モンスターのいない世界2

 勇者は男を睨んだ。魔王だなんだと言うが、ここにも悪魔がいる。目の前の男は、悪事に狂気を掛け合わせ、怪物を作り出している。

「どうやってあの罠を踏んだのかは知らないが、本来は使い道が逆なんだ。ここからあの結界を通ってモンスターは水路へ行き、町中に現れる。あれは逆流を防ぐ弁なのさ」

「こっちには馬鹿じゃない魔法使いがいるんでね」

 勇者の言葉を聞き流して男は続ける。

「モンスターが適当に暴れてる間に女子供を捕まえて来てもらう。魔術を通して組織を作り変えるには子供が一番やりやすい。出来の悪いモンスターはそうやって利用するんだ」

 男は子供のようにはしゃいでいた。

「ただなあ、出来が悪いと一つ難点があってな。どうやら生前の記憶を消しきれないらしく、町に放すと真っ直ぐ家族の元へ帰ろうとするんだよ」

 男の言葉に三人の顔が凍り付いた。

 家族の元へ帰ろうとする。噴水広場で襲われた夫婦。子供がさらわれた夫婦。女を離さなかった怪物。夫婦に執着していた怪物。それを殺した勇者たち。

「なん、だ、よ、それ。なんなんだよ、それは!」

 ハヤブサが混乱したように叫んだ。

 カランカラン。

 リザードの手から槍が落ちる。顔は蒼白で焦点は合っておらず、汗が滲み出ている。

「リザードさん?」

「今日の怪物はやけに大人しかったんだ。俺の顔をじっと見つめていたんだ。素早い動きで現れたのに俺を見て止まったんだ。逃げる奴らには目もくれず、俺だけを狙って来た」

 リザードは小声でブツブツと繰り返した。

 勇者は噴水広場の次に現れた怪物を倒していたリザードを思い出す。素早いが、すぐに倒せたと興奮気味に語っていたリザードと、今目の前で震えているリザードは別人のような顔だった。

「いや、そんな筈はない。あり得ない。あいつは、そんな、リューが怪物? ありえない。ありえるか、そんなこと」

 リザードは頭を抱え、膝をつき、叫んだ。獣のような咆哮がこの場に響いた。

「なんだ、家族でも殺したのか。今日町へ放ったガキの服なら、その脇の魔法陣の辺りに散らばってないか?」

 男の言葉に、リザードは弾かれたように飛び付いた。男が顎で示した魔法陣の周りには衣服が散らばっている。リザードはそのうちの一つを抱き締めて蹲った。

「リュー……」

「町で殺したのなら出来の悪いモンスターだったんだなあ」

 男はあははと笑ったので、ハヤブサが男の髪を掴んで起き上がらせた。

「もういい。お前の仲間の話を聞かせろよ」

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