自分の子供を自慢しているかのような顔に見えた。

「それで店を大きくしたのか」

「前の勇者殿が来た時にはもう立派だったろう」

「世界にはたくさんいるよ。理不尽な理由を押し付けられて不幸に会う人間がね。ああ、もちろん、私たちにさらわれた人間もそうだろうけどね」

「よく喋るな」

 ハヤブサは不愉快そうに言った。

「私の本当の武器は口だけさ」

「あんた達のやったことは許されることじゃない。償う気があるならすればいいし、ないなら、もう何もするな」

 勇者が言うと、ハヤブサが納得いかないと顔で訴えた。

「石をぶつけるのは誰でもできる」

「けどよ、こいつらは人の命を」

「そこの彼、気に入らないなら私のこと殺していいよ。それとも辱める?」

「馬鹿にするな! ……俺はただ、然るべき罰を受けろって言ってるんだよ」

 ハヤブサは穴の空いた天井を眺めて黙った。

「疾風の国の王様に会いに行くさ。内密にすれば、町は変に混乱しない。この騒ぎだけは適当に誤魔化さないといけないけど」

 バニーはゆっくりと上体を起こした。

「もしも彼に会ったら、何か気の利いたことを言っておいてくれないか」

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